韜晦

「剣気・覇皇!」


 覇皇!? つまり、ヤツは剣豪か、それ以上の使い手と言う事になる。


 空気がチリチリと細かく震える。


「ウォルフ、手伝おう……」

「テネブル様! 動かないでください! 斬られます……」

「なにぃ……くっ!?」


 テネブルと呼ばれた男が動かした手から血飛沫があがる。


「どうか、私より後ろへ……動けるようにサポートします」

「分かった……」


 ウォルフがテネブルに近付くと、軽く頷いて合図する。テネブルは、ウォルフのずっと後ろへと下がった。


 剣気・竜牙!


 キキン!! 防がれた。


 剣気・閃光!


 ブワッ! 剣気で弾きやがった!?


 わかった。ウォルフ、お前を最優先で倒そう。


 俺はウォルフに向かって両手を突き出し、右手にナイフを逆手持ちにした。ふうううう……息を深く吐く。


 覇眼!


 剣気を眼に集中させて、ウォルフだけを捉える。


 ウォルフも自慢のバスタードソードを体の正面に構えて、剣気を集中させている。


 互いに動かず、剣気による牽制が続き、両者の口元が吊り上がってゆく。


 バキバキと何かが割れるような、弾けるような音が二人の間から放たれ、閃光が飛び交う。


「はははははは! 愉快! 愉快だぞ、アルマンドの弟子よ!」

「父ちゃんを知っているのか!?」

「知っていると言うほどのものではないが、アルマンドはとんでもない剣士だった! いくら鍛錬してもアレに届く気はせんぞ!」

「ったりまえだ! 父ちゃんを超えるのは俺だ!」

「ほお……良く言った! ならば超えてみせよ! この俺を倒してな!」

「ったりまえだ!」


 次第に二人の攻撃が激しさを増し、周囲の壁、床、天井を削り始めた。


 しかし、端から見る分には二人共一歩たりとも動いてはいない。


 ウォルフの遠く後ろで、テネブルが杖を構えた。ブツブツと詠唱を始めたようだ。


「第十階梯魔法・糸矢!」

「テネブル様!?」


 ツッ……、テネブルの杖は真っ直ぐにルカを捉えている。捉えているが、ルカは表情を変えない。血相を変えて天帝のもとに駆けたのはウォルフだった。


 ツゥゥゥゥ……ボタッ。


「少し遅れたか……」


 見ると、ウォルフが天帝の前に立ち、バスタードソードを構えている。が、ウォルフの右腕が無い。さっき落ちたのはウォルフの腕だったのだ。


 テネブルの杖から発せられた糸のような光線がルカを避けて、後ろにいた天帝へと向かった。間一髪ウォルフから発せられた剣気は直撃を反らしたが、避けきれなかった光線がウォルフの腕を切り裂いて落としたのだ。


 しかし、ウォルフは構えを崩さない。今度は後ろに天帝がいるからだ。危険が及ぶようなことがあってはいけない。


 邪魔が入った。この戦いはもう二人の戦いではなくなってしまった。ウォルフも苦い顔をしていて、その口元に浮かべていた笑みが沈んだ。


 仕方ない、ケリをつけようか!


 ひゅ、とルカは息を吸い。


 剣気・斬斬舞!


──ギガガガガガガガガガ!!


 ルカの猛攻がウォルフに押し迫る。ウォルフの肩当てが裂け、プレートメイルが八つ裂きになり、バスタードソードが刃毀れし、バリバリと火花を散らす。


 ぎゅるぎゅる、と音でもするかのように回転に乗せて繰り出す斬撃。ふっ、と一息吐くと、ウォルフの眼前にルカの顔が飛び込み、にやり、と笑うとウォルフの失くなった右腕の付け根に、ナイフを突き立てた。


「ぐふ……」と、血液混じりの息を吐いたのは、ルカだ。


 天帝の細い腕が御簾から伸びてルカの脇腹に短剣を突き刺していた。


「ふっ……」ルカは嗤う。


 天帝の腕を捕えた。

 ルカの脇腹から流れた血が、ドラゴンクロスの竜の口に流れ込む。そのままポタポタ、とカーペットを血の色に染め上げる。


 ルカは剣気を天帝に向かってぶつけようとしたが、ウォルフが間に入って血祭りになる。


「うぐ……て、天帝さ、ま……離れて、おいて、くだ……さ」


 俺は脇腹に刺さった短剣を手に取り、こう呟く。


「剣気・息吹!」


 そして、剣を勢い良く引き抜いた。


「バカな!? 肝臓まで貫通していたはずだ!!」


 剣を抜いた跡がない。それを見て、


 俺は確信した。


「聖剣はいただいた!」

「なっ!? それが聖剣!? 短剣じゃないか……」


 引き抜いた短剣は俺が生まれた時から持っている短剣だ。間違えようがない。しかし、俺はこの短剣が聖剣だと確信したのは、これがあれば活力が漲ってくるからだ。


 父ちゃんは言った、聖剣が俺を守ってくれるのだと。


 それでもこの聖剣はまだ力半ばだと賢者は言った。それは……。


「お前が母ちゃんと聖剣を穢した天帝か!?」


 天帝は何も返さず。


「ウォルフ、殺れ……」


 テネブルが指示を出し、ウォルフが血を吐いて立ち上がる。


「お任せ、ください……」ボタボタ、と赤黒い血の塊が落ちている。顔色も悪い。だが。

「容赦しない」と俺。

「当然だ……」


 俺を前に片手でバスタードソードを構えるウォルフ。既に顔色が悪い。失血気味なのだろう。だが。


 剣気に衰えはない。


 それどころか、空気をキシキシと軋ませて冴えを見せている。その視線も触れるだけで斬れそうなくらいに鋭い。見事な覚悟だ。


 俺は聖剣を構える。


 違う。全然違う。俺の身体に漲る剣気は聖剣を握っていない時のそれとは違うのだ。


「負ける気がしねぇ」

「御託は良い、かかってこい!」


 剣気・虎振!


 俺は重心を落として、全身のバネと筋力を使って、瞬速の横薙ぎを放った。


──ガキン!! ピシィッ……


 ウォルフは己の全身と左手をフルに使ってその衝撃に耐えるが、業物で極太のバスタードソードと言えどヒビが入る。

 歯を食いしばり、全身の血管が浮き出て、右肩からの出血もままならないが、その眼光は真っ直ぐにこちらを見たまま、まばたきひとつしない。


──ドゴゴンッ! ガララ……


 しかし、時間差で地面をえぐりながら、真横に吹き飛んだ。が、彼は構えを崩してはいない。来るか!?

 と、反撃に備えるが、一向に動く気配がない。


 テネブルが覗き込むが、視線を反らし、こちらを睨みつける。ウォルフを殺った、のか?


「やむを得まい、私が──」と、テネブルが言うや。

「──テネブル様」


 俺はそのテネブルを呼ぶ声の主の方を見て、自分の背中に悪寒が走った。が、さっきまで地下牢にいたその顔が、心底憎らしい。


「ルークか……、殺れるか?」

「お任せください、テネブル様。 さあお前たち、出番だぞ!?」


 そう言って出て来たのは……、キャシー姉ちゃんとローラ姉ちゃんだった。


 それぞれ手に刃物を持って構えている。そして、ツカツカと俺の方へと向かってくるのだ。


「キャシー姉ちゃん!! ローラ姉ちゃん!!」


 二人はビクッと反応はするものの、刃物を収める様子はない。そして、こちらへ向かって距離を詰めてくる。


 ニカ姉ちゃんは、催眠をかけられて操られているみたいな事を言っていたが、実際は解らない。不敵な笑顔を顔に貼り付けて、俺に殺気を向けて来るのだ。


 俺は……姉ちゃんたちを斬りたくないし、おそらく斬れないだろう。かと言って、そのままやられるわけにもいかない。


 焦燥感と絶望感が俺の頭と心を支配する。


「さあ、お前の大好きな姉ちゃんに殺される気分はどうだ!? 抗えまい!?」

「……」


 ルークが視線を俺から外して、他に目を遣った。ウォルフだ。


 ルークの口元がさらに吊り上がる。非常に気持ち悪い。と、思った矢先。


 ウォルフの身体がビクン、と跳ねた。


「……まじか」


 ウォルフが立ち上がり、折れたバスタードソードを拾い、再びこちらに殺気を向けて来た。


「ルーク、あんたが死霊術師だったのか……」

「はっ、ようやく気付いたのか? 俺やその姉ちゃんたちに、お前を殺れねえのは理解している。お前はそれほどに強い、それは認めてやろう。

 しかし、俺はお前の弱点を知っている。ウォルフ」


──グルル……


 正気じゃねえ。


「そこの女どもを──」

「やめろぉ!!」


 俺はそう叫んで、剣気を放つ!


「──殺れ!」

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