第45話
「人消しゴム? なんなんだ、それは」
結局、秦野にまで、人消しゴムについて話すはめになった。
樹たちにひどい目に遭わされ、この文具店に偶然やって来たこと。そして、店にいたおじいさんから人を消せるという消しゴムをもらったこと。
その消しゴムを使い、名前を消してみると、樹がいなくなったこと。
「そんなことを信じろと言われても」
そこまで話たとき、秦野は首を振った。
「信じられるわけがないだろ」
「信じる信じないは、先生の好きなようにしてしてください。でも、僕が持ってた人消しゴムを翔太郎が盗んで、それで、クラスのみんなの名前を消した。そしたら、みんないなくなっちゃって」
翔太郎が俯く。
「だが、樹を除いて、みんなすぐに戻って来たじゃないか」
秦野が戸惑った表情で訊く。
「それは、よみがえりの鉛筆を手に入れたからで」
「よみがえりの鉛筆?」
秦野の声が裏返った。
「そうです。みんながいなくなっちゃって、僕ら怖くなっちゃって――樹のときは半信半疑だったけど、もう、間違いない、みんなが消えたのは、人消しゴムのせいだろうって。それで、ここにもう一度やって来て、消えた人を戻す方法をおじいさんに訊いたら、消した本人が、もう一度名前を書けばもどってくるっていう鉛筆をもらったんです。それで、翔太郎が必死になってみんなの名前を書いたら――」
「戻ってきたっていうのか」
颯真は頷いた。
秦野は不思議そうに、店の中を見回した。その表情は、奇妙な話を信じているとも信じていないとも取れる。
「ところが、樹だけは戻ってこないんです。何度、よみがえりの鉛筆で樹の名前を書いても、樹だけが戻ってこない。それで、もしかしたら、樹は別の理由でいなくなったんじゃないかと思って、樹が消えた日の行動を探り始めたんです」
うむと、秦野は頷く。
「それで、あたしたちは、五人で樹がいなくなった日の行動を探ったんですけど、樹はいなくなった日、学校へ戻ったみたいで」
恵奈の説明に、秦野は目を剥いた。
「学校へ? 警察はそんなこと言ってないぞ。樹は一度学校を出たあとは戻ってきてないはずだ」
「でも、この奈都乃が」
恵奈は横に立つ奈都乃を振り返った。
「あの日、学校で樹を見てるんです」
「ほんとなのか?」
秦野が奈都乃に鋭い視線を向けた。
「ほ、ほんとです」
奈都乃は肩を落として、頷く。
そして奈都乃は、夕方、樹が校門から右手のほうへ行ったところを見たと告げた。
「それで?」
「だけど、その後の樹の行動は掴めませんでした。だから、僕ら――翔太郎と恵奈と奈都乃と大雅と僕で、今日、学校から樹の家までの道のりを探ってみようと思って集まったんですが」
「何が起きたんだ?」
じれったそうに、秦野が颯真を見る。
「大雅だけが来なくて。だから仕方なく、残りの四人で、樹の家までの途中にある廃工場に入ってみたんです」
「ああ、あそこか。あそこは、警察も調べたはずだが」
「そしたら、大雅がいて……」
言葉に詰まった颯真に、翔太郎が助け舟を出した。
「大雅はいたんだけど、消えちゃったんですよ、俺らの目の前で」
「消えた?」
秦野の声が裏返る。
「そうです。消えたんですよ。まるで、空気に溶けていくみたいに、大雅がすうっといなくなっちゃって」
「何を言ってるんだ、おまえは」
秦野が翔太郎をからかうように見る。恵奈が叫んだ。
「ほんとなんです。先生が信じないのも無理はないと思うけど、ほんとに目の前で、大雅が消えちゃったんです。それで、あたしたち、誰かが人消しゴムを使って消したんだろうと思って、それで、この店に来て、別の人消しゴムを手に入れてやつを探そうと思ったんだけど、大雅が」
恵奈は大きく息を吐いて吸って、続けた。
「大雅が消える瞬間に、言ったんですよ。樹の居場所はわからないけど、樹が消えた理由のヒントになるものを見つけたって」
「消えた理由?」
恵奈が頷いて、みんなを見回した。
奈都乃、翔太郎、そして颯真も頷く。
「どうして大雅は廃工場に来てたのか。ここになんかあるんじゃないかって、あたしたち、廃工場の中を探しました。そしたら、壊れた机の抽斗の中にあった樹の文集を見つけたんです」
「樹の文集……」
秦野が呟く。
「樹はどうしてあんな場所に、古い文集を置いたんだろうって考えて。それで、きっと隠していただと思って。それで、あたしたち、樹が文集を隠した理由を探るために、樹の家を訪ねました。で、おかあさんに話を聞いたんですけど」
「おかあさんは何て言ったんだ?」
恵奈は首を振った。
「何も。何もわからないって」
秦野が黙り込んだ。その表情に、颯真は疑問を抱いた。そもそも、秦野はなぜ、樹の家に行こうとしていたんだろう。秦野は颯真たちが樹の行方を探すことを奇妙に思った。それと同様に、秦野だって樹の行方を家庭訪問をしてまで探ろうとしていたのはおかしいんじゃないか。
「先生、何か知ってるんですか」
颯真の問いに、秦野は目が覚めたようにはっとなった。
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