第37話

 どれくらいの間、立ち尽くしていたのか。

 

 気が付くと、工場の中は薄闇に包まれていた。


「消されたんだよね」

 初めに声を上げたのは、恵奈だった。

「人消しゴムで消されたんだよね?」

 恵奈の髪が揺れる。

 顔を見合わせて、お互いが頷いた。


「誰かが持ってるんだ」

 そう。

 しかも、人消しゴムの持ち主は、大雅の知り合いなのだ。そうでなければ、大雅は消えない。


「誰だよ? 持ってるのは!」

 翔太郎が歪んだ表情で叫んだが、答える者はなかった。

「もう一度、文具店に行こうよ」

 恵奈が叫んだ。

「あのおじいさんに、颯真のほかに誰に消しゴムをあげたのか訊こうよ! 訊いて、そいつによみがえりの鉛筆で大雅の名前を書かせないと!」

「だな。書いたやつを見つけなきゃまずい」

 翔太郎が賛成した。奈都乃もうんうんと頷く。奈都乃の目は好奇心に溢れている。不思議な文具店に行ってみたいのだ。


 そうだ。すぐにでもあの文具店のおじいさんが、誰に消しゴムをあげたのか訊かなきゃならない。だが――。


「待てよ」

 颯真は三人を見回した。

「文具店に行く前に、考えなきゃならないことが二つあるんだ」

「考えるって、何をだよ」

 翔太郎が訝しげに颯真を見返す。

「なあ、奈都乃」

 颯真は奈都乃に顔を向けた。

「保健室のカーテンの向こうで、人消しゴムについて話す二人組の会話を聞いたって言ったよな」

 奈都乃が頷く。

「そいつら、こう言ったんだよな。『消しゴムを使うか』って」

 曖昧に奈都乃は首を傾げる。

「ちゃんと思い出せよ。そう言ってたって言っただろ」

 奈都乃は視線を泳がせた。唇を嘗めて、考え込む。


「ま、待って、確か、そう、確かにそう言ってた」

「だったらさ、そいつらだよ、人消しゴムを使ったのは」

 翔太郎が大きく目を見開いた。

「そう思うんだ。だって、もし、ただ消しゴムの都市伝説の噂話をしているだけなら、『消しゴムで消されてたりしてな』って、そういう言い方をしたと思う。だけど、そいつらは、『使うか』って言ったんだ」

「たしかに」

 恵奈が呟いた。


「だから、大雅を消したやつは、学校の誰かだ。そいつが消しゴムを持ってると思う。それと」

 颯真は言いながら、大雅が消えた瞬間を思い出した。

「大雅が消える前に言っただろ? 樹を見つけたんじゃないんだ――樹が消えた理由に関係ありそうな――って」

「言った、言ってた」

 恵奈が怖そうに言う。


「大雅はその先、何を言おうとしてたんだろう。それがわかれば、樹は見つかると思うんだ」

「樹が消えた理由に関係ある……。何か見つけたんだよね、大雅くん」

「そうだよね。で、大雅はここに来た」

 奈都乃に恵奈が応える。


「じゃ、ここになんかあるってことかよ」


 翔太郎がまわりを見回した。


 荒れ果てた部屋の中。机と転がった椅子のほかには何もない。


「なんもないよ、ここには」

 翔太郎がふてくされながらも、歩き回った。

「埃しかねえよ」

「だよね。殺風景なだけ」

 恵奈も奈都乃といっしょに、翔太郎とは反対向きに歩き出した。

「ここが特別な場所っていうんならまだしも」

「わかる。秘密めいた洋館とかならでしょ?」

 二人は埃で靴を汚さないように、つま先立ちになっている。


 颯真は窓の一つに近づいた。壊れたブラインドを避けて、窓の向こうを見てみる。トタンの塀が見えるだけだ。

「だけど、ここがなんかの手がかりなんだよ。そうじゃなきゃ、大雅がここに来た理由がない」

「大雅がここに来たのは、俺たちとおんなじ理由なんじゃないの? 一人で学校から樹の家までの道を歩いてて、この廃工場が目に入ってそれでここに入ってきた」

 翔太郎がそう言いながら、床に落ちていた木の切れ端を蹴り上げる。


 そうかもしれない。だけど、それなら、なぜ大雅はみんなといっしょに来なかったのか。


「汚ったない机」

 恵奈が机の前に立ち、

「開くのかな」

と、抽斗に手をかける。

「そんなとこ、開けないほうがいいよ。なんか、嫌な虫が出てくるかも」

 奈都乃が言ったとき、

「何、これ」

と、恵奈が強ばった声を上げた。

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