第44話


「あ、秦野先生」


 恵奈が叫び、全員が魔法にかかったみたいに動きを止め、入口を振り返った。

 そこにいたのは、担任の秦野だった。


「悠人、井原から離れろ。健も腕を離せ!」

 開いた引き戸の前で仁王立ちした秦野が、全員を見据えている。ロウソクの乏しい光の中で見る秦野は、いつもの穏やかな、いや、生徒のことなど無関心そうな学校で見る教師とは違って見えた。


「なんで先生がここにいるんだよ?」

 まだ健に掴まれたままの翔太郎が目を丸くした。

「どうして先生が?」

 恵奈も言う。

 秦野は鋭い目つきで店の中を見回した。


「樹の家に何か進展がないか聞きに行ったんだ。そしたら、マンションから出て来たおまえたちを見かけた。それで、つけてきたんだ」

「つけてきた? なんでそんなこと」

 颯真は訊いた。

「おまえらが樹のところを訪ねたのを奇妙に思ったからだ。このところ起きた生徒たちの失踪騒ぎは、原因はわかっていないが、みんなが戻ってきたことでなんとか収集がつこうとしている。だが、樹一人だけが戻ってきていない。警察も学校も、必死で樹の居所を探しているんだ。生徒たちも同じだろう。だがな」

 秦野と翔太郎を順番に見つめた。

「おまえたちが、積極的に樹を探しているとは思えない」

 颯真は秦野の目を睨み返した。


 先生は知っていたんだ。自分や翔太郎が樹のターゲットにされていたことを。

 

 それなら、なぜ、なんらかの手を打ってくれなかったのか。なんらかの助けの手を差し伸べてくれれば、樹を消す必要はなかったのに。


「だから」

 秦野は颯真を見据えたまま、続ける。

「おまえたちが樹の家を訪ねたのかおかしいと思ったんだ。それで、もしかすると、おまえらが樹の失踪に関わっているんじゃないかと」」

「マジかよ?」

 悠人が颯真に顔を向けた。


「おまえらが、樹を消したのか?」

 悠人は呆れたように呟いた。

「なんだよ」

 そして笑いだした。

「俺が大雅を消したことを責めたくせに、自分も樹を消したんじゃないか」

 颯真は顔を背ける。その頬を、ぐいと悠人に掴まれた。


「おい、颯真、答えろ! おまえ、人消しゴムを持ってんのか? それで樹を消したのか?」

 悠人が指先が顎に食い込む。

「何の話だ? 人消しゴム? 消した?」

 秦野が悠人に訊く。

 悠人が、

「へっ」

と、肩をすくめ、それから言い放った。


「先生には関係のねえよ」

「待て。ちゃんと説明しろ。おまえら、樹がどこにいるのか知ってるのか?」

 秦野の質問を無視した悠人は、ふたたび颯真に近づき胸ぐらを掴んだ。


「言えよ、おまえ、まだ人消しゴムを持ってんだろ?」

「持ってないよ! もうないんだ!」

 秦野が颯真の胸ぐらを掴んだ悠人の腕を引き剥がした。

「おまえら、なんなんだ? 何のことを言っているんだ?」


「樹は颯真が使った人消しゴムで消されたんだよ!」

 悠人が怒鳴った。


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