第2話 猫獣人たちの狂詩曲 前編

 女性冒険者のティアは昨夜遅くにミーヤから魔術通信で翌日ギルドで会いたいと連絡を貰っていた。文面などの様子からして、彼女の相方であるレオについての愚痴である事は想像がつく。


 さて、あの一見チャラい男は今度は何をしたのだろうか?と考えてみるが、ネタは山のようにある。


 ミーヤことラ・ミーヤ・ベンとの付き合いは数年あり、親しい友人の一人である。そして彼女の相方は同じ猫獣人のグ・レオ・ディアス。

猫獣人はチャラい男性が多く、レオも例にもれず派手な見た目をしていてファンが多いと聞いた事はあるが、同時に2人は猫獣人カップルとしてエレンディルでは割と知られている。


 本人たちを知っている者として一言付け加えるならば、レオは見た目ほどチャラくはないし、ミーヤに一途だと言うのは保証できる。だが、決定的な欠点がある。

まず言葉選びが悪く、誤解される言い方を良くする。本人にその意図はないのだろうが、そんな言い方されたら誰だって問い詰められてるって感じるだろう?もしや別れたいと遠回しに言っているのか?と思わせる発言の数々に何度ミーヤの愚痴を聞きながらさもあらんと共感にした事か。


 更に、レオは非常にマイペースだ。

マイペースで片づけていいのか?と思うレベルで、下手すると自己中心的と言われても仕方ない位だ。しかも、普段は思いの外付き合いがいいので、その差が激しすぎてより相手を困惑させる。


 最後に敵だと認識した人物への対処が非常に冷酷な一面がある。ある意味正しくはあるが、これまた普段とのギャップで割と引くレベルの速度と対処をしていく。


 だが、1つ忘れてはいけないのは、どんなに喧嘩してもレオにとってミーヤは切り捨てる対象になる事は無いくらい惚れこんでいる。

なのに、大切にしないので定期的にミーヤが爆発する。


 こう言うとミーヤが嫉妬深く聞こえそうなので、敢えて言おう、彼女は物凄く我慢強い。私が彼女なら、レオとは10回以上別れてるし、なんなら排除してとっくに絶縁している。


「とりあえず、寝るかなぁ」


 敢えて声に出して言いつつ、明かりを消していく。

怒り、悲しんでいるであろう友をどう慰めつつ、どうせラブコメになるのが分かっているのでどうからかうかも考えておかねば。


◇ ◇ ◇


 ティアが冒険者ギルドに着くと、ミーヤのミント色の髪をきっちりと結い上げた頭が見える。案の定猫獣人のミーヤの耳は垂れており、分かりやすくしょげていて、尻尾までへにょっとなっている。

手のかかる、可愛い友人の姿に苦笑しつつ、ティアは軽やかに向かう。


「ミーヤ、おまたせ?」


「ティア~・・・聞いてよぉ・・・」


「はいはい、そのために来たのよ?

さあ、お姉さんになにがあったのか聞かせなさいな」


 ポツポツと話すミーヤの内容をまとめると、最近レオは忙しくてろくに会えていないそうだ。連絡は取っているようだが、直接会ったのは1ヶ月以上は前。更に、仕事を理由に昨日のミーヤの誕生日さえもドタキャンされた、と。


 ミーヤは昨日で18歳、猫獣人として成人になる特別な誕生日なので、何か月も前から約束をしていたのにだ。更に数週間は帰らないと出かけてしまい、もしや本当に愛想を尽かされたのではと涙の溢れる悲壮な表情で話した。聞いている方が心が痛くなるミーヤの姿にティアだけでなく、周りで聞き耳を立てている皆がレオに怒りを抱いた時、ひとしきり悲しんだ後にミーヤもまたそもそも何も言わず突然当日のドタキャンは理不尽だと怒りが湧いて・・・。


「あんのっ・・・・・・、大ばっかたれぇーーーーー!!!!」


 ぜえぜえと真っ赤な顔で息の荒いミーヤを眺めつつ、これは面白い事になりそうだなぁ~とほくそ笑むティア。


 実を言えばレオが何に忙しくて、何故昨日すっぽかしたのか、ティアは大体の理由を察している。正確には知らないが、推測は出来るレベルで状況は把握しているがミーヤに話す気はない。

雑に大事な相方を扱ったレオが悪いので、ミーヤに散々怒られて少しは痛い目を見れば良いと思っているのである。

ティアにとって大切なのは不義理なレオではなく、この目の前の涙目で怒っている可愛い友人なのだから。


 どうどう、と茶化しつつミーヤを宥めつつ、彼女がどうしたいか聞きだす。


「どう、したいか、かぁ~・・・・・・」


「そうね。ミーヤは別に別れる気はないんでしょう?

でも、レオがごめんなさいをして来たら即許すの?」


「それはない」


 即答するミーヤにくすくす笑いつつティアは続きを促すと、何かぎゃふん!と言わせる報復をしたいと意気込むミーヤにティアの笑みは深くなる。

その後2人は楽しそうにレオの嫌いなもの、怖がるもの、どんな仕込みをするか楽しそうに話していた。


 ミーヤとティアは見た目は可愛く、麗しい女性冒険者はファンも多いのだが、彼女らの会話を耳にした男性冒険者諸君はレオを憐れみつつも明日は我が身、と自分も気をつけねばと襟を正すのであった。




 ティアと話し込んでいたため、既に夜になりつつあった。日が傾きかけたエレンディルは、昼の賑やかな喧噪からしっとりとした喧噪へと移り変わっていく。

オイルやガスランプの温かな光に釣られ、道行く人々は帰宅を急いだり人気のレストランや酒場へと向かう。


 今日のように天気の良い日は中央広場の屋台も夜向きに酒なども出し始めている。

陽気で明るいエレンディルの人混みを縫うように駆け抜けるミーヤの姿があった。


 ティアと話す前の悲しそうな雰囲気は一切なく、少し釣り目の猫目をキラキラと輝かせて走っていた。


 喧噪を通り抜けて着いたミーヤの自宅のドアを開けて飛び込む。


「セバスっ、ただいまー!」


「おかえりなさいませ、ミーヤ様」


 出かけるまえと打って変わり、いつもと変わりないにこやかな様子のミーヤにセバスと呼ばれた執事は内心でホッとする。

セバスはミーヤに雇われて10年以上経つ個人執事でミーヤの自宅を取り仕切っている。


 多くの実績を立て、名が売れた冒険者は下手な商人よりよほど資産がある。ミーヤも家を持ち、信頼できる使用人にその管理を頼んでいる。

もちろんクランハウスは別にあり、そちらはクランの装備や資産を管理するため警備も厚いが、クランハウスではやはり恋人には会いにくい。

そう言った冒険者はクランハウス以外に個人の家を持つ傾向があり、ティアやミーヤも一人の時間も欲しいタイプなので、しっかり持っていた。


 ミーヤは2階の自室に駆け込むと何やら荷物をまとめつつ、魔術通信を2~3ヶ所に送っていた。


「ミーヤ様、どちらかにお出かけですか?」


「うん、数日~5日くらい留守にするね。

いつも通りよろしくね、セバス!」


「承知しました、万事お任せください。

・・・ところで、1つお伺いしても?」


 珍しく、濁した物言いのセバスにミーヤ訝しげに見上げると、言いづらそう続ける。


「ミーヤ様の悲しまれていたものは解決されたのでしょうか?」


「・・・ううん。まだだよ。

でもね、待ってるだけだと気が滅入るじゃない?

だから、気分転換も兼ねて出てくるねっ」


「なるほど、承知しました。

どうぞリフレッシュされて元気でご帰宅されるのをお待ちしております」


「うん!お土産いっぱい持って帰るよ!」


 笑顔で出ていく主人を見送りつつ、セバスの笑顔は凄みを増した時、横に音もなくメイドが現れた。


「ティア様からの連絡は?」


「こちらに。案の定、あの雄猫めがミーヤ様を悲しませたようです。」


「ほう、それで?」


「ティア様はミーヤ様と報復の嫌がらせを仕込まれると」


「それはそれは、あの若造には勿体無いが、ミーヤ様は楽しそうだった。

お前はティア様に無事出発された事を連絡するように。」


 音もなく去ったメイドを気にすること無く、セバスは普段と変わりなく戸締りをして行く。

どの家の使用人も自分の主人は雇い主であるので大事にするが、セバスにとってミーヤは主人でありつつ我が子のように大切に慈しんでいた。


 そんなミーヤの選んだ相手に思うところは、ある。

どこかおっとりしているミーヤを支えるため、セバスは影に日向に日々努めている中、ティアとも信頼関係を結んでした。


 また、セバスが信頼関係を結んでいるのはそれだけではなかった。


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