第24話
右隣の家は、白い壁の新しい住宅だった。壁に合わせてあるのか、門扉も白い。その門扉の前に立ち止まって、恵奈が家を仰いだ。
「いるのかな」
「なんで?」
家からは明かりが漏れているのだ。
「だって、洗濯物が取り込まれてないじゃない。もう夜になるのに」
たしかに、白い家の二階のベランダには、洗濯物が風に揺れていた。
「ま、押してみよう」
門扉にインターフォンが取り付けられている。
恵奈が前のめりになった瞬間に颯真は腕を伸ばし、先にインターフォンのボタンを押した。行動力のある恵奈に遅れをとっていられない。
二度押して、ようやく返事があった。女性の声だ。
「す、すみません、ちょっとお伺いしたことがあるんですが」
インターフォンはカメラ付きだ。レンズの向こうでは、中学校の制服を着た三人が見えているだろう。
「はあ、なんですか」
返ってきた声は不快そうではなかった。制服が功を奏したのかもしれない。女性の声の向こうで、小さな子どもの声も響いた。
「あの、お隣の家のことなんですが」
すると、ガチャガチャと何やら音が響いて、それから静かになった。
三人で顔を見合わせた。
「どうしたんだろ」
そのとき玄関ドアが開いて、二歳ぐらいの男の子を抱いた三十代ほどと思われる女性が出てきた。
結論から言ってしまえば、女性からは何も聞き出せなかった。五年前にこの家を買って、よその街から越してきたのだという。だから、隣の家については何も知らなかった。彼女が越してきた当時から、隣は廃屋だったという。
わざわざ出てきてくれて質問に答えてくれた女性は優しかったし、何も知らなくてと恐縮されたほどだったのに、彼女が家の中へ戻ると、颯真はびっしょりと掌に汗をかいていた。
見知らぬ人を突然訪ねて質問するなんて、生まれて初めてのことだ。
それでも、数軒、ドアを叩き続けた。誰も廃屋については知らなかった。いつから建っているかも、誰が住んでいたのかも。
颯真たちが訪ねた家は、ほとんどが新しい家だった。出てきてくれた人たちは、大体が三十代か四十代に見えた。文具店があっただろう五十一年前、実際に文具店で買い物をした者はいなかった。
「ちょっと無理っぽいね」
辺りはすっかり夜だ。どこかららか、醤油を焼いたようないい匂いがただよってきた。夕飯の時間なのだ。
「そうだね。甘かったかな」
恵奈は肩を落とした。
三人で道のガードレールに並んで座り、それぞれため息をついた。これ以上は無理かもしれない。誰が帰ると言い出すか探り合っている感じだ。
家々を聞いて回ったせいで、廃屋の文具店からは離れてしまっていた。変わらずまわりは静かな住宅街だ。
「どうする?」
恵奈が訊いてきたが、颯真には何も思いつかなかった。あの廃屋が文具店だったのかさえはっきりしない。
そのとき、道の反対側に犬を連れた老人が歩いてきた。いくつぐらいなのか見当はつかないが、七十歳、いや、八十歳は超えていそうなおばあさんだ。
白くて短い髪の毛。黒っぽいズボンを履き、明るい色の上着を羽織っている。連れているのは、黒くて小さな犬だ。
ぼんやり犬を見つめていると、恵奈に肘をつつかれた。
「ね、昔のことは、昔の人に聞いたほうがいいんじゃない?」
あの人?というように、颯真は道の先に進むおばあさんを見た。
「かも。あのぐらいの年の人なら、何か知ってるかもよ」
翔太郎も同意する、。それなら翔太郎が声をかければいいのに、結局颯真が呼び止める役目になった。
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