第4話 猫獣人たちの狂詩曲 後編

 目的の物も依頼も達成したので、翌日宿からお弁当とフルーツゼリーの瓶詰をデザートに貰い、ほくほくの気分で乗り合い馬車に乗って帰路についた。


 今回は途中で馬車の車輪にひびが入るトラブルもあり、エレンディルに着いたのは夜も更けた頃だった。

「うーん」とひとつ伸びをしてから、ミーヤは自宅へと急ぐ。


「たっだいまぁ~!」


「おかえりなさいませ、ミーヤ様」


 普段と変わらない様子のセバスに笑顔でお土産を渡していく。セバスがいるので自宅は心配ない、という安心感は大きい。

フルーツのシロップ漬けはメイドたちもセバスも喜んでくれて、今度パイを焼いてくれるとの言葉にミーヤのテンションも上がる。


 2階の自室に戻りつつ、魔術通信でティアに連絡を取ってお土産もあると話すと、近所に住んでいるティアがすぐに訪ねて来た。

歓迎にミーヤの土産であるフルーツと、夜であることを考慮してノンカフェインのお茶を用意するセバスにお礼を言いつつ、早速ティアはミーヤの戦利品の話を聞く。


「それでね、シロップ漬けは色々あったんだけどこのお店がめちゃくちゃ美味しくて!」


 テンション高くお土産の説明をするミーヤを微笑ましそうに眺めつつ


「うん、美味しそうね。自宅で堪能させてもらうわ。

それで、本命の素材の方はどうだったの?」


「あっ!!そうだ、そっちがメインだった!」


 ヤバイと顔に書いてあるミーヤと苦笑しながらも優しい笑顔のティアを見守るセバスは即座に素材の入ったバッグをミーヤに渡すので、ミーヤは益々照れながら受け取った。


「ありがと!

たーっぷり採って来たよ!これだけあれば足りるでしょ?」


 笑顔で去っていくセバスにお礼を言いつつ、戦利品をティアへとどや顔で出すという器用なことをやって見せたミーヤの手元には、溢れるほどの素材があった。


「スライムの粘液瓶詰10

アラウネのツタが50

アームレストゴリラの皮が・・・かなり多いわね。

ええと、120かしら。

あと、アームレストゴリラの輝石が30と。」


 呆れをにじませつつ、数えていくティアにミーヤはどうだ!とばかりに胸を張る。


「流石だわ、これだけあればフェイクを作れそうね。

ミーヤは錬金術と裁縫の腕前はどうだったかしら?」


「うーん、錬金は薬を自作するからマスターランクだけど、裁縫はベテランくらいのテイラーランクかな?」


「それだけあれば十分だわ。

じゃあ、これがそれぞれのレシピよ。」


 ティアから渡された紙の内容を読みつつ、ミーヤは手持ちの素材等を確認していく。


「うん、ほとんど手持ちでなんとかなる!

後は安く市場で買えそうだから大丈夫ー!」


「良かったわ、じゃあ頑張って仕込んでね?」


 ティアが別れを告げて帰ると、ミーヤは寝る前に先ほどの素材をまとめていく。


「おし!これで準備万端~♪

セバス、明日からちょっとレオの家に籠るね」


「承知しました。

あちらもミーヤ様がいらっしゃるのをお待ちしていると本日連絡をいただきました。」


「良かった!じゃあ、お土産もって行かないとね!」


 気分良く、軽い足取りで寝室へ向かう。

やはり数日振りの我が家は落ち着くな、と思いつつ夢の世界へと旅立った。



 翌日の午前中、ミーヤは早速レオの自宅にいた。家主のレオは勿論いないが、彼の使用人たちが出迎えてくれた。


「ようこそいらっしゃいました、ミーヤ様」


 4~5人の竜人のメイドたちには恐縮しながら、ミーヤに挨拶をする。


「こんにちは!しばらくお邪魔するね~」


「もちろんでございます。

元より主人からミーヤ様はいつでも歓迎するように仰せつかっております。

・・・なにより、この度は我らが主人が大変な失礼をしてしまい・・・。」


「たんま、たんま!!

まって、貴女たちは一切悪くないから謝らないで、ね?

それに、悪いと思うならちょこっと手伝ってもらえると嬉しいな。」


 苦笑とにやりと笑うのとを器用に切り替えつつ、ミーヤが言うとメイドたちも表情を崩す。


「ありがとうございます、ミーヤ様。

それで私たちは何をすれば良いでしょうか?」


「今回はちょっと大掛かりな仕掛けをしたいから、玄関前の周り2m四方くらいを使いたいの。

勿論汚れないように、防護シートとかは準備したから安心してね!」


「かしこまりました。

それではまずスペースを作った方が良さそうですね。」


 メイド長の竜人の指示の元、メイドたちがさくさくと片付けを始める。


「ミーヤ様は何をされるのですか?」


「私はまずはこの素材でフェイクを作るのから始めようかな。」


「なるほど、アームレストゴリラにツタ、スライム粘液ですか。

では主人が帰る際には照明も暗くしておきましょう。」


「いいねー!雰囲気でそう!」


「メイド長、小さな蝋燭ランプをゆらゆらと吊るすのはいかがでしょう?」


「うわっ それ絶対怖い空気作れるね!いいね!」


 仕込んでいく悪戯に女性たちはきゃっきゃと笑いつつ、手元はプロ顔負けの速度で様々なものを作っていく。


 なお、フェイクとは所謂剥製に近いものであるが、そもそもモンスターは素材しか落とさないので、その素材から作成しているため偽物フェイクと呼ばれている。


つまり、レオは苦手とするゴリラの群れに出迎えられる状況が待ち構えていると言う事だ。



 最初の2日ほぼはレオ宅で片付けや、主なレイアウトを行ったが、後は物量生産になったためミーヤは一旦帰宅した。


 自宅で大量のゴリラフェイクを作っては気持ち悪いのでカバンにさっさと詰め込むを繰り返しつつ、使用人たちや遊びに来たティアとまったり過ごした。

息抜きに近場で採集を行ったり、クランへの顔出しも忘れず、ミーヤはいつも通りそこそこ忙しく過ごしていた。

最後のフェイクも出来上がりそうな時に、レオのメイド長から連絡が届いた。


 どうやら決行は3日後の夕暮れになりそうだ。

時間が遅いのは何よりだ、見えにくい方が怖さが増すから。


 翌日よりミーヤはまたレオ宅に泊まり込み、仕掛けを準備していく。

時折女性たちの楽しそうな声が響くレオ宅は非常に賑やかだった。



 レオことグ・レオ・ディアスは依頼の帰り、ギルドへの報告を済ませ、今回組んでいたメンバーと挨拶して別れ帰路についた。

家まではそう遠くないが、足取りは重い。疲労はあるが、それ以上に気にかかっているのは相方であり恋人である猫獣人の事だ。


「ミーヤ、怒っているかな」


 いや、むしろ泣かせただろうか?そう自問しつつ、ふと懐を漁り、小さな折りたたんだ布を取り出す。


 大事そうに開くと鮮やかな赤と青の石があった。

間違いなく高品質の宝石であり、キラキラと輝くミーヤの瞳の色でもあった。

満足そうに笑みを浮かべると、若干汚れへたっている銀髪をかき上げてまた歩き出す。


 市場に差し掛かった辺りで知り合いに何人か会い、その誰もに早くミーヤに会いに行けやら、あまり泣かすなと忠告された。

どうやら何処かでミーヤが泣くところが注目されていたらしい。

やはり泣かせてしまったかと後悔しつつ、弁明はさせてもらおうと、家路を急いだ。


 自宅に着いたレオはいつも通り鍵を開けて入ると中は真っ暗だった。


「えっ・・・」


 驚いたが、すぐに声を潜める。暗い中、奥にゆらゆらと揺れる弱い光があり、周りも何があるのか良く見えない。普段の自宅ではないが、使用人たちの安否も気になるのでこのまま放置はできない。


 そこまで考え、慎重に進もうと一歩踏み出した時、レオの顔にポトッと水滴のようなものがおちる。

恐る恐る上を見ると口を開きヌラヌラとした舌をだしてこちらを化け物が見ていた。


「うわっ」


 思わず飛びずさると背中が壁に当たったのか、ぬちゃあという気味の悪い音と首元に絡みついてくるぬめった何かに、レオは軽くパニックだった。


「なっ、なんなんだっ?!」


 壁から抜け出したレオの腕を今度は毛むくじゃらの腕が掴んでくる。


「うわああああ!! くそっ離せ!!」


 叫びながら振りほどき、ようやく暗さに目が慣れたのか、周りを見ると埋め尽くすような黄色い目のモンスターがレオをみた。


「くそっ こっちによるな!!」


 叫んだレオに我慢が出来なかったのか、どこかでぷっと吹き出す声と、続いて今度は「あはははは」と明らかに聞き覚えのある女性の声が聞こえた。


「?! ・・・も、もしかして、ミーヤ、か?」


「ぷっふふ、せ、せいかーい」


 笑いがこらえられないその返答と共に、部屋に明かりが灯る。

一瞬眩しさに顔をしかめるが、改めて周りを見ると自宅の玄関前はゴリラのフェイクとツタで作ったホラーハウス状態になっていた。


 ホッとすると、それまでの疲労もあり思わず座り込んだレオの尻の下がまたねちゃあ~と嫌な音を立てた。


「もおおおおお・・・・・・」


 頭を抱え、耳もへにゃりとなってしまったレオが流石に哀れに思ったのか、やばいと思ったのか、そっとミーヤが近づいてくる。


「ご、ごめん・・・! やりすぎた。怒っちゃった・・・?」


「いいや、でも今回は手が込みすぎだろう・・・」


「だって、時間あったし。悲しかったし」


「まあ、俺も何も言わずに依頼に行って悪かった。ごめんな」


 その一言で、ミーヤは小さく「うん」と答えつつ涙が溢れてしまった。

そんなミーヤをメイドの一人に預け、レオは体中べたべたになってしまったので、タオルで拭きつつ入浴に向った。


「なあ、メイド長。今回はずいぶん大掛かりなんだが・・・」


「ええ、ミーヤ様はとてもはりきって素材からご自身で準備されていましたよ。

わざわざ密林ダンジョンまで行かれたみたいで、私どもにはたくさんのフルーツをお土産にいただきました。」


「ええっ、俺には?」


「さあ?私には分かりかねます。」


「マジかー・・・ 地味に凹む。」


「もっと大いに反省なさってください」


「今日冷たくない?」


「私どもはミーヤ様の味方ですので。

ご主人様のお気持ちは存じておりますが、とりあえずは早めに入浴をどうぞ」


「そうだな、行ってくるよ」


なるべく急いで上がりたかったが、思いの外粘着質のものが落ちず苦戦して出ると大分夜も更けていた。ミーヤが気にかかり急ぎ足でリビングに向うと、既にソファで横になって寝ていた。


「良く、寝ているな・・・」


「先ほどまで頑張って起きてらしたのですが・・・

昨夜から緊張してあまり寝ていなかったようで、寝てしまわれました」


「そうか・・・。

悪かったな、心配かけて不安にさせたんだろうな。」


「本当にそうですね。

それで、目的の物は手に入れられたのでしょうか?」


「ああ」


 赤と青の宝石にメイド長は驚きに目を見開く。


「これは、凄いですね。

石自体も一級品ですが、かかっている加護が素晴らしい」


「やっと、ミーヤに贈るに相応しい石が手に入ったよ。

メイド長、俺の道具を用意してくれ」


 頭を下げる奥へ向かったメイド長は戻ると、様々な道具と彫金台を設置した。

彫金台と道具を確認すると、レオは金色の素材をカバンから取り出しおもむろに作業を始めた。

魔力を通すと柔らかくなると言われる特殊金属に、自身の魔力を流しつつ、形を変え整えていく。ある程度大まかに形を整えた後は細かな彫刻を施し、繊細な細工を行い、最後に先ほどの石を嵌めて固定すると、シンプルながら繊細な彫刻のされたアクセサリーが出来上がった。


「相変わらず、お見事な腕前ですね。

そちらはペンダントトップにされるのですか?」


「いや、それも考えたんだが、最近の流行りはピアスらしい。

ミーヤのミントグリーンの髪ともあうかな?

・・・って、ミーヤいつから起きてたんだ?」


 ミーヤに合わせてみようと振り返ったレオの目の前に、好奇心で目をくりくりにしたミーヤがこちらをまじまじと見ていた。


「少し前、というか、レオ凄い・・・ 綺麗」


「そうか、ちょっと待ってて」


 素直に感嘆するミーヤの反応は嬉しい。早く彼女に着けたい、と彫金台に戻るとアクセサリーをピアスに仕上げて、留め金をつけるとレオはそっとミーヤに差し出す。


「いいの・・・?」


「ああ、遅くなってごめん。誕生日おめでとう。」


「また、レオが泣かせにくる」


 既に涙声のミーヤにレオは慌てるが、「つけて」とミーヤにお願いされ、そっとミーヤの耳に触れる。

猫獣人特有の柔らかな毛に包まれた耳に、そっとピアスをつけた。


「痛くない?」


「うん! 鏡、見たいな」


 すかさず差し出した手鏡でピアスを見てミーヤははじけるような笑顔になる。

すごい、綺麗と小躍りするように喜ぶミーヤにレオはホッとし、メイド長はホッとすると、音を立てないようにそっと部屋を後にする。


「ミーヤ」


「うん?」


「ミーヤ・・・」


「どうしたの?レオ?」


「怒ってないか?」


「うーん…悲しかったし、いっぱい怒ったよ。

でも、全部このピアスの宝石のため、私のためだったんだね。」


「うん」


「今度はちゃんと理由があるって少なくとも教えてね?

何も言ってくれないと、信じてても、不安になっちゃうよ?」


「うん」


「じゃあ、おしまい。

私もレオをびっくりさせたから、おあいこだよ!」


「アレはびっくりしたよ・・・」


「でしょー!頑張ったんだから!」


「ミーヤ」


「うん?」


「これからも、ずっと一緒に居て欲しい。

俺は言葉が足りないけど、頑張って話すようにするから。

だから、これから先もずっと俺と生きて欲しい」


「!!うん・・・ ずっとだからね、約束だからね。」


「ああ、約束だ」


 涙もろくなってしまったミーヤを抱きしめつつ、レオは安堵と愛しさでいっぱいだった。



翌朝にはスッカリ復活したミーヤの明るい声と、意地悪くからかうティア、そして困ったようなレオの姿が冒険者ギルドで見られた。

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