第31話
江後神社は、学校の裏手にある小さな神社だ。
古びた本堂と手入れのされていない庭があり、黴に覆われた鳥居が立っているだけ。特に何かのご利益があると言われているわけではないから、町の人がお参りに行くというのを聞いたことがないし、生徒たちも近づかない。小さな神社のわりに、鎮守の森というのか、神社を囲む木々が、鬱蒼として陰気だからだ。
「誰だろうな、呼び出したのは」
神社へ行くのに、颯真は翔太郎と恵奈を誘った。二人とも、二つ返事で承諾してくれた。
消しゴムを通じて、二人とは特別な絆を感じ始めている。
「同じクラスの誰かだよね? だってメモを投げてきたんだから」
メモを投げてきた者が、颯真たちが文房具店に行ったのを知っているとは思えない。後をつけられた覚えはないし、昼休みの裏の倉庫での会話を聞かれたとも思えない。
「樹って書いてたからかな」
「だろうな」
颯真の呟きに、翔太郎が応えた。
「教室で書いたのはまずかったんじゃね」
颯真もそう思う。だが、あのときは焦ってしまったのだ。よみがえりの鉛筆の効果を、もう一度試さなくてはと必死だった。
「あ」
恵奈が声を上げた。
本堂の前の壊れそうな賽銭箱の横で、人が立っている。
大雅だった。
「メモを投げてきたのって、おまえ?」
颯真の問いに大雅が頷く。
「樹がどこにいるのか知りたいんだ」
「なんで僕が知ってると思ったわけ?」
颯真は大雅に近づいていった。翔太郎と恵奈も続く。
「樹がいなくなった日、あいつ、颯真のことを話してたから」
「俺のこと?」
大雅が言いにくそうに、続ける。
「颯真のやつをからかおうぜって言ってたから」
からかおうぜ、か。
そんな軽い調子で、樹はターゲットを痛めつけてきたのだ。大雅は異を唱えなかったのか。そのことに颯真は傷つく。
「ちょっと待って」
恵奈が割って入った。
「じゃ、大雅は、人消しゴムのこと、知らないの?」
「は?」
大雅が怪訝な顔で、恵奈を見返した。
「何のことだよ」
「颯真が人消しゴムで樹を消したと思ったんじゃないの?」
「おまえら、なんで都市伝説の話なんかしてるわけ?」
「昼休みに、颯真が樹の名前を書いてたからここに呼び出したんじゃないの?」
「何、それ」
どうやら、大雅は、昼休みに颯真が樹の名前を書いていたことはまったく知らないようだ。
「なんで、おまえら、樹の名前なんか書いてたんだよ」
「だから、それは……」
三人だけの秘密にしておくつもりだったが、こうなったら大雅にも話すしかない。
颯真は消しゴムを手に入れた経緯と、その後の結果を話した。
「マジかよ」
驚愕を隠せない様子の大雅だったが、店自体も文具店としては存在せず、店のおじいさんも霊だろうという颯真の話を、どこまで本気にしたのかはわからない。
人消しゴムやよみがえりの鉛筆の力についても、ただ驚くばかりだった。颯真の真剣な話しぶりに、言葉を挟めなかったのかもしれない。大雅はそういうところがある。
「嘘みたいな話だろ? 自分でもおかしなことを言っているってわかってるよ。だけど、ほんとなんだ。でも、よみがえりの鉛筆で書いたら、みんなが戻ってきたのを考えると、人消しゴムもよみがえりの鉛筆も現実のことだって思うんだよ」
「だったら、樹が戻って来ないのはおかしいじゃないか」
「そうなんだ。だから、僕ら、もう一度、樹の名前を書いてたんだ」
「でも、戻って来てない……」
「大雅が樹を最後に見たのいつ?」
恵奈が訊いた。
「颯真をからかってやるって言いながら、学校へ戻って行ったときなんだ。だから、颯真は樹がどうなったのか知ってると思ったんだよ」
「僕は樹に会ってないよ」
「ほんとか?」
「もし樹が僕を探しに学校へ戻って来たとしても、僕は隠れただろうしね。樹が学校へ戻ったのって何時頃?」
大雅は視線を上げて、少し考え込んだ。
「五時近くかな」
「だったら、僕はもう家に帰ってた」
「どうせ、樹のやつ、悠人や健を引き連れてたんだろ?」
翔太郎が訊く。
大雅は首を振った。
「樹一人だったよ。悠人も健も面倒臭がって行かなかった。もちろん、俺も」
「まさか」
恵奈がみんなの顔を見回した。
「もしかして、樹は、別の理由で行方不明なの?」
「え」
颯真は思わず小さく叫んでしまった。
もし、よみがえりの鉛筆の効果があったのに、樹が戻って来れなかったとすれば。
「別の理由って、どういうことだよ」
大雅が恵奈に訊いた。
「それは……」
本堂の上から、烏が鳴いて飛び立っていった。
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