第5話 ニップレスが欲しい
大学の女性トイレを手を繋いだ状態で出た、私と絵里奈。だけど近くの人がチラチラ見てくるので、大学の入り口付近で手を放す。
「もう放しちゃうの~?」
あの子は名残惜しそうな様子を見せる。
「さすがに恥ずかしいのよ。見られてる事に気付かない?」
「そんなに見られたかな~?」
周りが見えてないわね。口で言ってどうにかなるものじゃないし…。
「それより、お姉ちゃんはこれからどうするの?」
「帰るわよ。絵里奈は?」
「お姉ちゃんが帰るなら、あたしも帰る~」
いつもはこんなに一緒にならないのに…。学食のナンパのせいかしら? なんて思いつつ、私達は帰路に就く。
「ただいま~」
誰もいないのに言って、絵里奈は空しくならないのかな? そんな事が頭をよぎったものの、私達はリビングのソファーでくつろぐ。
「お姉ちゃん、夕方からバイトだったよね?」
「ええ。だからそれまで、食後の運動をしてくるわ」
もちろん帰った後にシャワーを浴びるから、程々にするけど。
「あたしもやろうかな~」
「絵里奈がランニング? どういう風の吹き回しなの?」
一時期はやってたはずだけど、三日坊主で終わったのよね…。一緒に走った事はないから、あくまで絵里奈の自己申告になる。
「別に良いじゃん。お姉ちゃんみたいに運動してないから体重が増えてさ~」
言われてみれば、あの時の裸の絵里奈は私より太ってたかも…。なんて事を考えたせいで、連想ゲームのように絵里奈の裸が頭に浮かぶ。
今は考えちゃダメ! あの子が目の前にいるんだから!
「? 急にそわそわしてどうしたの? お姉ちゃん?」
「何でもない! それよりも、私と一緒に走るなら絵里奈も着替えてちょうだい」
「は~い」
自分の部屋で着替えを済ませた後、リビングで絵里奈と合流する。…ヘンテコな格好をしてたら注意するつもりだったけど、その心配は無用だったわね。
「今日はバイトまでのウォーミングアップだから、絵里奈のペースに合わせるわ」
「良いの?」
「というか、そうしないと絵里奈がバテるから…」
運動習慣がないこの子が、私のペースに付いて行けるはずがない。
「お姉ちゃん優し~♪」
そうだ、ついでにこれも確認しておこう。
「一応訊くけど、日焼け止めは塗ったわよね?」
「当然じゃん。体中塗りまくったよ」
…変な解釈しちゃダメよ私! 服の下も焼けるんだから、絵里奈の言い分は正しい。
「じゃあ準備完了ね。行くわよ」
「うん」
事前に水分補給をした後、私達は家を出る。
「最初はこれぐらいのペースにするわね」
外に出てから、早歩き+αぐらいのペースで走り出す。
「これぐらいなら楽勝だって~」
余裕でいられるのも今の内よ。そのうち…。
「はぁ…はぁ…」
私の予想通り、絵里奈の息が上がり始める。走って300メートルぐらいかしら?
「お姉ちゃんキツイよ~」
「もうちょっと頑張りなさい!」
「体力もだけど乳首が擦れて…」
絵里奈の乳首発言を聴き、急いで周りを確認する。…良かった、誰もいない。
「絵里奈。スポーツブラとかに変えてないの?」
「何とかなると思って…」
しまった、それを確認するのを忘れたわ。うっかりしてた…。
「ニップレスが欲しいよ~」
「わかったから、声に出さないでちょうだい! もう少しで公園に着くから、そこで休憩ね」
「うん…」
目的の公園に着き、絵里奈をベンチに座らせる。その間に私は自販機でスポーツドリンクを購入した。
「はい、これ飲んでゆっくりして」
「ありがと~」
「一気に飲み過ぎるんじゃないわよ」
「わかってる」
私のアドバイス通り、少しずつ飲んでるわね。一安心。
「どう? 久しぶりのランニングは?」
「疲れるね~。でもお姉ちゃんと一緒に走ると楽しいよ!」
「そう言ってくれて嬉しいわ」
体力は学力以上に応用が利く。無駄になる事はあり得ないから、どんどんつけて欲しいわね。
「……はい、お姉ちゃんも飲んで!」
私に容器を差し出す絵里奈。
「えっ?」
既にこの子が口を付けて飲んだのに?
「お姉ちゃんは走り慣れてると思うけど、油断しちゃダメだって! ことわざにも、そういうのいっぱいあるじゃん!」
“猿が木から落ちる”や“弘法にも筆の誤り”がそうね。気持ちは嬉しいものの、そういうのじゃなくて具体的に言って欲しかった…。
「わかったわ。飲むから」
絵里奈から受け取った後、勇気を振り絞って飲む。…飲み慣れた味が体に広がる。
「間接キスだね♪」
「…げほげほ」
やっぱりわかって渡したのか!
「お姉ちゃん動揺し過ぎ。小さい頃だって、こういう風に一緒に飲んだ事あったよね?」
「あったけど…」
昔と今では事情が違う。同じ物差しでは測れない…。
「あたし、お姉ちゃんとならこれからも走れそう。頑張るから見捨てないでね」
「やる気を出すなら絶対見捨てないわ」
私も1人で走るより楽しいから問題ない。
「だからさ~…」
この子は何を頼む気なのかしら?
「一緒にニップレス買いに行こ♪」
「…スポーツブラで良くない?」
「良くない! スポーツブラだって擦れる可能性あるんじゃないの?」
「それはまぁ…」
「でしょ? ならあったほうが心強いじゃん」
大きい物じゃないし、保管も楽か…。
「今日はお姉ちゃんがバイトあるから無理だけど、2人共ない日なら買いに行けるよね?」
「そうね…」
それぐらい1人で買いに行けば良いのに。 絵里奈はどうしちゃったの?
「よ~し、休憩終わり! お姉ちゃんもっと走ろう!」
「本当に良いの?」
走ればまた乳首が擦れるのに…。
「良いの良いの。乳首も擦れるのに慣れてくれるって」
滅茶苦茶な事言うわ…。でもやる気出してる絵里奈を見て、私もやる気が出てきた。
「わかった。それじゃ走るわよ!」
「うん!」
私達は再び走り出すのだった。
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