第43話

「二人?」

 悠人は颯真を見下ろした。


「樹は知らねえよ。俺が人消しゴムを手に入れる前に消えてたんだからな」

「じゃ、大雅は」

「だから、言っただろ。大雅のやつ、いちいち俺のやろうとすることに反対するから。あの奇妙な消しゴムは、もともと大雅が樹から手に入れたものなんだ。樹はここで人消しゴムを手に入れ、誰かを消すつもりだったんだよ。ところが、誰かを消す前に、自分がいなくなっちまった。で、そんなら、俺が使おうとしてたら、大雅のやつ、反対しやがって。それでめんどくせえから、大雅を消したんだよ」


「ざけんな!」

 

 そこからは掴み合いになった。悠人のほうが、頭一つ颯真よりも背が高い。喧嘩も慣れている。だが、颯真はひるまなかった。憎しみが体中に溢れて自分でもどうしようもなっかった。悠人の首筋を掴み押し、押し返され、倒されててもすぐさま起き上がって反撃した。

「やめてー!」

 奈都乃が叫び、

「颯真、放しなさいよ!」

と、恵奈が金切り声を上げた。

「悠人に掴みかかってる場合じゃないでしょ! 鉛筆を出して! 悠人に名前を書かせなきゃ!」

 

 そうだ。まず、書かせなきゃならない。そして大雅を取り戻すんだ。

 

 背中のリュックから、颯真は筆箱を取り出し、ちびた鉛筆をつまんだ。

「悠人、これで大雅の名前を書け!」

 悠人の目の前に鉛筆を突き出した。

「なんだよ」

 悠人はふざけた目で、鉛筆を見た。

「このしょぼい鉛筆がどうしたんだよ?」

「この鉛筆で消えた者の名前を書けば、消えた者は戻ってくるんだ」

「へ?」

 まじまじと、悠人は鉛筆を見つめた。

「マジかよ」

「早く、書けよ!」

 リュックからノートを取り出し、颯真は破った。白い紙を悠人へ突き出す。


 すると悠人は、ゆっくり指先を伸ばし、そして颯真のつまむ鉛筆を弾いた。

「あ」

 鉛筆は薄暗い店の床に転がった。ノートの切れ端は、はらりと泳いで、平台の上へ落ちた。

「な、何すんだよ!」

 鉛筆を拾おうと颯真がしゃがみこんだとき、颯真の背中に悠人の蹴りが入った。


「うっ」


 つんのめった颯真は、思わず呻きを漏らす。

「書かねえよ! 書くわけねえだろ!」

 颯真は起き上がり、悠人に体ごとぶつかった。どうしようもない怒りが体中を包んでいる。

 悠人とともに店の平台にぶつかり、台の上の細々としたものが飛び散った。


「やめろ!」

 翔太郎が悠人の腕を掴んだ。その翔太郎の体を健が剥がそうとする。翔太郎はすぐさま健を足で蹴り、倒れた健が、

「ふざけんな!」

と翔太郎にタックルした。

 その間に悠人に颯真は腹を蹴られる。

「うっ」

と、颯真は体を屈めた。その頭上に、悠人が更に蹴りを入れようとした。


「やめてったらー!」

 奈都乃が泣き出した。

 そのときだ。

 入口に人影が立ち、

「やめろー!」

 太い怒鳴り声が響いた。


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