第50話 あ゛!?

 ミシェルの腕が目の前にあった。

 光希を守るために、自分を犠牲にしてくれたウサギの腕だ。


「ミシェル、念の為だ、悪いな、ちょっと我慢してくれ」


 そう言って、光希はその白い腕に噛みついた。


「うう……!」


 ミシェルがうめき声を上げる。

 口の中には鉄のような血の味が広がった。

 光希が凛音の次に愛する女の肉の味。

 ゴクリと喉を鳴らして飲み込む。

 伴侶にはしてやれないが、一生をかけてこの恩には報いるつもりだ。

 由羽愛ゆうあが急いでミシェルに治癒魔法をかける。


由羽愛ゆうあ、頼む」

「はい!」


 打ち合わせ通り、由羽愛ゆうあはタブレットを操作する。

 音速の閃光――つまり、凛音だ――のコメントだけが聞こえるように設定したのだ。


凛音りんね、わかるな?」


:音速の閃光〈わかるのだ。大丈夫なのだ。いつでもいけるのだ。まかせるのだ〉


「ずんだもんはやめろ」


:音速の閃光〈もー。いつも洒落がわかんないよね、光希は〉


「お前がいつもふざけ過ぎなんだよ。もう時間がない。行くぞ」


 ヴェレンディの読みは当たっていた。

 最終破壊魔法。

 それこそが光希たちの目標。

 最終破壊魔法は二人の術者が同時にその詠唱を行い、対象となる相手の生命を奪う。

 そして、その反動として術者のうち一人がランダムに選ばれて心臓を破壊され、死ぬ。


 ミシェルの血肉を食うことで幸運を得た光希の心臓はそのランダムの選択には必ず勝つ。

 つまり、破壊されるのはもうひとりの術者の心臓だ。


 そして――。


 呪術研究家が言っていた。

 魂は、”人の魂が乗り移っていてもおかしくない”と認識されるものに憑依できる。

 凛音の魂はネット上に存在していた。

 Vtuberが多数活躍するこの現代。

 多くの人が、ネット上の架空であるはずの存在に魂が存在していると信じて疑わない現代において、魂の『入れ物コンテナオブソウル』となるにもっともふさわしいのは、ネットそのものだったのである。

 

 そして。


 ヴェレンディが言っていたように、心臓をもたないものであれば最終破壊魔法の”反動”を受けたとしても、破壊されるべき心臓がそこになければ――。

 行き場のなくなった反動の力がどうなるのか?

 それはやってみなければわからない――。


「ああ? なんだ? その板か? その板に魂が宿っているのか?」


 狼狽ろうばいの表情を浮かべる死霊術師ヴェレンディ。


 その顔を見て光希はにやりと笑った。


「――行くぞ、凛音!」


:音速の閃光〈うん! 行くよ! せーのっ!〉


 そして光希と凛音りんねは同時に最終破壊魔法の詠唱を始める。


「天上。生きとし生けるものの拍動。が磨き上げた魂。力。脈動。我が魔力をすべて。すべて。我が敵を破壊するために。費やせ。我と、我が魂の盟友。二つの魂が。二つの思いを。一つの願い。破壊。破壊。いかなる代償を受けようとも。破壊」


:音速の閃光〈天上。生きとし生けるものの拍動。が磨き上げた魂。力。脈動。我が魔力をすべて。すべて。我が敵を破壊するために。費やせ。我と、我が魂の盟友。二つの魂が。二つの思いを。一つの願い。破壊。破壊。いかなる代償を受けようとも。破壊〉


 二人の声が混じり合ってハーモニーとなる。

 魂だけとなった凛音には強大な魔法を詠唱するだけの魔力はない。

 だが。

 その魔力を、タブレット越しに天才探索者の卵、由羽愛ゆうあが供給しているのだ。


 二つの声が一つとなり、ダンジョン内の空気に魔力が満ちる。

 風が巻き起こった。


「ああ? ふざけるな、ぶち殺してやりますよ?」


 三連装砲が光希たちを狙う。

 そしてそれが火を噴く直前。


最終破壊魔法Ultimate Annihilation!!!!」


:音速の閃光〈最終破壊魔法Ultimate Annihilation!!!!〉


 光希の声と読み上げ音声の声が詠唱を終えた。


 瞬間、ダンジョンが消えた。

 いや、消えたように見えた。

 そこにいるのは、光希と、タブレットと、ヴェレンディ。


 あったはずのダンジョンの壁や天井や床は消え去り、由羽愛ゆうあやミシェルの姿もない。


 光希たちの周囲は多くの星がまたたく、宇宙空間となっていた。


 そして、空気のないはずの宇宙空間に、台風のような強い風が吹いてくる。


「あ? あ? なんだこれは……? 魔力が見せている幻覚か……くそ、私は……」


「終わりだ、ヴェレンディ」


 光希の言葉と同時に、光希の後方から流れ星のような一筋の光が流れてきて――。


「や、やめろ、やめろ……」


 そしてその光はヴェレンディの身体にすうっと派手な音もなく静かに吸い込まれていった。


 直後、光希こうきたちの周囲がフラッシュが焚かれたかような強い光に包まれる。


「……魔力が見せた幻覚か……」


 光希こうきたちはいまだダンジョンの中に立っていた。

 タブレットも由羽愛ゆうあが持っている。

 その由羽愛ゆうあは不思議そうな顔をして、


「今、みなさんピタリと動きがとまったような……」


「おわりさ」


 光希こうきがそう答え、ヴェレンディを指さした。

 ヴェレンディはいまだ空中に浮いている――。

 が、その顔からは血の気が引いていて、なんの表情も浮かんでいない。

 魔法で作り出していた三連装砲もいつのまにか消え去っている。


「……このわたしが……」


 なにかを言おうとしたヴェレンディのスレンダーな身体からクタッと力が抜け、


「あ゛!?」


 という声とともに、宙に浮いていたそれは床に落ちた。


 ゴシャッという骨の砕ける音。


 同時に強い光を放つ球体がヴェレンディの身体から表れ出たかと思うと――。


「魔法の反動だ!」


 光希こうきはそう言って身構える。

 が、ミシェルの肉を喰った光希こうきは幸運体質となっている。

 その球体は光希こうきではなく、凛音の憑依しているタブレットにシュッ! と吸い込まれていく。


 本来であれば、心臓を破壊するはずの魔法の反動。


 だがもちろん、タブレットには心臓など存在するはずもなく――。


 次の瞬間にはタブレットからその球体がボフッ! と吐き出されて床にめり込んだ。

 そして、耳をつんざくような破裂音とともに、床の石材が赤黒く溶岩のように沸騰した。

 まるで床に直径50センチほどの溶鉱炉ができたような光景、ぐつぐつと溶けて溶岩となった石材が煮えている。


:音速の閃光〈一瞬、また死んだかと思った、びっくりしたー。凛音ちゃん、無事だよっ!〉



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