第3話 収容所に送られた人間の話

 俺がここに来たのは小学校5年のとき。


 俺がここに送られる原因になったクソ野郎。

 あいつに出会いさえしなければ、俺は普通の人生を歩めたんだッ!


 あいつはどんくさい奴だった。


 よく忘れ物をした。


 本人は努力しているみたいだったけど、努力の方向性が間違ってるのかね。

 それとも低能なせいか。

 あんまり改善してなかった。


 メモを頑張っているのをアピールしてたけどさ。

 してんのにたまにやるんだよ。


 メモしてんだからミスすんなっての。


 なので、痛みが足りないんじゃないかと俺は考えた。

 俺も小さいときに親父にドヤされたしな。


 なのでヤツがするメモの内容を見張って。

 間違ったメモをした瞬間、頭を殴ってやったんだ。


 罰だよ。

 これで間違わないだろ?


 そう思ったら


「ちょっと待て秋陣しゅうじん


 担任がさ、俺を注意して来たのよ。

 ちょっと殴ったくらいで。


「お前、思い上がるなよ。生徒は皆平等だ。どんな理由があっても暴力は許されない」


 ……はぁ? と思った。

 そんなことをしたら、このどんくさいのがいつまでも治んないだろ。


 なので


「僕は双山ふたやま君に罰を与えて、伸ばしてやろうとしたんです!」


 すると担任が激高した。


「思い上がるな!」


 ……俺は正直、ビビッてしまった。

 でも、俺はこう思った。


(双山のやつはきっと俺に感謝を……)


 俺だって、親父にドヤされながら「これは俺が悪かったんだ」と反省した。そして強くなったんだ。

 こいつはそれが必要なんだよ。こいつだってそれを分かって……


 すると


「……秋陣君。もう二度としないで」


 そう、一言。

 そんな恩知らずなことを言いやがったんだ。


 そのせいで俺は


 担任教師に居残りを命じられ、3時間くらい反省文を書かされたんだ。

 教師が見ている前で。



 

 次の日。

 俺はブチ切れていた。


 あのクズのせいで、俺は3時間も「自分がいかに間違っていたか」について作文することを命じられたんだ!

 許せない!


 なので


 双山がトイレに行った瞬間を狙って、トイレに駆け込み。


 ボコボコに殴った。


 そして去り際


「先生にチクったら殺すからな」


 そう釘を刺したんだ。


 けれど。


 その次の授業に入る前に。


 黒い服を着た大人が複数人やってきて


「お前は今日限り通常学校を退学。たった今から欠陥人間教育学校の生徒だ」


 そう言われて、強制連行されたんだ。

 俺はわけわかんなくて「何で!」「嫌だ!」って泣いたけど。

 その黒服の男たちは全く取り合わなかった。




 そして車に乗せられて。

 俺はどっかの山奥に連れて行かれた。


 そこにコンクリートの飾り気のない施設があって。


 そこの大部屋に放り込まれた。


 中には数人の子供が居た。

 年代はバラバラだったけど。


 ……ここはどこなんだ?


 見回していると、部屋の中央にあるテレビの電源がオンになった。


『ようこそ。欠陥人間たち』


 テレビの大人は、俺たちを冷たく見下ろしていた。


『お前たちは人間に生まれたのが間違いだったクズどもだ。なので特別教育を施すことにした』


 ……え、と思った。

 そういえば昔、悪い人間は悪い人間を集めた特別な学校に入れられる。

 そういう話をどこかで聞いた覚えがあった。


 ……ここが、そうなのか?


 テレビの大人は続ける。


『お前たちは今日からこの学校を卒業するまで、外の世界に出ることはできない。親に会うことも許さない。覚悟しておけ』


 それを言われたとき。


「ママに会いたい!」


 誰かがそう言って泣いたけど。

 誰も取り合わなかった。



 そうして。

 俺たちの地獄は始まった。




 朝は5時に起床。


 朝起きて、自分たちの食べるパンと水を受け取りに行く。

 サラダだとか、肉だとかは一切ない。


 身体を壊しても構わない。

 それがこの施設の方針。


 俺たちはパンと水だけの食事を終えると、朝6時から学習時間になる。


 やることは……


 ひらがなの書き取り。

 そして2桁の四則演算と、九九の暗唱。


 それのみ。


 学年は関係ない。

 俺たちの他にも、中学の人もこれをやらされていた。


 やってる間


「クズの勉強でこれはデフォルト。これ以上は高度過ぎて相応しくない」


 それを延々聞かされ続ける。


 俺は最初「こんなの馬鹿にするな!」って思わず言ってしまって。

 そのせいで、教官に拳で殴られて。


 前歯を折られた。


 ……鏡で前歯の無い顔を見る度、そのことを今でも思い出す。


 昼飯にまたパンと水だけを与えられ。


 午後は自己批判の時間。

 自分がいかに劣ったクズな人間なのかを言わされる。


 言わないと殴られるので、皆最終的にやった。


 ……1人だけ、徹底拒否して最終的に死んだ奴が出たけど、死体は回収され、無かったことになった。


 そして夕方になると、寝泊まりしている刑務所そっくりの房に戻されて。

 それで次の日の朝を待つ。


 夕飯は無い。


 そして房には……


 青酸カリと、ロープが常備されていた。


 この生活が辛いなら、いつでも「卒業」できるのだ。

 ここに入れられるとき、俺たちは説明を受けている。


 実際、たまにこれを使って「卒業」していくヤツが居て。


 そういうのは、例によって死体を回収され、後には何も残らない。


 ……俺はああはならない。

 ああなったら、この世界に負けたことになる。


 その一心で、耐え抜いた。


 ……ああ、ちなみに。


 青酸カリで、教官たちに一矢報いては? って思うかもしれないけど。


 あいにくここの教官は、飲み食いが施設内では一切禁止されてるんだな。


 房に猛毒を常備している以上、自衛はしっかりしてんのよ。

 畜生……


 そしてそんなことを、本来は中学を卒業する16才までやらされて。


 俺たちは卒業に至る。

 その卒業時に、首に卒業出荷番号と言う名の入れ墨を入れられる。


 ……一般人との混同を防ぐ目的らしい。


 この学校を出て身につけられるのは、2桁の四則演算と九九、そしてひらがな。


 ハッキリ言って、普通の事務仕事なんて到底できない。

 単純な誰でも出来る肉体労働以外の仕事口が無いんだ。


 なので必然的に赤貧状態になる。

 そして欠陥人間教育学校卒業生は生活保護を受けられない。


 ワープアでも働かないと、ホームレス以外の道が無いんだ。


 そして。


 欠陥人間教育学校卒業生は、実刑ものの犯罪を犯すと死刑。そこに至らない犯罪は無期懲役になる。

 そして……その証言の信憑性はゼロの扱いを受けるんだ。


 なので基本「警察を頼れない」状態になる。


 あるとき、毎日一生懸命働いて得た僅かな金を「欠陥人間狩り」に精を出す不良学生に巻き上げられたときは、この世の全てを憎悪した。




 ……畜生。

 なんで俺がこんな目に。


 俺は親父にされたことを、あのグズにしてやっただけなのに。

 その報いがこれかよ……間違ってんだろ……。


 許せねえ。

 俺はボロボロと泣いた。

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