第33話

「六時は過ぎてたと思う。保健室で甲斐先生に相談にのってもらってて、遅くなっちゃって。保健室を出て、靴箱で靴を履き替えてるとき……」


 三沢奈都乃は、後ろで一つに結んだ肩までの髪を、片手で引っ張りながら言った。


「学校で?」

 恵奈が奈都乃の顔を覗き込む。

 うんと、頷いた奈都乃は、戸惑ったような目で、みんなを見回す。


「学校のどこで見たんだよ」

「樹は何してた?」

「一人だったのかよ?」

 矢継ぎ早に尋ねられて奈都乃は戸惑い、颯真の一言で泣きそうになった。


「なんで警察に話してないんだよ!」

「だって、そんなこと言ったら、あたしがまた放課後保健室にいたって親にばれちゃうじゃない」

「親は知らないの? 奈都乃が保健室にいたこと」

 恵奈に訊かれて、奈都乃はぽとりと首を垂れる。

「なるべく知られたくないの、だから、学校にも警察にも、樹くんを見かけたって言えなくて……」


 恵奈が奈都乃の腕を取った。

「樹を見たんだよね? 学校で」

 ふうと、大きく息を吐いて、奈都乃ははっきりと頷く。

「どこで?」

「校門のところ」

「校門?」

 大雅が声を上げたが、恵奈に制される。

「校門のどっち側? 学校に入ってたの? それとも外?」

「中」

 ということは、樹が学校へやって来たのは間違いない。


「それから樹はどうしたの?」

「わかんない。教室のほうへ行ったような気がしたけど、暗かったから」

「教室のほうってことは、左側へ行ったの?」

 ううんと、奈都乃は首を振る。

「なんだよ。おまえ。今、教室のほうって言ったじゃん。だったら、左側だろ?」

 翔太郎が苛立った声を出した。

 校門から入って、左側の建物に二年生の教室はある。


「右側にも教室あるじゃない」

 奈都乃が翔太郎を睨み返す。

「あ」

 翔太郎が目を見開いた。

「臨時教室か? 一組の」

「そう」

 春先の長雨で、元の一組の天井に雨漏りがあった。天井を開けたところ、大々的な工事が必要となって、二年一組は、職員室の隣の会議室を臨時教室としている。工事は、一ヶ月以内で終わるらしい。


「どこへ行ったんだろうな」

 颯真は職員室の横で、闇に沈んでいる教室を見た。樹がつるんでいるのは、二組の悠人たちで、一組には親しくしている男子はいないと思う。

持田もちだ――」

 大雅が呟いた。

「持田って、書道部のやつ?」

 翔太郎が訊いた。

 大雅が頷く。


「樹が持田のことを言ってた気がする」

「持田って、すげえ真面目なやつでしょ? 樹とは結びつかないけど」

「小学校が同じで、一時期、家が近所だったらしいんだよ。で、持田、来月に転校するらしくて」

 大雅が言うには、転校先の学校について、樹がまわりに訊いたらしい。

「心配してたんだ、新しい学校のこと」

 恵奈が言うと、翔太郎が鼻で笑った。

「樹はそんなやつじゃねえよ」

「俺もそう思う。だから樹が持田のことを話したとき、変な感じがしたんだ」

 大雅は真剣な目になった。


「持田に訊いてみようぜ」

 翔太郎の提案で、持田へ連絡することになった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る