第4話 ある夫婦の話

 あの日のことは忘れない。


 家で家事……洗濯をしているときだった。

 家電話が鳴ったんだ。


 はいはい、と意味のない返事をして


「もしもし?」


 電話に出てみると


「ああ、息子さんの担任の地獄谷です」


 息子の通ってる学校の担任の先生だった。

 何の用だろう? と思っていたら


「本日、そちらの息子さんを収容所に送りました」


 こんな言葉が降って来た。

 瞬間、私の時間が停止した。


「ええっ!?」


 そんな!?

 あの子が!?


 信じられない!


「息子さんはおそらく二度と社会に出てきませんし、出て来てもどうしようもないでくの坊になります。対応はそちらでどうぞ」


 担任の先生は私の気持ちを全く考えずに、淡々とそう告げて来た。

 私は黙って居られなかった。


「ウチの子に限ってそんな馬鹿な! 間違いじゃ無いのですか!? もう1回調べ直して下さい! ありえません!」


 ウチの子は正義感が強くて、優しいんだ!

 だってお兄ちゃんなんだから!


 妹の面倒見だって良くって……

 私のお手伝いだって率先して……!


 思いのたけをぶちまけた。


 すると担任は


「それ以上騒ぐと、処罰されますよ? 関連法8条の条文を聞かせましょうか?」


 全く取り合わないで、そう一言言ってきた。

 ゾッとした。


 この人、私の話なんて全く聞く気が無い。

 そこが分かってしまって。


 私は黙った。


 担任は


「じゃあ、お伝えしましたので。それじゃ」


 そう言って、電話を切ってきた。


 関連法8条……後で調べたら


『欠陥人間家族が欠陥人間判定に異議を唱えることは禁じる。違反した者は100万円以下の罰金を科す』


 だった。

 ……恐ろしい法律……。




 私はその後、すぐに会社の夫に電話をした。

 携帯電話に掛けたんだ。


 だいぶ長いこと出て貰えなくて。

 やっと繋がったとき。


「もしもし?」


 ……少し、うんざりした様子だった。

 仕事中だから、当然だ。


 でも私は取り合わずにこう言った。


「あなた、会社を早退してきて。武志たけしが収容所に送られてしまった!」


 私の言葉に


「ええっ!」


 すぐ理解した夫の驚愕と動揺が伝わって来た。

 ……ウチの人は子育てに興味がないわけじゃない。

 それなりに出世している忙しい中、子供たちの道標になるべく対話や躾をしっかりしてくれる人だった。


「何かの間違いじゃ無いのか!?」


 そう返してきた。私は


「間違いじゃ無いの! 本当のことなの! どうしよう!?」


 私は泣きそうになりながらそう叫ぶ。

 夫は


「分かった。すぐに早退する準備をする。それじゃ!」


 夫は電話を切った。




 その後は地獄だった。

 夫婦で会話しても何が原因でそうなったのか全く分からなかった。


 ……ネットで自分たちと同じ境遇の人がいないかと思って調べてみた。


 すると「欠陥人間父母の会」というサイトを見つけた。

 何か救いがあるかもしれない。


 そう思い、読んでみた。

 そこには……


『ウチは夫婦ともに子宮摘出手術とパイプカットをして、世間の怒りを鎮めました。お陰で仕事を失わずに済みましたね』


 ……そんな。

 そこまでしないといけないの?


 なんで……そこまで


『私は道で他人に会うたびに土下座をすることを習慣づけました。世間様に深く反省の意志を示すこと。それがあったから、再就職出来たんだと思います』


 ……メチャクチャだ。


 そんな中、いっこだけ有望な言葉があった。


 それは……


『ウチの場合は被害者の人が訴えに勘違いがあったと担任に申告してくれたんです。そのせいで子供を収容所から出してもらえました。まさに奇跡です』


 ……被害者の被害取り下げがあればウチの子は助かる……。

 希望が繋がった。




 私たち夫婦は近所で一番のお菓子屋で、最高の和菓子詰め合わせを買って、学校に向かった。

 息子の担任の先生に会うためだ。


 ……被害者のことを教えてもらうために……


 職員室に入り、担任を探す。

 家庭訪問で顔を見ているので知ってるから……


 確か短髪の、太めの男性だった。


 どこにいるのか……居た!


「突然すみません!」


 駆け寄って、お菓子を差し出しながら頭を下げる。

 担任は


「えっと、秋陣君のご両親ですか?」


 ……私たちを冷たい目でそう言ってきたんだ。




「言えるわけないでしょ。常識を持ってください」


 担任は心底呆れた目で私たちを見て来た。

 私たちは


「そこをなんとか!」


「お願いします!」


 食い下がる。

 これが最後の希望なんだ!

 引き下がるわけにはいかない!


 けれど


 担任は


「……クズを作った癖に反省せず、被害者を脅迫しようなんて考えるとは……救いようが無いですね」


 嘆息し、名刺入れを取り出した。

 そんな、名刺を繰り始めた担任に


「脅迫するつもりなんて無いです! ただ、ウチの子の善良さを分かって貰おうと……!」


「それが脅迫なんですよ。そんなことも分からないんですか? だからクズを育てるんですよ……どうぞ」


 言いながら担任が名刺を差し出してきた。

 受け取る。

 ……なんだろう?


 何だか、病院の名刺だった。


 担任は言った。


「……腕のいいパイプカットや子宮摘出手術専門の医師がいる病院の名刺です。一家で受診することをお勧めしますよ」


 え……?


 担任は汚いものを見るような目で私たちを見て。


 さらに続けた。


「娘さんにも言い含めて受けさせてください。確か居ましたよね……? 世間としてはクズの血は一滴も残って欲しくありませんし」


 その瞬間、夫が担任を殴りつけていた。


 そして夫は、そのせいで仕事をクビになったんだ。

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