第41話

 あの文集を読まれたくない誰かが、文集を探そうとした大雅を消してしまったのか。


「なんか、ドキドキする」

 奈都乃が弾んだ声を上げた。


 樹のマンションから四人で文具店を目指している。消しゴムをもらった文具店だ。


「ほんとに消しゴムやよみがえりの鉛筆を売っている文具店に行けるなんて、夢みたい」

 その文具店には、霊がいるのだと、奈都乃はもう忘れてしまっているかのようだ。


 おじいさんは消しゴムをあげた相手を教えてくれるだろうか。

――ほんとうに必要としている者にだけ、渡すことにしている

 おじいさんの低い声が蘇る。


 誰かが、大雅を知る誰かが、どうしても大雅を消したかったのだ。それは、誰だ?


「な、颯真。こっちでいいんだよな」

 川沿いの道から、国道へ出ていた。

 前方に橋が見えている。

 あの橋を渡るのだ。そうすれば、おじいさんのいる文具店がある町に着く。

橋を渡り、交差点に差し掛かったところで、翔太郎が立ち止まって颯真を振り返った。


「この信号を渡るんだよな?」

「ああ。信号を渡って路地へ入る」

 みんなで信号を渡った。もうすっかり町は夜に包まれている。

「こんな時間に行ったって、文具店は閉まってんじゃないかなあ」

 翔太郎が空を仰いだ。もう、西の空の宵いの明星に負けないほど、空にはたくさんの星が出ている。


「おじいさんだしね、閉めるのは早いかも」

 恵奈が翔太郎の横に並んで、空を見上げる。

「やってるよ、絶対。だって、あの文具店は――」

 みんな忘れてないか? 

 あそこは普通の文具店じゃないんだ。あそこは、存在しない文具店なんだ。

 そしてこの世には存在しないおじいさんが、店にいるのだ。


 みんなは、わかっている。だけど、怖いんだ。だから、わざと普通を装っている。


「おい、何ぼんやりしてんだよ」

 翔太郎に促されて、颯真は歩き出した。

 今は、大雅のために、あの文具店へ行くことだけを考えよう。大雅が誰かに消されたとしたら、その者はあの文具店で消しゴムを手に入れただろう。その人物を探し出して、大雅をこの世界に戻さなくては。

 

 路地を進んでいくと、目印となる鏡のような楕円形の水たまりが見えてきた。

「あそこだ」

 翔太郎が叫んで走り出した。

 

 文具店の古びた建物からは、今夜も頼りなげな光が漏れている。今夜もおじいさんの店では、ロウソクが灯されているんだろう。


 近づいていくと、中で人影が動いた。

「誰か、いる」

 恵奈がささやき声を漏らし、立ち止まった。

「ほんとだ。おじいさんだけじゃないよ。お客さん?」

 奈都乃は興奮を抑え切れない様子だ。

 文具店として店を開いているのなら、客がいたとしてもおかしくはないけれど。

 動く影は三人だった。一つ小さい影は、おじいさんだ。そして、あとの二人は。


「悠人だ」

 翔太郎が呟いた。

「もう一人は、健じゃない?」

 恵奈が言う。

 翔太郎が颯真を振り返った。

「なんで悠人と健がここにいるんだよ」

「わかんないよ、そんなの。でも」

 悠人と健。その二人がいるというだけで、ほんの少し怯んでしまう自分が情けない。


「あっちは二人、こっちは四人。行くよ」

 恵奈に背中を押されて、颯真は踏み出した。



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