第21話
どこをどう歩いたらあの文具店へたどり着けるのか。
歩きながら、翔太郎がスマホで文具店の検索をしている。
「ないよ、文具店なんか」
翔太郎が俯いたまま、言う。
「雑貨店とかで検索してみたら?」
恵奈に言われて、それも調べたが、やはり検索結果はゼロ。
落胆はなかった。人消しゴムを置いている店が、ネット上に存在するとは思えない。
でも――あるんだ。ネットの検索で見つけられなくたって、必ずあの店は存在する。あの夕暮れどき、たしかに行ったのだ。そしてこれを手に入れたのだ。
颯真は掌を開き、消しゴムを見つめた。
小さくなった、白い、なんの変哲もない消しゴム。
いままで何人の名前を消してきたのだろう。すさまじい憎悪を抱いた者がこれを手にし、使った。そして、名前を書かれた者は、一瞬の猶予もなく、言葉を残すことも許されず、この世界から消えてしまったのだ。
橋が見えてきた。途方もない絶望感に包まれていたあの夜が蘇る。
一人ぼっちだった。この世界で、たった一人。
そんな自分の掌に、この消しゴムがあった。
だが、今夜は、あの夜よりも、なぜか気持ちが軽い。絶望的な状況のはずなのに、心の片隅に希望がある。
恵奈と翔太郎がいっしょだからだ。
歩きながら、颯真はあの日の出来事について、ぽつぽつと語った。樹たちに追いかけられ、体にロープを巻かれ、花火を点けられたこと。花火を消すために走り回って、文具店を見つけたこと。
誰にも知られたくないと思っていた出来事だったのに、面と向かっていないせいで、すらすらと言葉が出てきた。それでそれでと聞いていた二人が、時折、息をのんだように黙ってしまうこともあったが、おじいさんに会うまでの出来事を、包み隠さず話すことができた。
恵奈とは中学校に入ってからほとんど口をきいた憶えがないし、翔太郎にしたって、今回のことがなければこうして夜の町をいっしょに歩くことなんてなかっただろう。
翔太郎は知っていたが、恵奈は、颯真が樹たちのターゲットになっていたことを知らなかった。共学でも、案外男子と女子は棲み分けができてしまっている。友人関係の細かい状況はわからないものなのだ。
いや、大体、樹は大っぴらにターゲットをいたぶらなかったのだ。そうでなければ、今回樹が行方不明になったときも、学校側はまずいじめ問題の有無を生徒たちに問い質していただろう。
二人が聞きたいのは、文具店の場所で、颯真と樹の関係など話す必要はなかったのかもしれない。だが、颯真は話さなくてはと思った。なぜ、人消しゴムを使ってしまったのか。それを理解してもらうためには、どうしても樹を憎んだ理由を聞いて欲しかった。
国道沿いに歩いた。懸命に記憶をたどる。
「橋を渡った先なんだけどな」
颯真の呟きに、翔太郎がため息を漏らす。
「橋なんか、この町にはいくらでもあるじゃん」
「小さい橋なんだよ」
「どの橋かが問題だね」
建物に、聞こえてくる音に、あの店へつながるヒントはないか?
国道から離れて進むと、橋が見えてきた。
「あれかな」
恵奈がつま先立ちになる。
「行ってみようぜ」
翔太郎が前へ進む。
だが、違っているように思えた。見えてくる橋には、人通りもあるし、街灯も明るい。
案の定、橋を渡ってみても、それらしい風景には行き着かなかった。
そのまま進んだ。
と、大きな道へ出てしまった。コンビニがある。
「なんか、違うくね?」
翔太郎のうんざりした声で、足を止めた。
「なんで見つからないんだよ?」
苛立って呻いたとき、恵奈が颯真と翔太郎を振り返った。
「なんだかお腹が空いちゃった」
コンビニのイートインコーナーは、空いていた。作業着風のツナギを着ている男の人が、いちばん端の椅子に座ってカップラーメンをすすっているだけだ。
恵奈はツナ、颯真はカツサンド、翔太郎はカレーパン。三人とも飲み物を買い、真ん中あたりの席に座った。
三人で黙々とパンを食べた。なんだかいろんな思いが胸の中に渦巻いて、声を出していないのに二人と話しているような不思議な感じがする。
「あのね」
コンビニの出口まで来たとき、恵奈が颯真と翔太郎を順番に見つめた。恵奈の視線は、駐車場に入ってきた車のライトのせいえではなく、眩しい。
「わたし、文具店を探すこと、あきらめないから」
返事をする前に、恵奈は背中を向け、コンビニの駐車場を走り出していた。その後ろ姿から目が離せない。
「行こうぜ」
翔太郎に声をかけられて、颯真は我に返った。翔太郎が訝しげに颯真を見ていた。
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