第10話 幕間 使用人たちの日 

 エレンディルには多くの冒険者、そしてその冒険者がダンジョンから持ち帰る様々な素材を目的とした商人や貴族、更にそれらの旅人や冒険者をも顧客としたい様々な商人、職人が集まる。

 元々が大きな港町でもあるため、文字通り各地から様々な人種が集まる人種の坩堝となっている。そして人が集まると諍いが起きるため、それを治める治安維持部隊や各種職業を守るためのギルド、それら全てを統括する領主で成り立っている。


 この街における冒険者の立場は決して低くなく、成功をある程度収めている冒険者は下手な商人や貴族よりも稼げるようになる。

 そうなると資産の管理などが必要となる反面、冒険者は文字通り冒険を生業としているため自宅居ることが少ない。人によっては定住せず、資産はギルドや銀行に預けっぱなしになるが、自宅を持っている場合には留守を守る人材が必要となる。そうした要望により貴族ではなく冒険者を相手とする「使用人ギルド」が設立された。


 ギルドは冒険者と使用人の斡旋を行うと共に、両方の権利と資産の管理を銀行と連携して行っている。

 これは冒険者がダンジョン内やその行き来で死亡した際の保険となっており、雇われている使用人の給与の保障と亡くなった冒険者の家族や関係者への伝達や遺産相続をスムーズに行うためだ。

 このような手厚い対応があるため、使用人ギルドから使用人を斡旋してもらえる冒険者は一定の評価と資産が必須となる。クランとしての契約となる場合、複数での契約となるためリスクは下がるので基準が少し甘くなるが、どちらにしても冒険者ギルドでの実績と資産にて厳しく査定される。


 個人で使用人を複数人雇っているミーヤやティアの評判や評価は推して知るべし、である。彼女たちは平民とは言え、大手商会並みの資産があるとの証明であり、実力のある冒険者である証明でもある。

 そして彼女たちに仕える使用人たちもまた、使用人として非常に有能である。


 とある日の深夜、ミーヤ宅で執事であるセバスは業務のまとめにかかっていた。


「では、本日の報告を」

 モノクルの奥の氷のように光る青い目は冷徹に部下である3人のメイドを見下ろしていた。ミーヤの前にいる時の好々爺とした雰囲気はどこにもなく、ただただ冷たく厳しい。


「先日ミーヤ様から依頼されましたA商会の小売店への交渉は順調です。現在目標価格の8割、予定より3割増しでの利率が見込めそうです」


「ふむ、カルン村での交渉は?」


「問題ありません。人手不足については既に募集できた者の選別に入っているので、店舗拡大時前に余裕を持って教育も完了できるかと。」


「大変よろしい。では、最重要事項だ。」


「・・・・・・申し訳ありません、難航しております。奴めの使用人と連携しているものの、情けなくも撒かれております。」


「奴も無能ではないか。

 ティア様と同じくソロでも活動できるだけの実力はあるか。まあ、このぐらいの根性は見せて貰わないと。」


「面目次第もございません」


「いえ、お前は良くやりました。奴も必死だと言う事は良いことだ。

 ティア様へも共有と報告を、来週はギルドでの定例報告会もあるので各自資料は予めまとめておくように。」


「はい」と答えるとメイドたちは音もなく下がって行く。

 密林ダンジョンから帰ってきたミーヤがずいぶんと気に入っていたフルーツのシロップ漬けを小洒落た瓶に詰めることで、貴族や遠方向けの土産物としての価値を上げて販売する事を思いついたので、ミーヤの資産運用と管理を行っているセバスが実働する事となった。

 と言うのは表向きの話であり、ミーヤは単に「A商店の可愛い瓶に、あのフルーツ詰めたら可愛いと思わない?」と言っただけなのであるが、使用人たるもの主人の要望に応えるべし!更には商機は常に伺うべし!と全力で動いてるだけである。

 試作品として完成した瓶詰にミーヤは「セバス、凄い!可愛いー!」と大喜びし、ティアにも褒められ、そのまま販売を増やす事となった。セバスにとってはミーヤの笑顔と資産を増やす事に成功しているのでほくほくだ。


 これで予算に余裕ができた。

 後はあの雄猫めをミーヤに相応しくなるように調教を行う準備ができる。こちらを警戒しているようだがそれも無駄な足掻きだと思い知らせてやろう、と黒い笑みを浮かべるセバスは魔王のようだったという。


 ■ ■ ■


 翌週、使用人ギルドでの定期報告会が終わった後、セバスはティアとレオの所のメイド長とレストランの個室のような場所に集まっていた。

「のような」と言うのは、側に控えているのは彼、彼女らの部下であるメイドたちであるからだ。

 ここはギルドで用意している使用人の教育用のレストランの個室を模した一室だった。


 やたらと圧迫感のある三つ巴にそれぞれの使用人はプレッシャーを感じつつ、少しのミスもしまいと最新の注意をしながら紅茶と茶菓子の準備を進める。メイドたちにとってこれから始まる時間が月1回の忍耐を試される時間だ。そうここからが本番なのだ・・・!


「今回も、ミーヤ様の手腕は流石でございますね。」


 早速切り出したのはレオの竜人族のメイド長だ。黒髪をきっちりとまとめ、隙のないメイド長の白銀の瞳が光る。

 それを受け止める、この場唯一の男性であるセバスもまたきっちりとスリーピースのスーツを着こなし、優雅に紅茶を楽しんでいる。氷青の瞳はモノクルの奥で「何を当たり前な」と言っている。


「ティア様にもしっかりお心遣いいただいて、本当にありがたく存じますわ」


 そういうティアのメイド長の言葉の意味は「密林ダンジョンへ行く切っ掛けとなった、ティアへの気遣いは当たり前だけど」である。

 セバスは益々笑みを深める。


「ミーヤ様は常にご友人方を大切にされている上、発想とセンスは随一ですので」


 その位は当たり前、朝飯前ですねと暗に返すついでに、ミーヤをさりげなくゴリッと持ち上げるセバスは実にイイ笑顔だ。起爆剤は投下された、とばかりにここからレオのメイド長とティアのメイド長の猛攻が始まる。


「レオ様はそれはそれは麗しいお姿であるにも関わらず、相変わらずのお強さとその器用な御手から生み出される装飾品の美しさときたら!更には先日も・・・」


 レオの細工師との腕前とセンスの良さ、更にはソロ冒険者としての安定した強さと実績、依頼任務の多さと高評価にランクSも見えてきていることを全力でアピールする。


「ティア様の生み出される数々の新しい魔術もまた日常使いできるものから芸術的な攻撃魔法まで幅広く、平民から貴族果ては研修者にまで注目されるのは日常茶飯ですし。最近は教育機関からも・・・」


 ティアの魔術の研究者としての実績は多岐に渡り、冒険者だけでなく日常使いできる魔術の開発の素晴らしさをアピールする。


 そしてセバスもまたミーヤのクランの差配によるエレンディルへの貢献に、先日のお洒落な果物のシロップ漬けの販売拡大と更なる発注の多さ、既にエレンディルの流行を作っていると全面アピールを行う。更にはそれらの功績を敢えてクランメンバーに譲る謙虚さ、クランマスターとしての器の大きさよ!と事細かに話す。


 そう、今日は各家の使用人による使用人の為の主自慢の日なのである。

 ルールはただ一つ、お互いの主は貶めない。それだけである。

 そして、長である3人以外にとっては「分かる」と思いつつも同じ内容の繰り返しになる終わらない主アピール合戦に気が遠くなっていくのであった。今日もこっそりメイドたちは遠い目をしながら早く終わることを無駄だと知りつつも祈る。


 翌日、スッキリした朗らかな笑顔でセバスはミーヤの朝食を用意する。

 月1回使用人たちの報告会がある事だけは知っているミーヤは、昨日は楽しいことがあったのかな?とほっこりとした気分でにこにこしていた。

 ミーヤは知らない、一睡もしていないメイド3人は死に体となってフラフラである事を。セバスにその辛気臭い顔でミーヤ様に心配をかけるなと裏に回されていることを。


 そして、セバスは使用人の状態すら気にかけてくれる我が主、ミーヤ様は正義!と心の中でにっこりしている。

 きっと翌月の自慢大会も自分の勝ちだと信じて疑わないのであった。


 そう、どの家の使用人も主人を誰よりも良く見ているため、同担拒否の主人推し過激派になりがちなのであった。それぞれが優秀なだけに表に出ることはなく、主人たちが知る事のない使用人たちの物語。

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