投獄

     【七日目】


 ……俺は、寝ていたのか?


 ここはどこだ。


 真っ暗で何も見えやしない。


 ジャラリ……どうやら手足を鎖で繋がれているようだ。衣服は何も着ていない。

 頭がフラフラするが、最後の記憶では、たしかブラック・ダリアにいて、キャシー姉ちゃんやローラ姉ちゃんと話していたはず……。


 一体何があった?


 そうだ、ノートは!?


「ノート!?」


 ……返事がない。誰も居ないのか、返事ができない状態なのか。


「う……うぅ……」ジャラ……。

「誰だ!? 誰かいるのか!?」

「────カ。ルカ、なの?」

「え?」


 消えそうなほどにか細い声が、震えるように暗闇に溶けた。

 しかし、この俺が聞き間違えようもない。この声の主は、


「ニカ姉ちゃん!?」

「……………り」

「ここは何処で、いったい何が!?」

「ルカ……あな、たも。……つ、かま……って、し、まった、のね」

「捕まった……そうなのか?ここは!?」

「じ、城塞の……地下、牢」

「……天帝か。天帝、なのか!? これ、全部、天帝の仕業なのか!?」

「そ、……そう。キャス、も、ローラ、も、死……うぅ……」

「え!? だってさっき……」

「……い、や、あれは、死霊、術師の……催眠に……」

「死霊術師……? 催眠? それって、生きてるヤツも動かせるのか!?」

「そ……」

「ニカ姉ちゃん……俺、また騙されたのか……」

「……」

「ノートは、ノートはどうなったか知らねえか!?」

「う……」

「……ニカ姉ちゃん?」

「……」


 ……ダメだ。


 俺はぜんっぜん、ダメだ!!


 何が剣豪だ!


 何が剣聖だ!


 俺みたいな弱っちいヤツに、なれるわけがない!!


 思い上がりも甚だしい!!


 女のひとりも守れずに、自分ひとりだってこの有り様だ!!


 俺は弱い。


 弱すぎる!!


「くっ……ルカ……」

「……ニカ姉ちゃん?」

「自、分を、責めて、は、……ダメよ?」


 真っ暗闇でニカ姉ちゃんの声だけが響き渡る。ただ、酷く苦しそうだ。


 ポタポタとしずくが落ちる音が聞こえる。水漏れだろうか。


 ジメジメした空気で、換気も悪い。地下牢は岩窟に鉄格子を付けたような作りになっているが、この部屋は鉄板か何かで塞がれているようだ。

 通気口だけはあるようだが、明かりは届かない。


「ルカ……」

「どした、ニカ姉ちゃん? もうあんま喋んな?」

「天帝に……」

「うん」

「騙され、ないで?」

「それはいったい……」

「天帝、は……」


 カシャン…ギギギ……


 扉が開く音だ。


 外の光が一気に流れ込む。眩しくて相手の顔は判らない。しかし、


「ニカ姉ちゃん!?」


 鎖で吊るされたニカ姉ちゃんは、丸裸で……身体中が傷だらけで目も当てられない姿だった。あんなに美しかったニカ姉ちゃんが、身体も顔も血塗れになって……。


「……さねえ」


 ガッ!「フグッ!」


 棒で腹を打ち付けられる。


「誰が喋れと言った?」

「許さねえ!!」ガッ!!

「喋れなくしてやろうか?」


 今度は喉を棒で突かれて、声が出せない。


「や……め……」

「……なんでぇ、まだ生きてたのか? ヴェロニカ?」

「その子、は……ゆる」ガッ!!

「あん? 誰にもの言ってんだ!?」


 剣気・覇!


「あがっ!?」顔を掴まれる。

「おい!? 妙な技、使うなよ? この女がどうなっても良いのか? ああ゙!?」

「うぐっ……」


 明かりに目が慣れてきて、うっすら顔が見えてきた。そして、この声。ルーク!?


「ルークさん? や、やめてください! ニカ姉ちゃんは何も悪くないだろう!?」

「ああ゙? この女がいつまで経っても吐かねえから、お前を見つけるのに手間取ったんじゃねえか!」

「……全部、全部俺が悪いんだ!! ニカ姉ちゃんもノートも返してくれ!」

「誰が悪いか、悪くないかはこっちで判断する。お前は黙ってろ! それからあっちの嬢ちゃんは今頃……クフフ……」

「ノートがどうした!? あいつに何かあったら許さぐふぁっ!!」


 ルークは棒を振り回して、俺を殴りつけた。


「黙れつったろ!? それから何だ? 許さねえ? いったいこんな状態で何が出来んだ? あ゙っ!? ナニも出来なくしてやろうか!?」


 俺の下半身に棒があてがわれる。


「いいか? 息子を潰されたくなかったら、大人しくしてろ?」

「……」

「……やれば出来るんじゃねえか? なら、初めからしてろよ、な!」


──ガッ! 横っ面を殴られる。


「はっ! ザマアねえな? さて? こっちの女はもう使い物になんねえみてえだし、俺は新しく手に入れた玩具でこれからお楽しみだ。ヘヘへ……」


 ルークはそう吐き捨てると、ニカ姉ちゃんを蹴飛ばして、牢の入口へと向かう。


──っ!?


「行くぞ、キャス、ローラ」

「はい、ルーク様」

「あん、ルーク様ったら、気が早いですわ!? クスス……」


 キャシー姉ちゃんとローラ姉ちゃんがルークを挟んでピッタリと寄り添い、ルークは両手で二人を抱き寄せると、こちらをジロリと見て。


 二人をこれ見よがしに舐めた。


 そして、更に目を細めて。


──ギィ……ガチャン!


 出て行った。


 俺は、なんて……くそう。悔しい。悔しい。悔しい……。悔しくて、心が闇に奪われそうだ……。



✻     ✻     ✻



 カチ、カチ、カチ……。天帝が玉座で爪を鳴らす。


 謁見の間には三人。天帝、テネブル、そしてノートだ。


 床に巨大な魔法陣をテネブルが描き、ノートは、部屋の隅で縛られている。


「フッ、それにしても、何とも首尾よく全てが手中に収まったものよのぉ」

「左様で。わたくしめのこの身体も限界でございますれば、渡りに船と言うものでございましょう」

「ふむ。朕の身体は今しばらく掛かりそうじゃ。じゃが、お前が奴に馴染む頃には……」ジロリ、とノートに目を遣る。

「がるるるるるるるるっ!!」


 手足は括られてはいるが、話を聞き出す為に、猿ぐつわは付けられていなはい。なので、声を発する事は出来る。だが、ノートは歯を剥き出して、威嚇しているのだが、特には相手にされていないようだ。


「……テネブル、本当にこやつの身体を使うのか? もはや獣ではないか」

「いやいや、この魔力、凄まじいではないですか。これ以上の個体はないでしょう?」

「まあ、お前が良いと申すなら構わんが……」

「あおおおおおおおおおん!」


 遠吠えをあげるノート。


「……す、少し心配ですな?」

「下の男にするか?」

「いや……、あちらは身体は丈夫そうですが、魔力の方は皆無なので……」

「そうか……ならば、そのまま進めるが良い」

「は……」


 テネブルは黙々と魔法陣を幾重にも描き続けている。


「ふっふっふっ……はーっはっはっはっ!」


 ノートの高笑い。


「……」

「……テネブル、本当に後悔しないのか?」

「おい、小娘? 何が可笑しい!?」

「お前たちに言う必要はない!」


 ノートは手足を縛られたままふんぞり返っているようだ。


「そうか、じゃあ黙ってろ?」

「ふん、ルカは下にいるって言ったっしょや?」


 ギロリ、とノートはテネブルを睨みつけた。


「地下牢にいるが、それがどうかしたか?」

「うううぅぅぅわん! わわん!」


 唸り声、そしてまた犬のように喚く。


「……そろそろ描き終わる。言いたい事はもうないのか?」


 カチ、カチ、カチ……。天帝の爪音。


「茶番はもう良かろう。さっさと終わらせろ」


──ズゴオオオオオオオン!


 突然の轟音。そして地鳴り。城全体が揺れる。


「何だ!?」

「嫌な予感がする。早く済ませましょう」

「ふん、もう遅いよ?」


 ノートは鼻で嗤う。


「何を言って──」


─ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……


「衛兵!」

「はっ!」

「何事か!?」

「わかりません!」

「だったら見て来んかっ!」

「はっ!」


──ガルルルルルル……


「来た!」

 

 ノートが謁見の間の入口に目を遣る。


「何だ!? モンスターか!?」


 バンッ、と謁見の間の入口が開くが、誰も入って来ない。


「カイチン!!」


──ワン! ドゴン!!


 ドスの効いた犬の様な鳴き声と共に、謁見の間の入口が崩れた。そこに巨大な生き物と、その背中に人が二人。


「ノート、カイチを呼んだのはお前か? さすがにもうダメかと思ったぞ!?」

「ルカ、無事だった!? カイチン、お願い聞いてくれてありがとう!」


──オン!


「むっ!? その女、だれ!?」

「ニカ姉ちゃんだよ。同じ牢に入れられてたんだ……今は気を失ってる」

「なんで、裸でなの!?」


──キンッ! カララン……


「投げナイフ……? ノート、そんなこと話してる場合じゃねえようだ」


 ルカはナイフが飛んできた玉座に目を遣った。


 御簾の向こうに人影。


 そして


──ズドン! ルカの後ろの壁が爆ぜた。


「控えい!!」


 魔法陣に老齢の魔法使いと思しき装いの男が杖を構えている。


「ええい、これからじゃと言うのに邪魔しよってからに! ルークはどうした!?」

「さあな? 知らんが、女とあそんでんじゃねえか?」

「使い物にならん奴め……」

「カイチン!」


──ガルッ!! ザザッ……


 カイチがノートを咥える。


 さて、逃げられるか? いや……。


──スタッ……


「ルカ!?」

「カイチ、行け!」

「いやっ! カイチン、ダメだよ!?」

「カイチ!」


──グルル……スタン!


「行かせるか! 第七階梯魔法・怒号!」


──ズドン!!


 な!? 杖から発せられた魔法がカイチに向かって放たれた! 直撃しそうだったが、すんでの所でけた、カイチの動きには余裕がある。さすが賢者の従魔と言ったところか。

 しかし、避けた跡にはポッカリと大きな穴が遠くまで突き抜けて見える。とんでもない魔法だ。


「カイチ、構うな行け! ノート! 俺は必ず戻る!! 必ずだ!!」

「うう……わ、わかった!! カイチン、お願い!!」


──オン!


 と言うや、カイチは姿を消した。あの魔法を避けたのだから、追って魔法を撃っても当たることはないだろう。


「くっ……やはり、この身体も限界か……」


 見ると、魔法使いは手を震わせて、冷や汗を垂らしている。


「天帝、隠れてください!」

「テネブル、貴様を死なせる訳にはゆかぬ……」

「ふふ、見くびってもらっちゃ困りますよ。副団長!!」

「お呼びでしょうか、テネブル様……」


 現れた男は背が高く、体躯もすこぶる大きく、筋肉も均等に取れた理想的なつき方をしている。


 腰にバスタードソードがある、つまり剣士……いや、騎士団だろう。


 そして……この男、見覚えがある。確か、あの時、城門前広場にいた……。


「ウォルフ、お前に任せる」


 やべ。何か得物……。


 剣気・覇皇!


 ぶわっ、と剣気を特大に纏う。


「むむ……凄まじい剣気……ただ者ではな……その面構え、あの時のアルマンドの……弟子か?」


 俺はスッと足元のナイフを拾う。


「悪いな、少年。天帝様の御前だ、無様な真似は出来ん。本気で行かせてもらうぞ」

「望むところだ!」


 俺は真っ直ぐに、ナイフを構えた。

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