第42話
「あ、颯真」
振り返った健が、叫んだ。
「なんで、おまえら、ここに」
悠人が鋭い視線を向けてくる。
薄暗い店の中に立つ二人は、学校で見かけるより、どこか不気味に見えた。二人の表情が、余計にそう思わせたのかもしれない。
二人の表情は暗かった。嫌な感じのする表情だった。
「おまえらこそ、なんでここにいるんだよ」
翔太郎が前へ出た。
「おまえには関係ねえよ」
悠人は顔を背ける。
「あんたたち、もしかして知ってるの? 人消しゴムのこと」
悠人の目が光り、健と視線を交わすと、笑いながら頷いた。
「――おまえらも知ってたんだ、ここで人消しゴムが手に入ると……」
颯真は呆然と悠人を見つめた。最も手に入れて欲しくない相手も、人消しゴムを手にしていたのだ。
「樹から聞いたときはさ」
悠人はさもおかしそうに続けた。
「そんな話、信じられねえって思ったけど」
「樹が?」
「あいつがこの店を教えてくれたんだ」
樹はどうやってこの店を知ったのだろう。まさか、樹も自分と同じように、絶望的な気持ちを抱いて、それでここにたどり着いたのだろうか。
この店は、たどり着くべき資格がある者にしか見つけられない。おじいさんはそう言っていた。
「ところが笑える。樹は使う前に自分がいなくなっちまったんだから」
ふいに、おじいさんの声が響いた。
「おやおや、今夜はずいぶんたくさんのお客さんだ」
体の片側からロウソクの光を浴びて、おじいさんは立っていた。
その顔に、ゆっくりと笑みが広がっていく。
ぞっとするような笑みだ。
前回ここへ来たときと、明らかに顔が変わっている。額や頬に刻まれた皺はいっそう深くなり、眼鏡の奥の目が、まるで腐敗が進んだかのように広がっている。
「どうやら、みんな、人を消せる消しゴムが欲しいようじゃな」
「違うんです!」
颯真の声は震えた。
「僕ら、消しゴムをもらいに来たわけじゃないんです。僕の友達の大雅が消えちゃって、それで、大雅を戻したくて」
自分でもどうしようもないほど、切なさがこみ上げてきた。
大雅にもう一度会いたい。
会って、昔のように笑い合いたい。
「だから――、だから人を消せる消しゴムをあげたやつを教えてください。そいつに人を戻せる鉛筆を使って名前を書いてもらわないと、大雅は……」
どう言えば、おじいさんに気持ちがわかってもらえるだろう。だが、言葉の続きは、悠人の叫び声に遮られた。
「あんなやつ、邪魔なんだよ!」
悠人の目が冷たく光る。
「邪魔ってどういうことだよ」
颯真は悠人を見返した。
「邪魔だから、邪魔って言ってんだよ。樹が消えちゃってさ、仕切るのは俺になった。それなのに、あいつ、もうこんなことはやめようって言い出しやがって」
「大雅が?」
一筋の光が差し込んだ気がした。やっぱり大雅は、大雅なんだ。大雅は樹たちから抜けようとしていたんだ。
「なあ、じいさん」
悠人がおじいさんに顔を向けた。
「まだあるんでしょ、特別な消しゴム」
おじいさんは黙ったまま、じっと悠人を見つめる。
「くれよ」
「おい、悠人!」
颯真は怒鳴った。悠人はひるむことなく、おじいさんに向かって言い放つ。
「もらった消しゴムは、もう使っちゃったんだよ。だから、新しいのを」
「まさか、おまえ」
思わず颯真は悠人に掴みかかった。
「おまえが消したのか? 樹を、大雅を」
「知らねえよ」
悠人が嘯(うそぶ)く。
奈都乃がふいに叫んだ。
「あ」
奈都乃の両目が大きく見開かれる。
「この声よ。保健室で聞いたの、この声!」
「じゃ、もう一人は」
翔太郎が健を見た。
健がさっと顔を背ける。その横顔は、翔太郎の疑いを肯定している。
間違いない。悠人は人消しゴムを持ってたんだ。
悠人が大きく腕を払い、颯真は転びかけた。床に転がる寸前で、翔太郎に支えられる。翔太郎の肩ごしに、颯真は怒鳴った。
「返事をしろよ、悠人。おまえが二人を消したのか?」
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