神殿

 クリッピング。


 アース神族の列の先頭では、アース神族やヴァン神族など、翼人族の最たる特徴とも言える羽先をカットして、飛行出来ないようにする【クリッピング】が行われていた。


 生活基盤が空中である翼人族にとっては非常に不自由である上に、その尊厳を踏み躙る行為に等しい。そんなことを姉ちゃんたちが教えてくれて、俺は憤りを感じていた。


「なんて酷いことを……」俺はすぐに辞めさせようと、列の前へ進み出ようとしたが、ニカ姉ちゃんに肩を掴まれて抑制された。


「ルカ、よしなさい……」

「だって……」


 ニカ姉ちゃんが首を振る。


「今は我慢なさい。ここで目立ってしまっては、元も子もなくなってしまう。ここに居られなくなってもいいの?」

「それは……でも……」

「あなたにはやるべき事があるでしょう?」

「……うん」

「今はそれをなさい」


 確かにここで騒ぎを起こせば注目されて、動きにくくなる。目を付けられると後々ややこしくなるのは目に見えている。

 俺たちはこの六日間のうちに帝国へ戻り、テネブルから聖典を取り返す必要がある。

 テネブルたちが帝国の地下の何処に居るのか所在を掴もうとするならば、騎士団長と事を構える必要も出てくるだろう。

 それまでに消耗するような事は極力避けたいところなのだ。


 しかし、長蛇の列を並ぶアース神族の人たちの視線が、帝国の王族の服を着ている俺達に、深く突き刺さる。


 痛い……。


 俺たちはなるべくそれを見ないようにして、神殿の奥へと足を進めた。


「ノート?」

「ん、な〜に?」

「俺さ……」

「ん」

「きっとまた、ここに戻って来る」

「なして?」

「その時、お前も一緒に居て欲しいんだ」

「約束したっしょや? ずっとルカから離れんよ?」

「うん、ずっと一緒だ」

「ん……」ぽりぽり。

「痒いのか?」

「ん……」ぽりぽり。


 俺はノートの背中を擦ってやる。


 いてっ!? ……ん? 


「ノート、お前、背中に何か突起みたいなモノがあるぞ?」

「んん?」

「トゲ?」

「そんなもん生えるわけないっしょや?」

「じゃあ何だこれ?」

「ん〜?」

「まあ、俺も角あるし、人の事は言えんか、わははははは!」

「んだべさ、わははははは!」


 何のトゲだ? 生えてるのか、刺さっているのか……。服の上からではよくわからない。


 そうこうしているうちに、俺たちは神殿の最深部にある祭壇にて、大神官に会う事が出来た。


「ふん……帝国の王族か。何しに来た? もうここにはお前たちが欲しがるようなモノはとっくに無いぞ?」


 ニカ姉ちゃんを筆頭にキャシー姉ちゃんとローラ姉ちゃんも恭しく跪いて平伏する。


「大神官様。私たちはここに来るために王族の服を着ておりますが、敬虔な世界樹のしもべでございます」

「そうやって取り入ろうとしても……」


 と、大神官が言いかけた時、姉ちゃんたちは、それぞれ着ていたローブの肩口に縫い付けられている、ドラゴンクロスの紋章にナイフを突き立てた。


 肩口から溢れる血液で、ドラゴンクロスはみるみる朱に染まり、大神官はそれを見かねて声を発する。


「わかった。それ以上は自らを傷つけることはない。刃を収めなさい」


 大神官がそう言うと、彼女たちは肩に刺したナイフを抜いて差し出した。

 大神官はそれを確認すると、両手を広げてブツブツと何かを呟いた。


 大神官の手から発せられる光の粒が、次第に姉ちゃんたちを覆い、苦悶に歪んでいた彼女たちの表情を和らげる。


 姉ちゃんたちは朱に染まったローブを脱ぎ捨てて、再び跪いて頭を垂れた。


「大神官様、我らこの身を神に捧げ、生涯を賭して、神に仕える事をお許しください」

「この神殿も帝国の手に堕ちた。この先何が起こるやも知れぬ。それでも構わぬか?」

「はい。ここに居るルカとノート。彼らが道を切り開いてくれましょう」

「……その者たちは?」

「恐れながら、天帝が嫡子ルカと、教皇が嫡女ノートにございます」

「……にわかには信じがたいが、それはまことか?」

「はい。さあ、二人ともフードを脱ぎなさい」


 俺とノートはローブのフードを脱いで面を上げた。


「ヘレ……いや、その角、鬼子……そして、その娘の瞳は翠がかったスカイブルーの……ヴァン神族か。これは奇妙な組み合わせであるな……しかし、面白い。なるほど、そなたの言葉、真意は解らぬが、嘘ではなさそうだな? 先日からの帝国の噂は本当であったか。マグダラの教皇の不審死と帝都城塞の玉座の間の崩落。未だ犯人が知れぬと言っておったが、つまりそう言うことなのだな?」

「ご想像にお任せします」

「ふはは、そうか。相わかった。そなたら三人は受け容れよう。そして、その二人はこれからどうされるのかな?」

「俺たちは……」


──ぐぅ~。


「……ゴメンナサイ、デモオナカスイタンダカラシカタナイッショヤ、コノヤロー!!」

「後ほど食事は用意しましょう。用がなければ今日はゆっくりとして行くが良い」

「あの、大神官様!」

「ん? ルカとやら、どうした、申してみよ?」

「はい、姉ちゃんに聞いたんだが、クヴァシルって人はここに居るのか!?」

「……その娘の事について聞きたいのだな?」

「はい。もし宜しければ、お会いしたいのですが……そのヴァナランドとやらへはここから行けるのかどうか……」

「行けるとしても、その娘だけになると思うが?」

「それはどうして……?」

「基本的に余所者は入れん。当たり前じゃろう? 言ってみれば神域なのだ。アース神族であっても種族間の問題で難しいくらいだ。まして鬼子など……」


 そうか、角か……。魔族の血……俺には俺のルーツがあるのだろう。正直なところ興味はないが。

 とにかくこの角の所為でヴァナランドへ俺は行くことが出来ない。


「ノート……」

「行かないよ?」

「お前……どうしてそんな──」

「──言ったっしょや!? 私はルカから一ミリも離れんかんね!?」

「しかしお前──」

「──私、行かんって言ったっしょ? ルカは私に命令するの?」

「わかった。ノートがそう言うならいいや」

「わ、わかったら……イイ。ノートハルカトイッショジャナキャイヤダカラネ!?」

「まあ、クヴァシルに会うだけなら会ってみると良かろう」


 大神官はそう言うと、側仕えの者に言伝をした。


「ありがとうございます」

「うむ。それにしてもルカと言ったか」

「はい」

「……おぬし、父親が現帝国の天帝だとして、母親の名は何と申す?」

「はい……ヘレンと言う名前しか知りません」

「ヘレン!? 容姿は覚えておるか?」

「いえ、夢で見ただけで、実際は見たことないんです。ただ、育ての親が私は母親似だと言っておりましたが……」

「そうか。それで……」

「何か俺の母親についてこ存知なのでしょうか?」

「……わしの知っている事だけ話してやろう。しかし、その、話にどこまで信憑性があるのか、わしにも解らん。それでも良いか?」

「ああ、母ちゃんの事が少しでも解るなら、お伽噺でもかまわねえ!」

「アルマンドがギルバートに挑む少し前の話になるかの……。帝国が周辺諸国へと攻め入っていた時、アスガルド皇国の教皇・レオンハート様が帝国に不可侵条約を提言したところ、代わりに奥様であるネメシス様を差し出せという交渉があったそうな。レオンハート様は別の譲歩を懇願したが、聞き入れて貰えず、ネメシス様が国の為ならばと、意を決してその申し出を受け容れようとしたその時、皇女であるヘレン様が、自分は世継ぎではないので代わりにはならないか、と申されたのです」

「ヘレン……」

「そうです。皇女様の名前はヘレン様。皇女と言う事で天帝の了承も得られ、ヘレン様は帝国へと嫁ぐ事になりました。しかしその数年後、帝国から亡命しようとした罪で処刑され、それを裏切り行為と見なされて、不可侵条約も破棄と言うことになり、帝国はアスガルド皇国への侵攻を始めたのです」

「そんな……」

「そのヘレン様かどうかは分かりませぬが、そなたは天帝の嫡子であり、母親の名はヘレンだと申される。これは天の悪戯か、貴方様はヘレン様の御子息と言う事に限りなく近い、と言えるであろうな。一度、教皇様と会ってみるのも良いと思われるが、わしの方から進言しておこうか?」

「……」

「無理にとは申さんが……」

「ルカ? 会ってみなさい。そしてお母様の事、ちゃんと聞いておきなさい?」

「姉ちゃん……」

「うふふ。仮にもあなたの姉であることは誇りに思うわ?けれど、本当の家族が居るのであれば、あなたには帰るべきところがある。そうじゃない?」

「誰が親で、その親が誰であろうと、姉ちゃんたちは俺の姉ちゃんだ!!それだけは一生変わらねえ!!」


 姉ちゃんたちがそれぞれの口をふさぐ。そして目に大粒の涙を浮かべて言う。

 

「あらあら、嬉しい事……言ってくれるじゃない?良い年して……泣けてくるから、……やめなさいよね?」

「だって、ニカ姉ちゃんも、キャシー姉ちゃんも、ローラ姉ちゃんも、俺の大切な家族だ。嘘じゃないだろう?それとも違うのかよ?」

「うっ……いいえ、その通りだわ?」

「馬鹿ルカ……もう!」

「ふぇ〜ん、ノートちゃん、ルカが泣かせるのよぉ〜!」

「ん、ルカは女泣かせなの。諦めて? そして、あなたたちはあたしのお姉ちゃんにもなるっしょ!?」

「うふふ。そうね、少し生意気だけど、可愛い妹が出来て嬉しいわ♪ ……それでは、大神官様、ルカを教皇へと会わせてあげてください」

「相わかった。明日、会える手筈を整えておくゆえ、使いの者を待て。クヴァシルもその時で良かろう」

「ありがとうございます」


 そうして俺たは奥の部屋へと案内されて荷物を置くと、ベッドやソファなどに分かれて寛いだ。


 教皇が俺のお祖父じいちゃん? お祖母ばあちゃん? いったいどんな人なんだろう?


 教皇と言う肩書に嫌な記憶しかない俺は、一抹の不安を抱えざるを得なかった。

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