第26話

「どう思う?」


 おばあさんが見えなくなってから、恵奈が訊いてきた。

 大きな目で、颯真と翔太郎を見る。


「怖いよ」

 正直な気持ちだった。自分が会ったおじいさんは、もうこの世に存在していない。それが事実だ。

 ただ、怖いというだけが、今の気持ちの全部じゃなかった。悲しい目に遭ったおじいさんのことを思うと、単純に怖がれない。


「ということはさ、ソウは、視たってことだよね」

「視たっていうか、会った……」

 これが誰かから聞いた話なら、幽霊じゃんとおもしろがって終わるのだが、自分に起きたことだと思うと、ただただ信じられない。

「なんか、すげえな」

 翔太郎も声を震わす。


「夢とか幻とかじゃないから。ほんとに、会ったんだから。証拠もあるし」

 そう。人消しゴムが証拠だ。たしかにおじいさんから手渡された。

「ほんとにいるんだね、霊」

 うんと、颯真は返す。そして、霊から手渡された消しゴムは、人を消せた。

「誰も信じてくれないだろうけど」

 すると恵奈は、真剣な表情で颯真を振り返った。

「わたしは信じる」

「俺も信じるよ」

 心強かった。一人で考えていると、何もかもが幻だったような気がしてしまう。でも、恵奈と翔太郎がいる。


「どうするよ?」

 翔太郎が呆然と呟いた。

「俺らは霊に会おうとしてたんだ。無茶だよ」

 頷くしかない。

「だけど、ソウは行ったんだよ、あるはずのない文具店に。しかも、死んだはずのおじいさんに会って消しゴムをもらったんだよ」

「それは信じるって言ってんだろ。だけど、霊媒師じゃあるまいし、どうやってもう一度おじいさんを呼び出すんだよ」

 

 うーんと、恵奈は唸った。

「そうなんだよね。その方法がわかれば。何か、前兆っていうか、きっかけっていうか、あったはずなんだよね。だから、ソウは文具店に行けたんだと思う」

「なんか思い出せないか?」

 翔太郎に訊かれても、颯真には何も思いつかなかった。特に自分が霊感が強いと思ったこともないし、幽霊云々に興味を抱いたこともない。

 そのとき、道の端を、一匹の猫が通り過ぎていった。


「あ、猫だ」

「黒猫だ」

 翔太郎も言う。

 あのときと同じだった。あのとき、たしかに黒猫を見た。

 ふいに、背後でチリリンと自転車のベルが鳴った。振り返ると、ロゴの入った箱を背負った配達員行き過ぎていく。


「水たまり!」


 颯真は叫んだ。

「どこかに水たまりはない?」

「水たまり?」

 翔太郎が不審そうに応える。

「水たまりがあったんだ。大きな楕円形の、鏡みたいな水たまりなんだよ」

 水たまり。黒猫。配達員。

 あのときと同じ条件が揃えば、もしかして。


「もう一度、行ってみよう」

 颯真が駆け出し、来た道を戻った。遅れて恵奈と翔太郎もやって来る。

「あった!」

 ふいに恵奈が叫んだ。恵奈が指差すほうを見ると、たしかに大きな水たまりがある。あのときと同じように、街灯の明かりを照らしている。

「黒猫が――」

 目を凝らすと、水たまりの前に黒猫がいるのが見えた。あのときと同じように、誰かを待っているかのように、こちらに顔を向けている。


 颯真はゆっくりと足を進めた。角を曲がれば、廃屋のある通りに出る。

 果たして、廃屋は見えてきた。明かりが漏れている。

 店が開いているのだ。


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