第11話 偽鬼人ノ霍乱ト空ノ王者 前編

 魔塔の調査から帰還して数日後、ラギはパーティーメンバーと共に冒険者ギルド内のカフェで集まる予定だった。

 ラギたちのパーティーはまだクランを立ち上げてはいないが、そろそろ個別で宿に泊まっているのも不経済なので住居をパーティーとして入手しようと検討しており、今日は物件やこれからの活動について確認を行う予定だ。


 ラギがギルドのカフェについて辺りを見渡すと、奥の方の良く使っているテーブルにクリスとザルクがもう座っていて、なにやら話していた。声をかけようかと思ったが、こちらに気付いたザルクが視線で制していたので止まって良く見ると、珍しくクリスはこちらに気付くことなく動揺しているようだった。

「何があったんだ?」と怪訝な顔をしたラギに応えるように、ザルクがクリスに何事もなかったかのように話しかける。


「そんで、もう兆候は出ているんだろ?」


「うう・・・、ええ、まあ・・・」


「何で分かったかって?お前さんもリーダーも分かりやすすぎるんだよ。

 気付いてないのはリーダーくらいだろうぜ?」


 少し意地悪く笑いながら言うザルクにクリスは益々動揺して、耳が真っ赤になっているのが分かる。

 ラギには話が全く見えず目を白黒していると、ニヤリと笑ったザルクは「成人おめでとさん」と言った後こちらに分かりやすく顔を向けて「よう!リーダー!」と声をかけてきた。


「おう!ザルクにクリス、早いな」


「えっ、あっ!あの・・・ボ、ボク、ちょっと!!」


 跳ねるように飛び上がったクリスは真っ赤な顔のまま、カフェの外へと駆け出して行ってしまった。その様子を見ながらザルクは「あいつは仕方ねぇなぁ~」と笑いながらも優しい顔をしていた。

 未だに何が起っているのか分からないラギはどうしたらいいのかと動けないでいると、ミリアムとルクスが一緒にやって来た。


「ねえ、今ちょうどクリスとすれ違ったのだけど、何かあったの?」


「いやな、あいつとうとう『成人』したようなんだ」


「まあ!良く分かったわね、ザルク!」


「ちょいちょい、兆候はあったからなぁ」


 ザルクの反応にルクスも「確かに」と反応しているが、『成人』?クリスはいつも大人だと言っていたのだが?と未だ訳分からんと言う顔をしているラギにミリアムが気付いた。


「あら、もしやリーダーは分かってないの?」


「すまん、俺にはさっぱりだ」


 素直にそう言うと、呆れたと言いつつもミリアムが詳しく説明してくれる。長耳族エルフ小人族ホビットは元々妖精や精霊に近い種族な上、長寿の種族特有の問題で「性」や「生死」に無頓着になりがちでどんなに長く生きていても『成人』する事がない場合がある。そして『成人』するまでは無性別であること。

 つまり、クリスは『成人』したと言うことは性別が男か女かが決まったと言うことだ。


「リーダー、良かったっすね~」


「えっ、何が・・・?」


「おいおい、まさか無自覚だなんて言うなよ?あんなに溺愛しといて」


「そうよ、雲海ダンジョン前で出会った時からベタ惚れでしょうに!

 ちゃんと応えてあげないと流石に可哀そうよ?」


 混乱と緊張のあまり、口の中が乾燥して言葉にならない。

「そんな、まさか」と言う気持ちと、どこかで「嬉しい」と歓喜している気持ち、そして本当に「自分のために女性を選んだのか」という不安、その全てがぐちゃまぜになり、どんな顔をしていいのか分からない。


「ざ、ザルク・・・ クリスは本当に?」


「間違いないと思うぜ?であった頃より輪郭は丸みを帯びて、肩も華奢になって来てるし、耳も垂れ気味になった」


「俺は喜んでいいのか?本当に?」


 肩をすくめて、さあな?と暗に言うザルクに恨みがましい視線を向けつつ、ミリアムやルクスを見る。


「当事者同士で話した方がいいわよ?」


「そうっすね~。今日は自分たちは失礼するっすよー!」


「明日、またこの時間でここに集まるんで、よろしくなリーダー!」


 それぞれにそう言うと3人は去って行き、いつの間にか戻っていたクリスと目が合う。

 どうしようかと悩みつつ、カフェでは人目があって話しにくいので外へとクリスを誘って波止場が一望できる高台へと移動した。

 それでも決心が中々つかず、どう声をかけようかとラギが悩んでいた。明るい日差しに海は青々と輝き、潮風になびくクリスの榛色の髪は日を受けて金色にも見え、儚げで奇麗だと目を奪われてしまう。

 その奇麗な金に近い薄茶の瞳は、一瞬揺らいだ後、決意を固めてラギを正面からしっかりと見つめてくる。


「あ、あの!ボク・・・ ラギさんに迷惑かける気はないです!」


 驚きと共に、ラギは意気地のない自分に対する怒りが募る。「違う、迷惑なんかじゃない!」と即座に否定をした上で、深呼吸をして改めてクリスをしっかりと視る。不安そうに揺れる瞳、頼りなげな様子に改めて、自分は何を見ていたのだろうかと反省する。

 どこをどう見ても、美少女だ。自分が一目惚れした、儚げで可愛いのに強い瞳をした相手だ。


「クリス、俺の話を聞いてくれるか?」


 まだ不安に揺れるクリスをさそって、近くのベンチに隣り合って座る。

 クリスと出会ったのは1ヶ月ほど前、ラギがパーティーメンバーと共に雲海ダンジョンに向かう途中のことだった。



 ◇ ◇ ◇



 ラギたちはそろそろAランクダンジョンである海底神殿に挑戦したいと検討していた。

 その準備として、氷や水属性防御の装備を作るのに適している雲海ダンジョンに居るヴォルガドルムの皮膜を入手しに雲海ダンジョンへ行くことにした。ついでに雲海ダンジョンに関する採集や討伐の依頼もいくつか受けた。

 ヴォルガドルムは飛竜種の中でも火属性の、ドラゴンらしいドラゴンだが、ラギたちにとっては気をつければ危なくない討伐対象だった。


 行きの乗合馬車で偶然一緒になったミーヤと途中で別れ、エレンディルの横を流れる河沿いに上流を向かう途中に雲海ダンジョンの入り口がある。エレンディルに肥沃な土ももたらすこの大河は洪水を起こすことは少ないが、途中に大小の橋と浮島がある。

 その浮島の中でも大きい浮島の1つに遺跡があり、その遺跡こそが雲海ダンジョンへの入り口となっている。だが、その入り口にたどり着く前にも、実は危険な箇所がいくつかある。


 ダンジョン以外にもモンスターは自然の中に生息していて、人の生活圏外である水中などはモンスターの宝庫である。 海などは大型なモンスターも多いので、航海は陸地を行くよりも危険が伴うが、同時に海は希少なモンスターの宝庫でもあるので水に強いスキルや魔法を持つ海専門の冒険者も居るくらいだ。逆に危ないのがあまり冒険者として旨味のない川のモンスターだ。

 海で生き延びられるほど強くなく、討伐もされやすいため隠密に長けるように進化している。つまり彼らの罠に嵌らなければ問題ないが、捕まると非常に厄介なのだ。

 クリスはまさにその厄介な罠に嵌っているところをラギたちに救出されたのだった。


 雲海ダンジョンのある浮島に向かう途中の浅い川の中には水辺によくいるイソギンチャクや藻が繁殖している。それらは滑りやすく、浮島を渡る時には注意が必要なのだが、その中にモンスターが紛れている場合がある。

 ソロで活動していたクリスは足元を確認しつつ進んでいたが、魚か何かが跳ねた音がしてそちらに注意が向いた瞬間足元のイソギンチャクに擬態していたモンスターが足を絡め捕った。急いでイソギンチャクにナイフを突き下ろしそのイソギンチャクは倒したものの、しゃがむ体制となったためそれを狙って複数のイソギンチャクがクリスを拘束した。


「クソッ!油断した・・・!」


 一人文句を言いつつ、確実に1体ずつ仕留めて行くが、次から次にクリスを拘束しようと触手を伸ばすイソギンチャクが増えて行くのに「マズイ!マズイ!」と焦りも募る。

 天啓のような声が響いたのはその時だった。


「動くな!じっとしていろ!」


 男性の大声にクリスはビクッとするが、既にイソギンチャクに囲まれすぎていて周囲が良く見えないが、同じ冒険者であることは確実なので怖い気持ちを抑えて必死にじっと止まる。

 声の主以外にも居るんだろう、体に薄いバリアが張られたのが感じられる。「早く、お願い」と祈りつつ目を閉じて短くも長い解放の時を待つ、そして「うおりゃあっ!!」と言う叫びと軽い衝撃と風を感じた次の瞬間手足に絡みついてたイソギンチャクが落ちて行った。

「おい!こっちだ!」と声をかけてくれた金髪の長耳族エルフの方に駆け寄ると、後ろで衝撃音と焦げた匂いがした。


 自分のさっきまでいた所には大きな戦闘斧バトルアックスを持った大柄な戦士が立っていて、こっちに気付くとにかっと笑って手を振ってくる。 戦士近くに黒に近い紫色の髪をした魔術士も手を上げてくれる。

 クリスは助かったのだ、とホッとすると共に座り込んでしまった。


 ラギたちに助けられたクリスはイソギンチャクのせいで服がドロドロになってしまったので着替えと、ラギたちもちょうどいいので一緒に昼食をしようと誘われて雲海ダンジョンの入り口前の開けた場所まで移動した。

 食事を取りながらお互いに名乗り、クリスの一部始終を見ていたザルクが労わりつつ水生の弱いモンスターは一蓮托生だからさっきみたいな手は彼らの常套手段なのだと教えてくれる。

 モンスターも生死がかかっているので、よりリスクの低いソロの冒険者を狙うのは当たり前だと。


「そんで、小人族ホビットのお前さんはソロでこんなとこまでどうしたんだ?」


「ええと・・・、ボクは斥候職シーフであまり腕力はないから、メインの武器が短剣ダガー刺突剣スティレットなんだけど、この間野良でパーティー組んだ人に乱暴に扱われて壊れちゃって。

 ちょっと特殊な武器だったから、雲海ダンジョンにいる風邪属性翼竜の素材が必要で・・・」


「あちゃあ~、なんで自分の武器貸しちゃったのさ?」


「い、いや、貸した訳じゃないんだけど・・・」


 クリスのその一言に「なんだと」と言いながらラギから殺気が迸る。


「ヒッ・・・」


「こんな年端も行かない愛らしい子供の武器を勝手に使い、壊したと?!

 しかもソロでこんなとこ来てるんだ、弁償もしないのかっ!!!俺がそいつ絞めてやるから名前を言え・・・」


「え、あ・・・あの・・・」


「おい、リーダー!落ち着けって!」


「これが落ち着けるか!!!こんな可愛い!!!」


 火を吐きそうなほど怒り狂うラギにタジタジになっていたクリスだが、ふと見るとラギの後ろにそっとミリアムが忍び寄り、こちらを見ながら人差し指を口元に持って行き「シー」とポーズする。

 そして、ゴッツ!と鈍い音共にラギの頭部に一抱えもある氷の塊が落とされ、さしものラギも崩れ落ちた。


「ふふ、リーダー少しは冷静になれて? ちゃんと最後までこの子のお話を聞きましょうね?

 それと、この子は確かに可愛らしいけど、小人族ホビットなのだから子供とは限りませんよ?ねえ?」


 笑顔で恐ろしい事を平然とするミリアムに引きつりつつも「う、うん」と何とか返事をするクリス。

 改めて自分が小人族ホビットであり、50近いので子供ではないこと、武器を壊した人は乱戦の中、腕力のないクリスより自分が使った方が効果的だと奪い取ったのは確かだがギルドにて処罰を受け、ある程度お金の補填は受けたことなどを説明した。


「妥当な対応じゃないっすか?他メンバーがまともで良かったっすね~」


 ルクスの反応にザルクとミリアムも頷いていたが、ラギだけは不満そうでぶつぶつ言っているのにクリスはほっこりするものがあり笑ってしまった。ラギに既視感があるなぁと思いつつ、その時は思い出せなかった。

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セレスティア冒険録 あるる @roseballe

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