第36話
翌日も放課後に、
集まったのは、一組の臨時教室の前。
颯真が臨時教室の前へ行くと、恵奈と奈都乃はもう来ていた。教室の廊下側の窓にもたれて、何やら楽しげに話をしている。正反対の性格だと思われたが、案外、だからこそ気が合うのかもしれない。
人消しゴムを手に入れてから、明らかに交友関係に変化があった。恵奈と奈都乃もそうだし、颯真自身、こんなことがなければ、翔太郎と親しくする機会はなかった。
きっかけさえあれば、案外、人は誰とでも親しくなれるのかもしれない。こんなことなら、もっと前に声をかけていれば、新しい友人を作ることができたのにと、颯真は思う。
「よ、颯真」
一日で恵奈に感化されたのか、奈都乃がそう言って手を胸の前で振る。こちらも小さく手を振って応えると、三人の間には仲間にしかわからない交信のような視線が交わされる。それがちょっとくすぐったい。
颯真の後ろから翔太郎がやって来た。
「さっき、職員室の前で警察官に声をかけられたよ」
数人の警察官が、学校で聞き込みをしているという。
「なんか、新しいことがわかったっぽい?」
颯真の問いに、翔太郎は首を振って応えた。
四人で大雅を待った。
大雅はなかなかやって来なかった。掃除当番でもないはずなのに、何をしているのだろう。
翔太郎は四人で樹探しを始めようと言い出したが、颯真は反対した。
もう少しなのだ。もう少しで大雅との関係が元に戻りそうな予感がある。もし、以前の大雅に戻っているなら、約束をすっぽかすわけはないと思う。だから、今日の樹探しは、大雅なしで始めたくない。
大雅のスマホに電話しても、呼び出し音が響くばかりだ。
それならと、教室に大雅を探しに行くことになった。スマホに出ないということは、まだ学校にいて、消音にしているのかもしれない。
だが、二組の教室に、大雅はいなかった。男子が二人、後ろのほうの机で、頭をくっつけるようにスマホのゲームをしているだけ。
「大雅は?」
ゲームに夢中な二人は、二回目でようやく応えてくれた。
「知らない。帰ったんだろ」
大雅の机を見た。リュックはない。
学校内で、ほかの場所を探す選択肢はなかった。大雅は部活をやめている。
仕方なく、大雅には樹の自宅へ向かう道を捜索すると留守電に伝言を残し、四人で樹の家に向かうことにした。
樹の家の住所は、先に恵奈が調べてくれていた。学校の裏手から川沿いに道を進んだ先にあるという。
「本町プレシャスって名前のマンションみたい」
裏門から学校を出て、川沿いの道に立った。
「学校から家に帰ったとして、この道を通るんだよな」
翔太郎の呟きとともに、アスファルトに覆われたさびれた道路の先を見渡した。
何もない。
裏通りなのだ。
樹たちに花火を腰に巻きつけられた廃工場の前を通りがかった。あのとき隠れた自動販売機が見えてきて、嫌な思い出が蘇る。
追いかけられて、こっちへ逃げてくるなんて、マヌケだったなと思う。樹にとっては、この廃工場はお馴染みの場所だったのだ。
なるべく視線を逸らして、颯真は足早になった。翔太郎にも恵奈にも、消しゴムをもらった文具店へ行った経緯は話したが、この廃工場で花火を巻きつけられたとは伝えてない。
あのときの絶望的な気分が蘇り俯いていると、前を歩いていた奈都乃が振り返った。
「ここ、なんとなく気になる」
傍らに伸びた廃工場の壁を叩く。
「俺もそう思うよ」
翔太郎が同意し、恵奈も、
「入ってみようよ」
と言い、颯真は反対できなかった。
工場の中は、あのときのままだった。半開きの鉄の扉。墓標のような柱。外の光が弱々しく差し込んでいるのもあのときと同じだ。
「わ、こんなに広いんだ」
恵奈が声を上げた。
「なんか気味が悪いよ」
奈都乃が不安げに呟く。
「奥まで行ってみようぜ」
足元に転がったへしゃげたバケツを、翔太郎が蹴り飛ばす。
奥へ進んでも、何もありそうになかった。カタカタと天井近くで、壊れた窓の平開する音が響く。
床は砂や埃に覆われている。ここに人の出入りがあるように思えない。
「もう出ようよ」
奈都乃が言い出した。
「ここは警察だって探したと思うよ」
「そうかな」
恵奈が返す。
「そうよ。学校から樹の自宅までで、こんな怪しい場所があるんだもん。警察が探さなかったわけない」
「わ、何これ」
恵奈が奈都乃の横で、しゃがみこんだ。恵奈の足元に、緑色のぬるぬるとした物がある。
「やだ、スライムじゃん」
「なんでスライムがこんなとこにあるの? 小さな子が来るような場所じゃないでしょ」
奈都乃もしゃがみこむと、
「近所の悪ガキたちがここに入って遊んでるんじゃないの?」
と、恵奈がスライムを足で突っつく。
そのとき、
「おーい」
と、声がした。
「誰?」
恵奈が叫んだ。
「おーい、颯真ぁ」
その声は、工場の奥の方から聞こえてきた。
「大雅だ」
颯真はが顔を上げた。大雅は約束をすっぽかしたのではなく、何か考えがあって、一人でこの廃工場へ樹を探しに来ていたんだ。
颯真が走り出すと、みんなも走り出した。工場の奥のほうにはもう一つ扉がある。
その扉が開いて、大雅が出てきた。
「こっちだ!」
ワオッと、誰ともなし叫び、駆け出す。
大雅の後ろの扉から見える空間は、学校の教室ほど大きさだった。元は工場の事務所か何かに使われていたのか床に板が敷かれている。
窓が四方にある。ほとんど破れて窓の体をなしていない。どの窓にも、壊れて崩れたブラインドがぶら下がっている。
右手の窓に、スチール製の机が一つ残されている。パイプ椅子が二つ。床の中央あたりに転がっている。
「樹は?」
恵奈が叫んだ。
「樹はどこだよ」
颯真も叫ぶ。
「いないじゃねえかよ!」
翔太郎は怒鳴る。
「違うよ。樹を見つけたわけじゃないんだ。樹が消えた理由に関係のありそうな――」
そこまで言ったところで、大雅がふいに目を見開いて、奇妙な表情になった。
「なんだよ、早く言えよ」
翔太郎が急かしたとき、
「きゃああ」
と、奈都乃が叫び声を上げた。
「やだ、何」
奈都乃を振り返った恵奈だったが、
「いあやぁああ」
と金切り声になって、しゃがみこむ。
「あ、あ、大雅ぁ」
颯真は大雅の腕を掴んだ。だが、大雅の体は瞬く間に薄くなっていく。はじめは足だった。そこから上へ順番に、腰の辺りは勢いよく消えた。そして恐怖で歪んでいく
大雅の顔。
「待て、待て! 消えるな!」
翔太郎も颯真とともに、大雅の体を掴んだが間に合わなかった。颯真の手に手応えが消える。
大雅はいなくなってしまった。
まるで煙のように、掻き消えてしまった。
呆然と立ち尽くしたまま、颯真は呟いた。
「人消しゴムで消されると、こうやって消えていくのか……」
大雅が立っていた場所には、大雅の靴の通りに埃がえぐられている。
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