鬼人
【六日目】
朝起きたら何故かノートに怒られた。
「なしてほどいてくれんかったの!」
「え? ほどいたらまたケツにキスしようとするだろう?」
「そりゃあ……もう、えへへ……へ!? ちがう!! 私はそんな変態じゃないっしょ!? ちょっと見てみたかっただけなんだからねっ!?」
「どのみち変態じゃねーか!?」
「ぐぬう……」
ノートは変態確定だ。油断ならねえ。
──ガチャリ……
「お前、今度から寝る時はロープで締め上げるから、な? ……!?」
──バタン!
「ちょっ!? 奥さん!? ララノアさん、ちょっと待ってください!! 誤解ですっでば!!」
俺は誤解を解く為に、すぐにリビングへと向かったが、ララノアさんの姿は無かった。そして、フェルディナントさんが絶妙に複雑な面持ちをしている。
「お、おはようございます、フェルディナントさん。あの、ララノアさんは?」
「うちのものは遣いに出ました。しばらく戻らないでしょう。出立の際は宜しくと申しておりました」
「そう、ですか……どうかお伝え願えませんか?どうにも誤解をされてると思いますので……俺たちはそう言う趣味は無いと!」
「ちょっとルカあ! 手ほどいてよ〜!!」
「……えっと?」
「これは……その……の、ノート? またそんな一人で絡まって!? ほどいてやるから部屋行くぞ!!」
「何言いよん? ルカがもごごごごご……んー!」
「フェルディナントさん、帰り支度してきますんで!」
台無しだ!! これはもう誤解されたままだ! 次は泊めてくんねぇんじゃねえか!?
俺たちは、そそくさと帰り支度をして、フェルディナントさんに挨拶をした。
「フェルディナントさん、大変お世話になりました!」
「なりました!」
「お、おう。それじゃあ、気を付けてな?」
「はい! フェルディナントさんもお元気で! ご家族に宜しく言っておいてください」
「あ、ああ……」
うわあ……これはだめだ。反応薄い。もう来んなってことだよな……非常に残念だ。
ノートは半目を開けてボーっとしている。これは……やっちまったか。
「ほら、ノート?行くぞ?」
「ふぇ? ふぁあい……」
俺は仕方なくノートにリュックを背負わせて、そのノートを背負った。
「それじゃ、お元気で!」
「ああ、そちらもお元気で!」
そうして俺たちはカビレの集落を後にした。
これから帝都に向かうわけだが、またあの門番と遣り取りしなきゃなんないのか。父ちゃんの件があって以降、帝都には近付いてはいない。また、姉さんたちに迷惑はかけられないし。
どうするか……。
あれこれと画策しながらアールヴの森を進み帝都へと向かう。
ずいぶん森の奥まで来ていたようだが、ずっと同じ景色が続くのでわかりにくい。
森には生き物もたくさんいるし、モンスターだって少なくはない。しかし、大抵の動物やモンスターは俺たちを相手にしないで、普通に生活しているようだ。
かまって来るのはゴブリンなどの人型モンスターくらいのものだ。
「ウギャギャ……」
ほら、あんな風に森の中でも騒がしいから、こちらから近寄らなければエンカウントすることはないのだが……。
「何処からこんなに湧いて来やがる!?」
「一気に焼き払っちまえ!!」
「だけど、ここ、森の中だよ!?」
「かまわねえ!!」
おいおいおいおい、何処の冒険者か知らねえが、ここがアールヴの森だと分かって言ってんのか? こんなところで火魔法なんか放ったら……。
「火の精霊サラマンダーよ、我との盟約に従い、今こそ、その力を示せ! 狂い猛る炎の業火で目前の敵を焼き払え!! インフェルんんんんんん!」
「そこまでだ……」
俺はその魔法使いの口を手で塞ぎ、詠唱を阻害する。
そして寄ってかかって来るゴブリンどもを一閃した。
─グギャラルラレロギャラルホルン……
「何をするんだ!? あれ?君は……」
「森の中で火炎魔法はよしてください、まして範囲魔法など……って、ルークさん?」
「そう言う君は、ルカちゃんとノートちゃん!?」
「こんなところで何をしてるんですか?」
「いや、君たちが迷いの森に入ったと言う情報があったので、心配になって見に来たんだよ」
「へ? こんな広い森の中を?」
「いや、だってこうして見つかったじゃないか、無事で何よりだよ。女性二人でこの森に入るだなんて、無謀すぎるぞ!?」
「いや、そちらの方が危険だったと思いますが?」
「ともあれ、お互い無事で良かった。街まで送ろう」
「いや、そこまでしてもらわなくっても……」
と、言い淀んで、ふと思う。
彼らと同伴なら難なく帝都に入れるのでは? しかし、どうして俺たちを探していたんだろう? 一度一緒に呑んだだけの仲だし、そこまで肩入れする理由が見当たらない。もしかして俺たちを追ってきた教会か天帝の回し者?
「僕たちが君たちを探していたのは、ギルドの依頼だったからだ。アマンダさんから、ドラゴンの解体報酬のルカさんの取り分を渡したいのに、街の何処にも見当たらず、探して欲しいとのことだ。かなりの高額報酬らしいので、ギルドの取り分から僕たちへの依頼を出したってわけさ」
「そう、だったんですね? でも、私たちはこれから帝都に向かう予定なんですよ」
「冒険者ギルドの報酬は帝都でも受け取れるよ。帝都に行くなら僕たちも都合が良い。一緒に行こうじゃないか」
なるほど、ちゃんと理由があるみたいだ。ともかく帝都に入れるなら好都合だ。この申し出を受けても損はないだろう。
「では、宜しくお願いします!」
「ノートちゃん、重そうだね? 僕が背負うよ!?」
「いえ、めちゃくちゃ軽いので大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「そう? 疲れたら遠慮なく言ってくれ、何時でも手伝おう」
「ありがとうございます」
こうして、俺たちはルークさんのパーティと同行して、帝都まで行く事になった。単なる良い人、なのか?
俺たちと同行してからは、何故かモンスターとのエンカウントが激減したと言うルークのパーティ。そんなに戦ってたら先に進めないよね? いや、だからこんな所で燻っていたのか?
と、言いつつも、小物は往なしていた俺たちも、フォレストオーガなどの等級の高いモンスターは回避出来ないみたいだ。
「あれは……フォレストオーガかと思ったが、身体の苔が尋常ではない……エルダー……オーガ?」
「ルークさん、エルダーオーガとフォレストオーガと何が違うんです?」
「単純にフォレストオーガだと脳筋なので、単純な攻撃を回避してジワジワ追い詰めれば倒せるだろう。それでもその強力な身体能力の高さは脅威なのだが、エルダーオーガともなると、頭脳が違う。あの個体の無数に刻まれた身体の傷は、その経験値の高さを物語っている。に……、逃げるぞ!?」
「はい、逃げてください!」
「……へ?」
「ここは私が引き受けます!」
「いや、おまっ……!?」
ギンッ! いきなり俺を目掛けて斬りかかってきた。とても古びてはいるが業物の長剣を持っているらしい。そして、恐ろしいほどの膂力による暴力。受けた剣撃によって、ビリビリと筋肉が張り詰める。
俺の筋肉よりも、剣の方が悲鳴をあげている。次の攻撃を受けるとヤバいな。
「僕たちは逃げるぞ!? ルカちゃんも無理せずに逃げた方が良い! 隙を見て逃げるんだ!」
「解りました、行ってください!」
ルークさんたちはこの先の川の向こう岸までは逃げるだろう。俺も森を傷つけないように立ち回り、河原までは出た方が良さそうだ。
ノートが寝ていて良かった。じっとしていてくれると助かる。
俺はオーガの剣を押し返して、バックステップを踏み、少し距離を取った。オーガが俺の力に少し驚いているようだ。ルークさんの言った通り、このオーガは何か考えている。
しかし武器が剣なら、俺は負けるわけにはいかない。
ルークさんたちが逃げる時間を稼ぎながら、俺はオーガを河原の方へと誘い込む。
しかし、このオーガ、只者ではない!? モンスターのくせに剣気を操りやがる!? 油断ならねえなぁ……。
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