第49話 管楽器のような
光希は、海の見える公園にいた。
いつもデートしていた、あの公園。
ああ、これは夢だ、と思った。
まずい、夢を見ている場合じゃないのに。
今まさにヴェレンディに殺されそうになっているのに。
それなのに。
隣に、凛音が座っている。
夕日に照らされて、水平線が赤く染まっていた。
「そろそろ帰る時間だね、光希」
「ああ……」
「じゃ、沖縄旅行、絶対だよ! 今受けた依頼終わったら、絶対に旅行に行こうね!」
「受けるかどうかはまだだよ、他の奴らにも聞いてからだ」
「どうせ受けるでしょ? で、それから沖縄旅行!」
「ああ、そうだな……」
凛音の笑顔が眩しい。
「えへへ、ほら、光希!」
凛音が光希に身を寄せて目を閉じた。
その頬が真っ赤に染まっているのは、夕日のせいだろうか?
その唇に自分の唇をあわせる。
柔らかくて、熱い。
魂が震えた。
この瞬間のために生きてきて、これからも生きていくんだ、と光希は思った。
しばらくして凛音が唇を離し、照れくさそうな顔で光希の顔を上目遣いで見て、
「えへへへへー」
と笑うと、彼女はきゅっと光希に抱きついてきた。
抱きしめ返す。
体温。
凛音は生きている。
光希も生きている。
みんな生きている。
「あのね、光希」
凛音が光希の耳元で囁いた。
「なんだ」
「私ね、今勉強中なの」
「何を」
「輪魂の法。知ってる?」
「まあ、少しは……」
「もしね、もしだよ、探索中に私が死ぬことがあったら……」
「何言ってるんだ、俺が死なせない」
「ふふ、ありがと。でもね、なにかの間違いでそういうことになったらさ。私、必ず輪魂の法を成功させるからさー」
「そんなことにはならないさ、絶対に凛音を死なせない」
凛音は座っている光希の足をまたいで、光希の膝の上にお尻をつき、正対して座った。
「えへへ、恋人座りー。なんか、ちょっとエッチだね、これ」
「おい、他の人が見てるぞ」
「いいじゃん、見せつけてやろうよ、私みたいな超絶美人が恋人なんだぞーって自慢してもいいんだよ? 私は光希が恋人で、いつも自慢に思ってる!」
そしてそのまま再び光希に抱きついてくる凛音。
凛音の控えめな胸が光希に押し付けられた。
柔らかさを頬に感じる。
こんなに幸福な瞬間、ほかにはない、と思った。
「あのね、合言葉、決めておこうよ」
「合言葉?」
「そう。もし私が肉体を離れて魂だけになっても――。その合言葉を言ったらそれが私だってわかるように」
「お前を死なせたりしないって言ってるだろ? 俺が守るぞ」
「えへへーありがと。でも、万が一ってこともあるからさー。ええとね、どんなのがいいかなー。ロマンチックなのがいいかな」
「たとえば?」
「星の輝きが私達を照らしているーとかさー」
「合言葉としちゃなんかゴロが悪いな」
「んー。じゃあさー。んー。山と言ったら川……」
「普通すぎるだろ」
「
「あそこ景色いいよな、まあそれでいいんじゃないか」
「競輪場……」
「まあ
「もー! ちゃんと真面目に考えてよー! 大事なやつだよー!?」
怒ったように言う凛音。
光希は凛音の背に手を回し、ぎゅっと抱き寄せて言った。
「なんでもいいよ。俺はお前を死なせない。一生守る。ずっといっしょに生きていくんだから」
「もー! ありがとだけど、万が一に備えるのも大事なんだよー!?」
「いいよ、合言葉なんて……俺はそういうの、うまいこと考えられないからさ。お前が決めてくれよ」
凛音はいったん光希から上体を離して光希を見つめる。
光希もその視線を受け止める。
凛音の瞳は深いきらめきを放っていた。
みずみずしい唇。
思わずキスをしようとする。
「ん、だめ。合言葉決めてから!」
「じゃあ早く決めてくれよ」
「んーそうだなー。私らしいのがいいなー。でもって他の人が言わなそうな……」
「なんでもいいよ」
もう一度キスをしようとするが凛音は笑ってそれをかわす。
「はやく決めてくれよ……」
「わかったよー。あ、そうだ! じゃあ、これにしよう! この言葉を聞いたら私だって思うんだよ?」
「なんだよ、早く言えよ」
凛音はいたずらっぽく笑い。
光希の顔をじっと見つめて。
そして、美しい唇をゆっくりと動かして。
管楽器のような心地よい声で。
こう言ったのだった。
なんども光希とキスをしたその唇でこう言ったのだった。
「『おけまる水産』!」
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