第2話 お父さまから逃げたい クレア視点

「貴様……遊んでる暇などあるのかっ!」

「ぐふ……っ!」


 わたしはお父さまから、お腹を杖で突かれた。

 お腹の右下が、すっごく痛い……っ!


「お前は将来、王妃になる人間だ。俺のため、我が公爵家のためだ。それがお前の存在価値だ。何度言えばわかるのだ?」


 ——ガン、ガン、ガン、ガン、ガンっ!


 杖でガンガン叩かれるわたし。


 (すごく痛い……っ!)


「い、痛い……っ! や、やめてください! お父さま!」

「ハウエル公爵さま……おやめください! クレアお嬢さまが死んでしまいますっ!」


 家庭教師のアンナが止めに入るが、


「うるさいっ! 準男爵令嬢ごときが俺に意見するな!」

「ガハ……っ!」


 ハウエルお父さまは、アンナの顔を杖で突いた。

 あまりの痛みに、顔を抑えて床に転がるアンナ。


 (女の人の顔を、杖で突くなんて……っ!)


 お父さまは、女を叩く時、必ずお腹か顔を狙う。

 要するに、痛いところ、弱点を突いているのだ。


「王妃教育をサボった罰だ。今日は貴様は食事抜きだ。いいな?」

「はい……お父さま……」

「それから準男爵令嬢、貴様は連帯責任だ。貴様がちゃんと監督していないから、クレアが逃げ出したのだ。だから今日の給料はなしだ」

「え……っ? そんな……ぎゃぁああっ!」


 お父さまは風属性魔法【ソニック・ブーム】を、アンナに向かって放つ。

 アンナのお腹に直撃して、部屋の壁まで吹っ飛ばされた。


「準男爵令嬢ごときが、口答えするな」

「す、すみません。ハウエル公爵さま……」


 床にうずくまりながら、アンナはお父さまに謝る。

 この国、グランディア王国は、爵位至上主義だ。

 爵位がすべてだから、爵位が1番低い準男爵は公爵に絶対に逆らえない。

 もしも逆らえば、不敬罪で死刑となる。


「今日は古代ルーン語のテストだ。もし100点が取れなかったら……明日も食事抜きだ。わかったな?」

「はい……お父さま……」


 古代ルーン語の単語を1日で300個を覚えるテスト。

 この国では、魔道書など魔法に関係する本は、すべて古代ルーン語で書かれている。

 貴族にとって魔法の習得は必須だ。

 もしこのテストで一つでも間違えれば、食事抜きにされて、また杖でガンガン叩かれる……


「準男爵令嬢、さっさと立て。早くしないとまた魔法を喰らわすぞ」

「はい……っ! 申し訳ございません……っ!」


 アンナがお腹を抑えながら、急いで立ち上がる。

 頬にさっきの杖で突かれた痕が赤く浮かんで、すごく痛々しい。


 どうしてお父さまはここまで必死なのか?

 それは我が家、ハウエル公爵家が【四大貴族】の中で1番落ちぶれているからだ。

 四大貴族は、グランディア王国の有力貴族のこと。

 かつてハウエル公爵家は、1番強い貴族だったが、領地経営に失敗して、没落した。

 だからわたしを王妃にして、かつての栄光を取り戻そうとしているのだ。

 わたしはそれで、毎日厳しい王妃教育を受けていた。

 魔法、語学、礼儀作法、音楽、舞踊、経済……すべてを完璧しなければ、お父さまに殴られる。


 (逃げ出したい。お父さまから。誰か助けて……)



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