金欠
【二日目】
「ちょっと聞いてます?」
俺は今、とんでもない窮地に立たされていた。
眼前に怒りをあらわにした、年配の女性が立っていて、俺とノートが正座をして、姿勢を正している。ノートは何を怒られているのか解っていない様子で、目が死んでいる。
「うちは、若い男女に貸す気はないのよ、何故だか解る?」
「わかりません!」
「エッチなことするでしょう!?」
「え?」
「……ナニイッテンダコノオバハン?エッチッテナニ?アタマオカシインジャナイノ?」
「そしたら子供が出来るじゃない!? うるさいのは嫌なのよ!?」
「いや、俺たちそんなんじゃないですよ?」
「……ソウダソウダ!ソンナワケナカロウ、コノババア。ワケワカランコトイウト、シンデヤルカラナ、コノヤロウ!」
「そんなんじゃなくても、うちはカップルお断りだよ? 明日には出てってくんな!?」
「え……明日っすか? いくらなんでも急すぎやしませんかね?」
「今までだって、一人分の家賃で二人住まわしてやってたんだ。感謝こそされても、文句なんざ言われる筋合いはないよ!?」
「そ、そう……ですね、すみません」
「わかったら、明日には出てくんだよ!?」
「……わかりました」
「……ふぇ?」
ノートはわかってないみたいだが、仕方ない。女の子いるし、野宿はどうかと思うし、宿に泊まるにもお金がない。
お金かぁ……。
仕方ない。
……と、言うわけでやって来ました。
『冒険者ギルド』
父ちゃんが、金に困ったら働くしか無いと言っていた。俺が働くっつったらココだろう。
『マチルダ』と言う名札の受付嬢が担当してくれるみたいだ。
セミロングのハーフアップアレンジで、パリッと張りのある真っ白なブラウスに、黒のリボンタイ、ハイウエストフレアスカートにサスペンダーをつけている。いかにも仕事が出来そうなお姉様。
「あの、すみません」
「あら、可愛い冒険者さんねぃ?」
「……ソンナホントノコトイッテモナニモデナイカラナ!?」
……ん?
「冒険者登録はすませたかしらん?」
「いや、まだなんですが……」
……んん?
「それじゃ、この紙に必要事項を書いてくれるかしらん?」
「わかりました」
……声太っと!! おっさん?
「助かるわん、最近戦争続きでしょお? 通常クエストを依頼できる冒険者が減ってたのよん」
「あの……」
「おっさん? おっさんなの?」
「おい、ノート!?」
「むふふふふ。あたしがおっさんですかって!? のんのん! オカマよ〜ん? お・か・ん〜まっ♡」
最後の「ん〜まっ♡」に何やら悪寒がしたが、きっと気のせいだろう。
いや、近い。
鼻先がくっつきそうなほどマチルダさんが至近距離だ。厚化粧で分からなかったが、よく見るとヒゲが濃く、唇はポッテリ厚ぼったくリップでテッカテカだ。そして目だが、翠に近いスカイブルーの瞳だが、バチバチ瞬きするたびに風が来る。怖い。
なにより、強烈な香水の匂いが鼻に突き刺さる。香水が臭いと思ったのはこれが初めてだ。姉さんたちの香水はあんなにいい香りなのに、この香りには嫌悪感すら覚える。
「あなた……可愛いマスクしてるけど、男ね?」
眼の前の受付嬢を名乗るオカマはそう宣った。
「登録書にもそう書きましたが?」
「あら、ホントね? アンタ、あたしのオトコにならないかしらん?」
ゴス、眼前のオカマの顔が、鈍い音とともに、縦にブレた。
「マチルダさん、ちゃんと仕事してください。セクハラです」
見ると、マチルダさんの頭にチョップを決めている、マチルダさんと同じ制服を着た受付嬢、名札には『アマンダ』と書いてある。
「アマンダさん、でもでも、この子ったら可愛いんだも、ンゴ?! 痛い……」
ゴスッ、ともう一発アマンダチョップが炸裂する。
アマンダさんは丸眼鏡の端をくいっと持ち上げると、僕たちの登録書類に目を通した。
くいっ、もう一度丸眼鏡を正すと、僕たちの方を見た。
くいっ。アマンダさん、眼鏡、合ってないんじゃないですか? とは言えない。
「貴方が剣士で、そちらが荷物持ち? 職業『荷物持ち』で間違いないのね?」くいっ。
「……デキレバニモツモモチタクナイ、デス」
「はい、荷物持ちで、登録してください」
くいくいっ。
「そんな職業はないので、サポーターと言うことにしておくわね?」くいっ。
「よろしくお願いします」
「では、登録完了です。ところで……」くいっ。
「はい」
「コレはなんですか?」
アマンダさんが一枚の紙切れを指差す。指さしながら、くいっ。
「え? クエストの依頼書じゃないですか」
「受けるんですか?」くいっ。
「はい」
「アホなんですか?」くいっ。
「酷くないですか?」
「ルカをアホってゆーな!」
「ノート!?」
「アホってゆーやつがアホなんだから!!」
くいくいくいっ、ってアマンダさん、そんなに眼鏡ズレてなくないですか?
しかし、ノートが俺を庇うなんてな?
「ルカは宿無しでビンボーなだけで、アホなんかじゃない!」
「ノート、それ、お前もだからな!?」
「とんだとばっちりだ!?」
「訂正するわ?」くいっ。
「わかったらヤラシイ」
「ヨロシイだろ?」
「……訂正するわ、二人ともアホだわ」くいっ。
「結局のところ、酷くないですか? そもそもこの依頼、受けたらアホなんですか?」
「……ドラゴンをソロ討伐する人をアホと呼ばないで何と呼べば良いの?」くいっ。
「じゃあ、この依頼書出した人自体、アホって事じゃないですか? これ、出したのギルド長じゃないんですか?」
「あんだ? 俺を呼んだが?」
低い声が聞こえた。いや、決して重低音のある声と言うわけではない。むしろ高めのコロコロした声が、低い位置から聞こえて来た。
見るとちっちゃいオッサンがいる。
「ちっちゃいオッサンがいる!」
「おい、ノート!?」
「うおっふぉっふぉっ! わしゃちっちゃいオッサンじゃねぇど。ここのギルド長だど」
人は見かけによらねえな?
「あらん、ロベルト♡ 遅かったじゃなあい?」
「待たせたな、マチルダちゃん♡ 今日もめんこいど♡」
「もうっ、人前でそんな事言われると、恥ずかしいからやめてん♡」
「ふぉっふぉっ……マチルダちゃん♡」
ちっちゃいオッサンのギルド長、ロベルトさんをマチルダちゃんが抱っこして、現在進行系でイチャラブチュッチュしている。キモい。
にしても、人は見かけによらねえな?
「リア充は爆発しろ」くいっ。
「アマンダさん、酷くないですか?」
それにこれ、リア充なの?
「とにかく、お金が要るので、この依頼を受けさせてくれませんか?」
「……と、申しておりますが、ギルド長?」くいっ。
この眼鏡嬢、いや、受付嬢、ギルド長に丸投げしやがった!?
「倒せるのか?」
「あ……剣がないと厳しいかも?」
「やっぱりアホじゃないですか」くいっ。
「うん、アホだど。剣を持たない剣士など、聞いたことがないんだど。その上ドラゴンを倒すとか、どんだけアホなんだど」
「……」
「諦めるか?」
「一日待ってもらえますか?」
「剣を買うお金、ないんだど?」
「何とかします。何とかするので、ドラゴン退治、受けさせてくださいね?」
「……アホに付ける薬はない、か、わかったど。だが、剣が手に入ったらだど?」
剣士って剣が必要なのか? ま、いっか。ドラゴン倒すなら得物は要るからな。
今日中に何とかしなくちゃいけない。なんせ、俺には時間がないからな!?
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