第7話
女子たちは、消しゴムの話題に触れなかった。
もしかしたら聞き違いだったのかもしれない。昨夜、あの奇妙な文具店で消しゴムを貰ってから、心の隅に引っかかっていた。馬鹿馬鹿しいと忘れているつもりだったのに、気にしていたのかもしれない。だから、別の言葉なのに、消しゴムと聞こえてしまったのかもしれない。
まわりを見渡すと、食事を終えて、騒ぎ出す連中もいた。走るなーと、教師の声も上がる。
「都市伝説ってさあ、案外、ほんとのこともあったりしてね」
恵奈じゃない一人が、突然口にした。
「そうだよね。だってさあ、その消えちゃった子。まだ見つかってないんでしょ」
訊かれて、恵奈がうんうんと頷いた。
「だけどさあ、その人消しゴム、どこで買ったわけ? 百均?」
「まさかあ、それはないでしょ」
二人のはしゃいだ声に、恵奈が答えた。
「売ってる店があるんだって」
「えー? あるのー?」
「どこ、それ」
わかんないと、恵奈は首を振り、
「でも、どっかにあるんだよ。売ってる店が」
とうとう颯真は我慢ができなくなった。
「な、ちょっと……」
えっと、三人が同時に振り返った。三人の目が丸く見開かれている。
「何?」
そう言ったのは、恵奈だった。
「今の話だけど」
「今の話って?」
「だから、人消しゴム」
口した途端、首筋が火照った。女子三人との距離は、約二メートル。近すぎただろうか。もっとさりげなく声をかけるべきだった。話を盗み聞きしていたと思われてしまう。実際、盗み聞きしていたのだが。
「てか、その都市伝説なんだけど」
何?と、三人は颯真の言葉を待っている。
「ほんとなのかなと」
三人が顔を見合わせた。それから、妙に冷めた目になった。
「聞いてたわけ?」
「あたしたちの話」
恵奈だけは何も言わず、颯真を見つめている。
「いや、そうじゃなくて、たまたま耳に入ってきたから」
「知らないの?」
黄色い声を上げていた女子が、不思議そうに颯真を見返す。
「だって、有名だよ。この話」
「そうなんだ」
「ツイッターでもたくさんリツイートされたんだよ」
そして彼女はスマホを取り出すと、ツイッターの画面を見せてくれた。
「ほら、体験談、語ってる人もいる」
「体験談?」
ツイッターに上がっていたのは、消された者を知っている人の話だった。その人の中学時代の話だという。
――僕の友達の部活の先輩の話です。その先輩と同じ部の人が、ある日、学校帰りの電車の中で忽然と姿を消したそうです。先輩とその人は、座席のいちばん端に腰掛けていたらしんですが、先輩が居眠りをしているうちに、いなくなってしまったそうです。時間にすれば、ほんの数分の出来事で、しかも、電車は走り続けていたそうですから降りたわけではないらしいです。先輩は、そいつは人消しゴムで消されたんだと思うと言っていたそうですー
これじゃあ、目の前の女子たちの話とおんなじだ。ちっともはっきりしてないじゃないか。
「嘘に決まってるけど、今、盛り上がってるのは確か、だよね?」
黄色い声の女子は、そう言って、あとの二人を振り返る。
「そう。口裂け女みたいなもんでしょ? 今はこれ――」
「どうやって、消したんだろう。その――ターゲットを」
なるべくさりげなく、訊いた。都市伝説の話に食いついていると思われるのは、恥ずかしい。
「名前を書くんだよ。それでその消しゴムで消すんだって。そしたら、名前を書かれた人は消えちゃうらしい」
怖いと、ふざけた調子でふたたび彼女は黄色い声を上げる。
都市伝説なら、そうなんだろう。だが、ほんとうに人消しゴムを手にした者がいるとしたら。
「どうかした?」
恵奈が訊いてきた。
あの古びた文具店のおじいさんが言ったとおりだ。どこかにターゲットの名を書いてその消しゴムで消す。そうすれば、ターゲットはこの世から消えてくれる。
「ソウはこんなこと、信じないタイプかと思った」
ソウ。そういえば、小学生のときそんなふうに呼ばれていた。いまでは誰もそんな呼び方はしないけど。
ソウという呼び方には、親しみと尊敬が交じっていたと思う。あの頃、輝いていた自分は、もういない。
「信じないけど」
どうにか、颯真は苦笑いをしてみせた。
信じないけどね、行ったんだ。古びた文具店に。そしておじいさんから、消しゴムを貰った。
もしこの三人に話したら、どうなるだろう。
話は三人からあっという間に広がって、尾ひれがついて、すさまじい別の話になるかもしれない。
そう。
こうして都市伝説は出来上がるんだ。誰かが誰かに話を伝えていく度に、元の話は変形していくんだ。
「おーい、集合だぞう」
教師の声が響いた。ぞろぞろと生徒たちが集まり始め、恵奈たちも弁当の空箱を片付け始めた。
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