帝都
オーガは剣を構え、おびただしいほどの剣気を放出する。
「なんだコイツ!?」
とにかく次の攻撃は受けることは出来ない。いや、受けても良いが、剣が使い物にならなくなってしまう。
とりあえず躱して相手の隙を探そうと思うが、こんなにデカいのに身のこなしが機敏で、体躯の大きさを感じさせない。
「しかし」
俺は負けねえし、負ける気もしない。
──ズバン!ガラリ……
避けた剣戟が背後の岩を割る。……ふっ、そんなもんだろう。俺なら、
「こうだ!」
──スパッ!……ズ、ズズズ……ズズン!
同じ岩に切りつけた。岩がズレて線が生まれ、そこから重力に従って綺麗に二つに分かたれた。
俺はドヤ顔でオーガに目を遣るが、あまり分かってないようだ。ぬぅ……。
次、奴が動いたら斬る。
オーガの剣気が膨れ上がる。視線は真っ直ぐに俺に突き刺さり、ドン、オーガの足元が爆ぜて砂煙が立ち、その巨体は低く低く、一気に迫り来る。
ヤツの切っ先が横に一閃して、俺の居た箇所を大きく薙いだ。俺は軽く飛んで躱す。
ヤツは、ニイ、と笑みを浮かべて上に飛んだ俺に視線をくれる。そうだ、逃げ場が無い。次の剣撃を受ければ俺の剣は破壊されるし、剣を使わなければ身体を移動する手段がないのだ。
ヤツは身体を翻し、低い姿勢から宙空の俺に目掛けて、切り上げてきた。
しかし、なんてことはない。ヤツの剣撃は力任せに剣気を使う豪剣。こと斬ることに関して何の技量もないのだ。そして、こんなボロボロの剣など、斬れるはずもない。
俺はヤツの切っ先を足場にして、更に高く舞い上がる。
ヤツは驚きの表情を見せるが、その切っ先を踏み台に、再度宙に舞った俺を見て好機だと思ったらしい。
再びニヤリ、と笑みを零し、思い切り引手をとって、剣を突き上げた。
スパパパパン!
……バタバタとオーガの肉塊が重なり、ガラガラと長剣が残骸となった。
「斬るってのはこう言うことだ」
とは言え、この剣も終わりだな。
俺は短剣でオーガの角と魔石を採集すると、先で待っているであろうルークさんを探した。
ルークさんは川の向こう岸、その森の奥の方でこちらの様子を見ていた。
? しかし、動く様子はない。
「お~い!」
俺は手を振ってルークさんを呼んだ。すると。
「危ないぞ〜」
と、返ってきた。なんだ?
ガキッ! 咄嗟に受けた攻撃を剣で防いだ。見事に折れてしまったが、身体は何とも無い。
オーガだ。
それも今倒したはずのエルダーオーガだった。エルダーオーガは河原の石を拾って、俺に叩きつけてきた。剣気もへったくれもない。やみくもに再生して攻撃をしかけてくる。
くそっ、鬱陶しい!!
パワー押しのゾンビアタックとか、消耗戦だ。
剣が無くなった俺は、無手で迎え撃つしかない。いや、ルークさんに借りようとしたら、既に退避していた模様。やむを得ない。
「剣気・覇!」
俺は剣気を身体に纏わせる事で、剣戟のイメージを体現出来る。これは父ちゃんが一番初めに教えてくれた基本のきなのだ。これが出来なくては、剣豪になすらなれないのだと父ちゃんは言った。
{※この世に剣聖と呼ばれた人物はアルマンドを含めて二人、剣豪は五人となっており、帝国騎士団副団長のウォルフはその一人}
ルカの剣気を見たオーガは、少し怯んで二歩三歩と後退りした。
しかし、その目に生気はない。淀んだ瞳はどこを見るともなく、ぼんやりとこちらを窺っているみたいだ。口元からは血の混じった涎がダラダラと垂れ流している。
先ほどまでのオーガとは明らかに違って見える。まるで別物と言っても良いくらいだ。
攻撃も単調で力任せに殴りつけてくるし、防御や回避なんてものは皆無だ。そして隙あらば、ガチガチ、噛みつこうとして来る。
そして、どちらかの死骸にありつこうとして、何処からともなくゴブリン共が集まって、グルリと囲っている。
都合が良い。
「剣気・断!」
俺は剣気を右手の人差し指に集めた。
オーガが執拗に俺に殴りかかって来る。
それを躱して、オーガの突き出した腕の肩口をそっと撫でた。
ボタッ! 腕がおちる。
俺はそれをゴブリンに向かって蹴飛ばした。ワラワラと集まって腕の取り合いを始める。
オーガの再生はパーツが融合して元の形に戻ろうとするものだ。つまり、パーツが無くなれば再生出来なくなる。よって、眼の前のオーガは片腕を失った。
切断された、腕の付け根の箇所が、ウゾウゾと蠢いて気持ち悪い。
それでも怯まず襲いかかってくるオーガを、少しづつ肉片に変えてはゴブリン共へ放り投げてゆくと、四肢を失って、だるま状態となったオーガがゴブリン共に囲まれる。
おかしい。
このオーガは魔石を回収しているので、動けるはずがないのだ。やはり別のオーガなのではないか?とも考えたが、喰い漁るゴブリン共の様子を見ていても、魔石が出てくる様子はないのだ。
俺は不思議に思いながらも、ゴブリンの食事が終わらないうちに、ルークさんたちを探した。
「や、やあ……きみ、本当に凄いんだね!? あのエルダーオーガをたった一人で倒してしまうだなんて! とにかくこれで一安心だね? 暗くなる前に帝都へ急ごう!」
「はい、お願いします」
どうやら近くで見守ってくれていたようだ。よほど怖かったのか、驚きを隠せずに、俺たちを労ってくれる。
しばらく往くと、森を抜けて大きな街道へ出た。
街道は帝都ミッドガルドとガンドアルヴ王国を結ぶもので、多くの行商人たちが行来している。
「そう言えばルークさん」
「なんだい、ルカちゃん?」
「ダンジョン・炎竜の巣窟でパーティが事故に遭ったと聞きましたが、もう大丈夫なんですね?」
「え、あ、ああ、そうそう。あの時もギルドから君たちの援助を頼まれて、捜索に行ったんだよ。そうしたらダンジョンごと炎竜の業火に見舞われてね。すぐに教会で直してもらったんだが、法外な料金を要求されたのさ。
ギルドからはドラゴンの解体費で賄ってくれると申し出があったんだけどね?
そんな時、教皇暗殺事件が起こったのさ。そしたらどうだい?教会の裏金問題や闇献金、奴隷商による人身売買の手引、亜人の人攫いなど、あらゆる不正が明るみになって、多額の治療費も教会の権力を傘にした不正なものとして、見直されることになったのさ」
「へえ、そんな事があったんですね?」
「しかし、教皇が持っていたと言われる聖典が見当たらないらしいんだが、ルカちゃんたちは何か知らないかい?」
「ふぇ? 俺たちがそんなの知るわけないじゃないですか?」
「そうだよねぇ? 」
「んん……」
おい、ノート、目ぇ覚ますなよ? と、心の中で呟いて、ノートが起きない事を祈る。
「まあ、何か情報が入ったら教えて欲しいんだ、頼むよ!」
「わかりました!」
俺は適当に話をはぐらかして、道を急いだ。
やがて遠くに帝都が見えて来る。帝都の建物やお城は驚くほど高く、街を囲う城壁は長い。遠くからでもその大きさが窺えるが、近付くほどにその大きさに圧倒されるのだ。
城壁は見上げるほどに高い。例えトロルなどの巨大なモンスターが来ても、簡単には乗り越える事は出来ないだろう。それは俺たちだって例外ではない。けっきょく門を通らなければ中には入れないだろう。あるいは空を飛ぶことが出来れば?
ルークさんが門番と一言二言話をすると、すんなりと通る事が出来た。俺はほっと胸をなでおろす。面倒がなくて、本当に助かった。
帝国に入れたのは良いが、城に乗り込むタイミングをどうするか。少し考えてはみたが、今日はもう遅い。日が陰り始めているし、このまま乗り込むわけにもいかないだろう。
とにかく、ルークさんたちと同行して、ギルドへ報酬を受け取りに向かった。
帝都のギルドはとても大きく、メインストリートの中央広場に面しており、多くの冒険者が出入りしていた。建物はレンガ造りの古めかしい建築様式で、歴史もそれなりにあるそうだ。入口の左右に巨大なガーゴイルの像があり、左は口を閉ざし、右は大きく開けて威嚇している。
人の出入りが多いので、重厚な門扉は開けられたままフランス落としがかけられている。
俺たちはギルドに入ると、異様な空気に包まれる。
そこにいる者たちが、全員俺たち、いや、俺を見ている?そんな気がする。ゾワリ、と背中を何か電気のようなものが伝ったが、構わず俺はルークさんと受付まで歩いた。
「あなたがルカさん、ですね?」
「はい、そうですが?」
──ガタタン!
そこにいる者全員が武器を構えた。
「──っ!?」
「悪りぃな?」
そうだ、全員構えていた。
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