第19話 交渉

 不動産屋さんに行ってから約2週間後の日曜日の午前中。今日は平屋の持ち主の水無瀬みなせ つかささんと、平屋近くの喫茶店で会う事になった。


賃貸平屋の家賃は、希望者の経済状況や事情などを考慮した上で決まるらしい。お母さんと絵満さんに負担をかけたくないから、なるべく安く済ませたいわ。



 私と絵里奈は約束の時間30分前に現地入りして、水無瀬さんが来るのを待っている。希望者が遅刻するなんてあり得ないからね。


彼女の特徴は、来店した時に応対してくれた女性店員さんから聴いている。歳は26歳で、目印にベージュのバケットハットを被ってくれるとか。


「ふわぁ~」

絵里奈が小さくあくびをした。


「いつ来るかわからないんだから、シャキッとしなさい!」

あくびしてるところを見られたら、第一印象は最悪だ。


「は~い」


そんな調子で出入口を見守り続けて10分ぐらい経ったかしら。目印の帽子を被った女性1人が来店した。


私達の特徴と目印も女性店員さんを通して伝わってるはずだけど、こちらから声をかけたほうが確実ね。


「絵里奈、ここで待ってて」


「うん」


私は席を立ち、出入り口でキョロキョロしている女性に声をかける。


「あの…、水無瀬つかささんですか? 私が平屋の賃貸を希望してる笹下です」


「わざわざ声をかけてくれてありがと! 探す手間が省けたよ」

そう言って、私の肩をポンと叩く水無瀬さん。


声の張りや外見から察するに、ざっくばらんな感じね。


「本日はお忙しいところ、来てもらってすみません…」


「良いの良いの。アタシのほうこそ連絡が遅れてゴメン。片付けが面倒でさ~」


「仕事をしながら引っ越しの準備は大変でしょうから、全然気にしてません」


「そっか」


私は水無瀬さんを自席まで案内した後、再度絵里奈の隣に座る。いよいよ交渉開始ね!



 「大学2年と1年の姉妹が、アタシの住む平屋を借りたいと聴いた時はビックリしたよ。ふざけてると思ったもん」


私達、そんな風に思われたのね…。


「でも、お姉さんはしっかりしてる事がわかって一安心だよ。これからいくつか訊くから、真面目に答えてね」


「もちろんです」

この場でふざける度胸はないし、恥知らずになる気もない。


「まず…、間取り図を見てわかる通り、あの平屋は2人で住むにはちょっと広いと思うよ? それは問題ない?」


「大丈夫です。実は姉妹で、マッサージ店の自宅開業を考えてまして…」


「なるほど。それなら広いほうが好都合だね」


「はい…」


施術場にあたるリビングはマッサージ道具関連だけ置き、生活用品は他のところに置く予定だ。


間取り図を見た限り、2部屋確認できた。1部屋は私と絵里奈の共同部屋・もう1部屋はお母さんと絵満さんが来た時の来客部屋にする。


「話を聴いただけだと、本気度がわからないね。 真面目に頑張ってる人には家賃を下げて応援したいけど、そうじゃない人にサービスする必要はないわ!」


つまり覚悟の話か。お母さんと絵満さんの時と同じね。


「でしたら、私がマッサージして本気度を証明します」


「お姉さんじゃなくて、妹さんにやってもらうわ。さっきからずっと黙ってるから」


辛口コメントね…。ビビるんじゃないわよ、絵里奈!


「…わかりました。あたしがマッサージします」


「んじゃ、なんか飲んだらアタシの家でやってもらうからね!」


その言葉の通り、水無瀬さんはアイスティーを注文した。私と絵里奈ものどが渇いたので、同じアイスティーを注文した。


「マッサージの出来に関係なく、アタシが奢ってあげる。早く来てくれた礼はしないと」


「ありがとうございます」


アイスティー代がある分、ある程度の見返りを求められるわね。とはいえ、いつも通りやれば大丈夫なはず。頼むわよ絵里奈!



 店員さんがアイスティーを持ってきてくれてから飲み終わるまで、私達は誰も口を開かなかった。これがビジネスの緊張感なのかしら…。


飲み終わってからは店を出て、水無瀬さんに付いて行く。歩いて10分ぐらいであの平屋に着く。


「悪いけど、引っ越し作業中で散らかってるからね」


「わかりました」


前置きを聴いてから、私と絵里奈は水無瀬さんの家にお邪魔する。



 家の中は聴いた通り、物が散らかっている。いる物・いらない物に分別するんだから当然よね。私達も片付けはこまめにしないと…。


「それじゃ、頼むわね」


水無瀬さんは、リビングに敷いてある布団にうつ伏せになる。


「絵里奈、いつも通りやれば良いから」


「うん…」


あの子は緊張した面持ちで、水無瀬さんの隣に向かう。


そして…、マッサージが始める。



 「ち…力加減は大丈夫ですか?」

うつ伏せ中の水無瀬さんの腰をマッサージしている絵里奈が言う。


「大丈夫。その調子でお願い」


今のところは好印象だ。絵里奈の緊張した様子は変わらないけど…。


「次は肩をマッサージします…」


「了解よ」


…順調そう。ミスしてる感じもない。


「あの…、良ければ“裏メニュー”もやりますよ?」


ちょっと!? 何で水無瀬さんに言うの!? 新規開拓の練習かしら?


「裏メニューって何?」

何も知らない水無瀬さんは興味を示す。


「おっぱいをマッサージして、気持ち良くなってもらうメニューです」


「ふ~ん。物は試しだから、1回だけお願いするわ。…脱ぐ必要はないわよね?」


「はい。ノーブラになってもらえれば…」


水無瀬さんはTシャツ内でブラを外す。それから仰向けになる。


「度が過ぎたら止めるからね」


「はい…」


…絵里奈の手は、水無瀬さんの胸をTシャツ越しに優しく揉んでいる。時々を触って様子を見てるわね。


「どうですか?」


絵里奈の面持ちが変わってきた。やっぱりこの子は、こっちが本領ね。


「続けてちょうだい…」


「はい」


明らかに、を触る頻度が増えている。それでも水無瀬さんは何も言わない。表情から察するに、虜になりかけてると思う。


「次のステップに進んで良いですか?」


「次の…ステップ?」


「こうします」

絵里奈は水無瀬さんのTシャツをめくり、直接を舐め始める。


彼女の顔はトロンとしてる感じだけど、さすがに止められるかも…。


「……」


私の予想に反し、水無瀬さんは何も言わない。それをチャンスと判断した絵里奈は、思う存分責めたのだった…。



 「これでマッサージは終わりです。お疲れ様でした」


絵里奈の言葉を聴き、水無瀬さんは近くに置いたブラを付ける。


「マッサージってだったの?」


「こういうのもあるって事なんです…」

今怒られるパターンかもしれない。覚悟しておこう。


「“変な属性”に目覚めそうになったじゃない、まったく…」


あれ? 満更じゃない顔してる?


「今度は客としてマッサージを受けようと思う。引っ越すと言ってもここからそう遠い訳じゃないし、通う事はできるわ」


「それならどうして引っ越すんですか?」

すっかり緊張の糸がほどけた絵里奈が言う。


「通勤時間が思った以上に苦痛なのよ。少しでも長く寝たいし、家でのんびりしたいの。満員電車を経験すれば、アタシの言う事がわかるって」


大学の1限は9時台なので、満員電車に乗る事はない。だから水無瀬さんの気持ちはわからないわ…。


「お姉さんはしっかりしてるし、妹さんの腕も確かね。これからも2人を応援したいから、家賃はサービスしちゃうわ」


「ありがとうございます!」

私と絵里奈は同時に言って、頭を下げる。



 こうして、キレイで広い平屋を格安価格で借りられる事になった私と絵里奈。次にやらないといけないのはね。頑張らないと!

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