第35話

「マジ?」

 

 全員で叫んでしまった。


「誰だよ、しゃべってたのは」

 大雅が訊く。

「わかんない。声だけだから」

「わかんないって、おまえ。しゃべってた二人はカーテンの向こう側にいたんだろ? 知ってる声じゃなかったのかよ」

「わかんないんだってば」


「男子? 女子?」

 恵奈に訊かれて、

「男子の二人」

と、奈都乃は答える。

「はじめのうち、なんか、ボソボソ言ってたの。それで、目が覚めちゃって。はっきり聞こえたのは、人消しゴムを使うか?ってセリフだけ。それから二人はすぐにいなくなっちゃったんだよね。それから、またあたし、ボーッと天井を見てるうちにぼんやりしてきちゃって」

 そう言ってから、奈都乃はスーッと息を吸い込んで、続けた。


「その翌日、樹がいなくなったの。だからって、すぐに人消しゴムと結びつけたわけじゃなかったんだけど、みんなが樹は消しゴムで消されたんだろうって言ってたでしょ? それで、なんか、ザワザワしてきちゃって」

と、両手で胸を抑える。

「都市伝説だからとは思ったんだけど、男子二人がしゃべってるのを聞いたから、あたし、ずーっと気になってて」


「ということは、そいつらも消しゴムを持ってるってことか……」

 思わずこぼしてしまった颯真の呟きに、奈都乃が聞き咎めた。

「そいつら、も?」

「あ」

 颯真はみんなを見回す。


「も、って、もしかして颯真くん、人消しゴムを持ってるとか」

「ま、まさか、持ってないし」

 顔の前で大きく手を振ったとき、恵奈が、

「持ってるのよ!」

と、奈都乃を見据えた。

「正確に言うとね、持ってた、の。人消しゴムはほんとに存在するの」

 奈都乃の目が大きく見開かれ、颯真に向けられた。


「マジなの?」

 仕方なく、颯真は頷いた。恵奈の口の軽さに呆れる。

「じゃ、颯真くんが樹くんを?」

「だけどね、戻そうとしたの。それでも、戻って来なくて。だから、あたしたち、樹はほかの理由で消えてるんじゃないかって探り始めたわけ」


 結局、いままでの経緯をすべて、奈都乃に話すはめになった。

 ほんとうは存在しないはずの文具店と、そこで会ったおじいさんのこと。

 そして、人消しゴムとよみがえりの鉛筆について。


「信じらんない」

 奈都乃の唇が震え始めた。

「霊と会ったってこと……」

「僕たちも半信半疑だったんだ。ていうか、いまでも信じられないくらいなんだけど」

 これで、現実の人消しゴムの存在を知ったのは、颯真を含めて五人になった。

「人消しゴムのことを話した以上」

 颯真は奈都乃に向き合った。

「僕らに協力してもらうことになるけど」

 奈都乃は深く頷いた。奈都乃の目が、きらきらと輝いていくのがわかった。奈都乃のこんな表情を見たのは初めてだ。


「樹を見つけるんだ。警察や学校には内緒で」

「どうして内緒にしなきゃならないの?」

「だって、樹は霊からもらった消しゴムで消したなんて言って、警察や先生たちが信じると思う?」

 恵奈が颯真に代わって言う。


「二つの可能性がある」


 翔太郎が言った。

「樹は誰かが持ってるもう一つの消しゴムで消されたのか、それとも、別の理由で消えているか」

「両方の可能性を探っていかなきゃならないわけか」

 颯真が応えると、大雅が飲んでいたペットボトルをぎゅっと手の中で潰した。


「俺、帰るわ」

「そうだな。今日のところはここまでだな」

 翔太郎も残った飲み物を飲み干す。

「奈都乃、いっしょに帰ろう」

 恵奈と奈都乃は連れ立って歩き出した。

「颯真も帰るだろ」

 恵奈の後ろ姿をちょっと残念そうな視線を送ったあと、翔太郎が颯真を振り返った。

 

 何か釈然としないものを感じて、颯真は歩き出せない。

「どうした」

「いや、なんでもないよ」

 なんでもなくない。帰り際の大雅の表情が心に刺さっている。翔太郎が二つの可能性があると言ったとき、大雅の表情が、瞬間歪んだような気がした。


「奈都乃が聞いた会話の二人を見つけるのって難しいよな」

 翔太郎の呟きに、みんなが頷いている。

 

 いや。大雅の表情が変化したのは気のせいじゃない。気がしたんじゃない。

 あの瞬間、何かが大雅の中で渦巻いたんだ。

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