第32話

 大雅たちと別れたあと、樹はどこで何をしていたんだろう。


「樹と別れたのはどこだったんだ?」

 枯葉の散った朽ちた賽銭箱の隣に腰掛けて、翔太郎が大雅に訊いた。

「丸木屋」

 なんか昭和臭い名前だが、ごく普通のコンビニだ。酒屋を畳んで大手チェーンのコンビニになっているが、地元では相変わらず丸木屋と呼ばれている。学校にいちばん近いコンビニで、店の前の駐車場には、いつも数人の中学生がたむろしている。


「そこから樹は学校に戻ったんだな?」

「だと思う。学校へ向かう道のほうへ歩いていくのは見たから」

「だとしたら、学校で誰かが樹を見たはずだな」

 颯真が言うと、恵奈が声を上げた。

「行ってみようよ」

「これから?」

 颯真は恵奈に顔を向けた。

「今、四時三十七分。ちょうど、樹が学校へ戻った時間とおんなじぐらいじゃない? 今だったら、部活で残ってる誰かに樹を見たか訊けるじゃない」

「そうだな」

 翔太郎が頷き、大雅も同意した。


 神社を出て学校へ着くと、夕焼けの光の残る校庭で、いくつかの運動部が練習を終えて片付けをしている最中だった。

 同じ学年のサッカー部員がいたので、大雅が声を掛けた。サッカー部員の千川というやつだった。大雅の声に振り向くと、明らかに迷惑そうな表情になった。大雅が部活を辞め、樹とつるんでいるのを知っているからだ。樹たちは、部活に、特に運動部を真面目にやっている生徒に煙たがられている。


 あっさりと、樹なんか見てないと言われてしまった。

「校庭には来なかったのかな」

 千川の冷たい態度に腹が立ったのか、大雅はふてくされたように言う。

「颯真を探していたんならさ」

 翔太郎が踵を返した。

「校庭には来ないだろ」

 たしかにそうだ。運動部はおろか、何の部活にも入っていない颯真は、放課後、校庭に用はない。学校を出る校門と校庭は反対側にあるのだ。


「教室に戻ろうぜ」

 翔太郎を先頭に、四人は二組の教室へ向かった。

「ほとんど残ってないのね」

 階段を上りながら、恵奈が呟く。そろそろ五時だ。放課後には必ず聞こえてくるブラスバンド部の演奏の音もしない。

 廊下は薄暗くなっていて、人気ひとけは乏しかった。それでも、すれ違う者一人一人に、訊いていく。

 図書係で図書カードを整理し終えた女子。美術部の絵の具を指先につけた男子。塾をサボっていたのか、ゲームをしていたらしき数人の男女。


「樹が消えた日、見かけなかった?」

 呼び止められると、相手は瞬間ギョとした表情になり、知らないと言った。

「見てない。大体、あの日、学校に残ってなかったし」

「知らないよ、樹なんか」

「見たとしても憶えてない。帰る準備で慌ててたから」

 男子も女子も、それぞれに理由はあったが、誰もが木で鼻をくくったような言い方だった。


 誰も、樹がいなくなったことを心配していないのか。


 意外だった。

 これじゃあ、まるで樹がみんなから嫌われていたみたいじゃないか。

 

 そうだったのか?

 

 颯真は薄ら寒いものを感じた。

 颯真がいたぶられるのを遠目で見ていただけの者たち。彼らはまた、いたぶる樹にも距離を置いていたのだ。


「全然手がかりないじゃん」

 警察や学校が発表しているコメントが思い出された。

――行方不明になるまでの足取りは掴めていません。

「こんなことってある?」

 恵奈が疲れたふうに、肩までの髪をばさりと後ろへ払った。廊下を行ったり来たりして、たしかにちょっと疲れた。

 窓の外はすっかり日暮れている。空の雲が紅から灰色に変わっている。

「もしかして、樹は学校に行かなかったのかな」

 大雅が言った。

 そうとも考えられる。とすると。


「学校から樹の家までの道を探ってみるべきかもな」

 翔太郎が両手で目頭を押さえながら、言った。

「どうだろな。だって、警察だって探してくれてるんだし」

 警察は樹の捜索を続けている。警察なら、自分たちよりずっと詳しく聞き込みをしてくれているはずだ。

 

 そのとき、廊下の端に、人が現れた。養護教諭の甲斐先生と女子生徒だった。

「あなたたち、何をしているの」

 太めの体を揺らしながら、甲斐先生は近づいてきた。横で青白い顔をしているのは、たしか、一組の三沢奈都乃みさわなつの。奈都乃とは、一年のとき、同じクラスだった。

 頻繁に体調不良を訴え、保健室の常連だ。今日も、六時間目で具合が悪くなって、保健室で寝ていたのだろう。


「奈都乃、だいじょうぶ?」

 恵奈が心配そうに声をかけた。

 うんと、奈都乃が頷く。

「どうしたの? 集まって何をしてるの?」

 甲斐先生は、不審げな目を向けてきた。めずらしい取り合わせだと思っているのだ。


 担任なんかよりずっと、甲斐先生は生徒の交流関係に詳しい。教諭というより、近所の面倒みのいいおばさんといった感じで、特に女子には人気がある。保健室に来る女子たちとのおしゃべりの中で、誰が誰と仲がいいのか、大体のところを把握している。

 

 甲斐先生は、颯真から恵奈、翔太郎と大雅の順に視線を移した。

「いえ、別に」

 颯真が答え、翔太郎も、

「ちょっと話し合うことがあって」

 などど、わけのわからない返事をした。

「早く帰りなさい。放課後五時過ぎまで学校に残るのは禁止になったでしょう?」

 そうだった。集団失踪事件が起き、樹が見つかっていない現在、学校側はそういった規則を作っている。無理もないと思う。

 

 だが、恵奈が一歩前に出た。

「あたしたち、樹くんを見た人を探してるんです」

 まあと、甲斐先生は目を丸くした。このメンバーで?と思ったのだろう。颯真や翔太郎が樹のターゲットにされていることは知っていただろうから。

「樹くんがいなくなる前に、学校で見かけた人がいるかもしれないって、四人で探してたんです」

「見かけた人? 笹目くんは学校でいなくなったわけじゃないでしょう?」

「そうなんですか?」

 颯真は驚いて、大雅を見返した。学校に向かったというのは、大雅の証言なのだ。

「笹目くんが学校に戻っていたとは聞いてないわね。警察によると、足取りがまったく掴めてないみたいだから」

 

 甲斐先生に追い立てられて、颯真たちは学校を出た。

 外はすっかり日が暮れていた。校舎の脇に立ったケヤキの木が、重たげな闇を作っている。


「なんで、警察は樹が学校へ戻ったことを知らないんだろう」

 颯真の呟きに、大雅が答えた。

「言ってないから、俺ら」

「警察に話してないの?」

 恵奈が大雅を咎める。

「悠人がさ、余計なことは言わないほうがいいっていうから」

「なんで? 重要な手がかりじゃない」

「そうなんだけどさ。颯真を探しに行ったわけじゃん。そんなこと言ったら、樹が颯真をいじめてたって証拠になるから……」

 大雅の声は小さくなっていく。

「そうなると、おまえたちも樹の仲間だから、いじめについて、先生や警察から糾弾されると思ったんだな?」

 翔太郎に言われて、大雅は目を伏せて頷いた。


 こんな大雅は見たくない。


「学校に来てないとすると、樹はどこへ行ったんだろ」

 ケヤキが作るの濃い闇を仰ぎながら、恵奈が言った。

「こっち方面で、樹が行きそうなところってあんのかね」

 翔太郎が大雅に顔を向ける。

「おまえ、思いつく?」

 大雅は首を振った。

「わかんないよ。駅とも樹の家とも反対方向だし」

「学校の向こうっていえば、工場がいくつかあって、その先は川だしなあ」

 翔太郎が呟いたとき、それまで恵奈の後ろで黙っていた奈都乃が声を上げた。


「見たよ」

 えっと、全員が奈都乃に顔を向けた。

「樹くんがいなくなった日の放課後、あたし、学校で樹くんを見かけた」



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