戦場
帝国は毎日のように周辺国と戦争をしている。
そのため、冒険者まで傭兵として雇われて駆り出される始末だ。
とにかく帝国周辺に戦場は多い。
「おい」
「……」
……。
「おい」
「……ワタシハ[オイ]トイウナマエナドデハ、ダンジテナイ!」
「……何しに来たんだ?」
「だって、置いてかれるしょやね!?」
「邪魔だから置いてきたんだよ!?」
「邪魔って言った!」
「邪魔だかんな?」
「むぅ……こうなったら邪魔してやるし!」
「すん、なっ!?」
「ひっ!?」
俺はノートに向かって飛んで来た流れ矢を、はしっ、と掴んだ。
「ほら、死ぬぞ?」
「……ヌフフフフ、ソレナラソレデホンモウトイウモノ。ヤレルモノナラヤッテミルトイイワ!」
バカにつける薬はない、か。
ちょっと面倒だが、しかたない。さっさと用事を済ませて帰ろう。
なんて、戦場から少し離れたところで、俺は物色を始めた。そこいら中に戦死した亡骸が転がっていて、凄惨な光景が広がっている。わざわざどうして人間同士で争うのか、俺には全然わからねえ。
こいつ等はこれで幸せな人生を送れたと言えるのか、それとも無念の戦死となったのか。俺は霊感なんてものは皆無だから、声なき声は聴こえない。
「うぅ……」
……聴こえない。
「お……ぃ……」
「どわっ!? な、何!?」
声ある声に目を向けると、負傷した他国の兵士が倒れている。
「助け……て……くっ」
「喋んな、出血が酷い……」
俺は布をちぎって止血を試みる。薬が無いので助かる可能性は低いが、この者の生命力と運次第といったところか。
「狂人……だ」
「狂人? あんた、帝国の兵じゃねえな。見たところマーナガルムの獣人……?」
「帝国兵は、イカれて、やがる。お前も……逃げ……」
痛みで気を失ったか。
俺はその辺に落ちていたマントを拾って彼を隠した。
帝国兵も何も、戦争しているやつは気が狂ってる。俺はそう思っている。この戦争にいったい何の意味があって、いったい何の為に死ななければならなかったのか。
俺には理解出来ない。
──ぐぅ〜
「お前、帰れ?」
「……帰ってもご飯ない! ここで野垂れ死ぬ!」
「そうか、じゃあ死んでろ?」
──ぐぅ〜
「お腹空いて死ぬ……」
「……」
俺は構わず物色を続けようとした、その時。
「ひっ……」
ノートに一人の兵士が近付いていた。
「グルル……」
「そんなにヨダレ垂らして……あ、あたしなんか美味しく、ないよ?」
「ウガアアアアアッ!」
「きゃあああああ!!」
ゴスッ、俺は兵士の首元に手刀を下ろす。兵士はノートに覆いかぶさるように倒れた。
「いやあっ! あっちいけ! キモい!」
「ほら、帰らねえからだぞ?」
「だって……あ……」
ガンッ! 俺の後ろの兵士の顎に、俺の肘打ちがストンと入って卒倒した。
「そいつもヨダレ……みんなお腹空いてるみたい?」
「帝国兵……これが狂人か?」
さっきのノートの叫び声を聞き付けたのだろうか、帝国兵がゾロゾロとやって来る。
「くそっ、帰れなくなったじゃねえか!」
俺は物色した一振りの剣を構えた。
「そんな奴ら、やっちゃえ!」
「お前は黙ってろ!」
「むぅ……」
──ぐぅ〜
集中出来ねえ。
──グルワアアアアアアア!!
こいつら何だ!? 構えも何もねぇ、闇雲に突っ込んで来やがる!
ギン、初撃を剣で往なして、蹴飛ばし、突き刺して、横から来た斬撃を躱し、斬り上げ、体で押し退けて、背後から複数の追突、前方から上段斬り、ごろりと横に転がって躱し、相手は同士討ち。
見れば全て帝国兵だ。
「きゃあ~! く、くるな! ひっ!?」
ザンッ、とノートを襲おうとする、先ほど気絶させた帝国兵の首を落とした。もう一人にもとどめを刺しておく。
「もしかしたら、意識が戻るかと思って気絶させてみたが、ダメだな?」
「ダメダメ。全然ダメ!」
「確かに、完全に狂ってやがるな。まるで狂犬病のような……考えてもわからん。用事を済ませて、さっさと引き上げるぞ?」
「うん……で、用事って何なの?」
「え? 落ちてる剣で拾うんだよ?」
……。
「え?」
「え?」
……なんかおかしいこと言ったか?
「それって火事場泥棒的な? 戦場荒らしとか言うやつっしょ?」
「そうなの? 知らない。だってもう使わないだろう? え、何? それとも剣買うお金ある?」
「ない。……じゃあ、仕方ない……のん?」
「他に何か方法ある? でも俺、時間ないぜ?」
ノートがキョロキョロして、それを拾う。
「あ、ルカ、ここにも落ちてた! こんな所に棄てるだなんて、もったいないね〜!?」
「だろう? 」
ノートはキョドキョドしながら、良さそうな剣を探し始めた。
ドラゴンは硬い。
別名『ソードブレイカー』と呼ばれるその鱗を断ち斬るなら剣が必要だ。
それにしても……。
「お前、いま何か拾ったろ?」
「ヒュ~、ヒュ~、アタシシラナイヨ~?」
……。
「跳んでみろ?」
「エー、ナンデトバナキャナンナイノカナア?アタシナニモシテナイノニ?」
「何もしてないなら、良いだろ? 跳んでみろ?」
「……」
ぴょん、チャリン……。
「ホラ? ナニモナイデショウ?」
「……ポケットの中、見せてみろ?」
「……」
チャリンチャリリン……リン……。
いくつもの通貨が、音を立てて地面に散らばった。
「あれ?なんでポケットにお金なんか入ってるんだろう?」
「……親の顔が見てみたいわ」
ノートが少し怪訝な顔色になった。
少し間をおいて……。
「……サン・マグタラ大聖堂に行けば見れるんじゃない?」
「……なんだ、やっぱり教会の人間か」
「お父さん、教皇だから……」
「……」
「こないだ初めて会ったんだけど……」
「……」
「なまらキモかった……」
「……えっ?」
教皇の娘? ノートが?
「なあ……聞いても良いか?」
「なあに?」
「お前、何で湖に飛び込んだんだ?」
「……シニタカッタ」
「あん?」
「死にたかったって言ってんの!」
「どうして?」
「あんたに関係ある!?」
……あるっちゃ、あるが。
「……ないな?」
「じゃあ……」
「言えない、のか?」
ノートは黙り込む。
話したくないのだろう。まあ、誰にでも、話したくない過去のひとつやふたつ、あるだろう。
ところが、ノートは俺をまっすぐに見て、ソレを話し始めた。
「教皇は、この歳になるまで私を部屋に軟禁して、あろうことか、娘である私を犯そうとした。
きっとそれだけじゃない。これまでの聖女候補の忌子たちは、全員食い物にされて来たんだと思う。あんなのお父さんじゃない。キモい豚。いや、それじゃあ豚が可哀想なくらい、キモい。
気付いたら、私の人生なんて豚のエサか、魚のエサかの二択しかなかったんだよ? そりゃあ、魚のエサを選ぶでしょ?」
「……」
俺はノートにかけてやれる言葉を探したが、俺の引き出しにはどこにも見当たらなかった。
非常に申し訳ない事をしたと思う。
「こんなのが聞きたかったの?」
「いや、なんか、すまなかった……ごめん」
ノートは、ふっ、と捨てるように笑った。
「ねえあんた、聖水って知ってる?」
「ああ……、たしか教会の月読の塔で、月の光で浄められた水だろう?」
「……豚汁だよ。キモいオッサン汁。思い出しただけでもはばけるわぁ。うぇ〜」
「まぢか、うぇ〜」
俺の顔を見て、ノートは少し笑った。
こいつも俺も、そんなに変わんねえのかも知れねぇな? 生死の狭間で生きている。
「おい、跳んでみろ」
「……ナンデヨ?」
「いいから跳べ?」
ぴょん、ヂャララ……。
「……もっと拾っとけ。生きる為には必要だ」
俺が拾ったこの疫病神は、案外その道を切り拓いてくれるかも知れない。
そんな、気がした。
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