第39話

 廃工場から十分ほど川沿いの道を進んで行くと、一本通りを挟んで、本町プレシャスの上二階部分が見えてきた。


「あれよ、多分」


 スマホのアプリで地図画面から顔を上げて、奈都乃が指を刺す。


 本町プレシャスは、マンション名とは感じの違う古びた六階建ての建物だった。築三十年は経っていそうだ。ところどころ外壁のペンキが剥げ、建物名が書かれた表札は、半分文字が薄れて読めなくなっている。

「二階の三○二号室だな」

 翔太郎が入口のドアを開けた。玄関に管理人がいそうにもないし、当然出入りは自由になっている。

 階段を使い二階へ行き、殺風景な廊下に立った。


「あそこだ」

 恵奈が先頭になって進んだ。

「だらしねえな。出しっぱなしかよ」

 三○二号室のドアの前には、汚れた青いスニーカーと壊れたビニール傘が置かれていた。


 インターフォンを鳴らした。


 返事はない。


「いないのかな」

 颯真はスニーカーを見つめた。足のサイズから想像して、このスニーカーは樹のものかもしれない。早く樹をこの世界に戻さなくてはと思う。

 ふたたび恵奈がインターフォンを鳴らすと、中で物音がした。

 四人で顔を見合わせた瞬間、ドアが少し開いた。


「……」

 ドアの隙間から顔を覗かせたのは、母親らしき女性だった。上目使いにこちらに向けた目が樹に似ている。

「樹くんのおかあさんですか」

 颯真は前に出た。

「そうですけど」

 そう言って、樹の母親はドアを押し広げた。ドアは開けてくれたもの、不審そうな目は変わらない。肩までの髪は乱れ、目は腫れぼったかった。疲れている様子だ。

 無理もないと思う。息子が行方不明のままなのだ。

 

 樹の学校での印象とは違い、真面目そうな母親だった。化粧もしていないし、シャツにカーディガンを羽織った服装も、おとなしい雰囲気だ。

「僕、井原颯真といいます」

 颯真が口火を切ると、後ろの三人が続けて名乗った。

「樹の同級生?」

「同じクラスです」

「……」

 樹の母親は黙ってしまった。


「――あの、樹くんがいなくなって……」

 しどろもどろになりながら、颯真が続けると、

「樹がどこにいるかわかったの?」

 母親は颯真を見据えた。

「わかりません、だから――」

「なんだ、見つかったんじゃないのね」

「僕らも探そうと思って」

「あなたたちが?」

 母親の声が裏返った。


「無理よ。警察だって、まだなんにもわかってないのよ。学校はろくな情報をくれないし」

「――あの」

 恵奈が割って入ってきた。


「これ、樹くんのですよね?」

 奈都乃が持っていた文集を取り、母親の目の前へかざした。

 目の前の文集を、母親は瞬きを繰り返しながら、眺めた。

「――初めて見たわ」

「樹くんの作文が載ってます。小学校の六年生のときのものです」

 言いながら、恵奈は樹の作文が載っている頁を開く。

 母親はじっと紙面を見つめたあと、不思議そうに目を上げた。

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