第30話 あまりにもコミカルな光景
モンスターとは、概念から生まれることがある。
恐るべき吸血鬼、竜、ジャイアント族、狼やヘビやサソリなどのおそろしい生き物……。
それぞれが人間の恐怖する存在から生まれてきた。
だから。
テクノロジーが発達した現在、このような形でモンスターが生まれることも当然と言えた。
そこにはいたのは。
ロボットだった。
赤錆に似たくすんだ色、ずんぐりむっくりとしたアウトライン、太い金属の足、なにかの発射口のついた腕、カメラのついた顔。
まるでアニメの敵役としてでてくるような、そんなロボットが目の前にいた。
:修羅〈イビルマシーンだ!〉
:コロッケ台風〈珍しいモンスターだな〉
:みかか〈討伐難易度Lv25だ。パワーはすごいけど魔法とか使ってこないはず〉
「
光希が柄を握って叫ぶと、シュバッという音とともに目のくらむような光が一瞬視界を包んだ。
そして、刀身が表れ出る。
それは、この緊迫した場面にあまりにも似つかわしくないものだった。
柄からにゅるりと伸びる、茶色の胴体。
生き物だった。
正確にはそうではない、光希の魂の力を具現化した存在。
しかし、全身をふかふかの柔らかそうな毛で覆われたそれは、あまりにも……。
かわいらしかった。
:ハンマーカール〈猫だ〉
:由香〈猫?〉
:aripa〈は?〉
:特殊寝台付属品〈柄から猫が生えてるぞ?」
:おならのらなお〈茶トラだ〉
:ビビー〈なんだこれ、はじめて見たぞ、こんなのもあるのか」
:Q10〈梨本光希、ふざけてんのか〉
光希の握る刀身から、ぬいぐるみのようにかわいい猫の上半身が生えていた。
ただし、普通の猫よりもサイズはだいぶ大きい。
上半身だけで全長2メートルはあるだろうか。
ふざけるもなにも、出現する刀身は光希自身も選べない。
これは光希にとっても初めて見る刀身だった。
そのあまりにもコミカルな光景に、自分でも 笑ってしまいそうになった。
いや、実際に笑ってしまっていた。
「ははは、そういや凛音は猫が好きだったな」
そして、光希は自分が具現化させたそれを見て、勝利を確信した。
このような刀身は光希の精神状態が絶好調のときによく見ることがあった。
子どものおもちゃみたいなプラスチック製に見えるハンマーだったこともあれば、100円ショップでよく見るようなマジックハンドだったこともあった。
光希の機嫌がいいときにはこういう刀身が具現化して、そしてそれらはどれもが無敵の強さを誇ったのだ。
機嫌がいい?
忘れたと思ったさきほどの夢のことを思い出す。
まだ肩に凛音の体温を感じているような気がした。
二度と見られないかもと思っていた凛音の笑顔が、光希の精神を高揚させたに違いなかった。
イビルマシーンが銃口のついた腕をこちらに向ける。
ダダダダダダダ!
という大きな音とともに弾丸がそこから発射された。
地上世界でも銃器として使用されている機関銃と同じ発射速度で、魔力に包まれた弾丸が連射されたのだ。
しかし。
「うにゃにゃにゃにゃにゃにゃ!」
光希の刀身――いやこれを刀身と呼んでいいものか?
とにかく、茶トラの猫がその爪でとんでもない速さで弾丸をすべて叩き落とす。
「はははははははは!」
その光景があまりに面白すぎて、光希は笑いながらイビルマシーンに近づいていく、
人間の想像力とダンジョンの生み出す謎の力によって生み出された機械のモンスター。
そいつが、今度はぐいっとお辞儀をするように上体を傾けた。
見えるのはそいつが背負っていた背中のバッグのようなもの。
いや違う、それはミサイルの発射筒だった。
発射口のフタがパタッ、と開くのと、そこから奇妙なルーン文字のようなものが書かれた小型のミサイルが一本、噴出するのとは同時だった。
それはとんでもない加速力で光希にまっすぐ飛んでくる。
「うにゃっ!」
猫が両手でそのミサイルの弾頭に触れないようにミサイルを挟み込んで止める。
まるで真剣白刃取りのよう。
「うにゃらぁ!」
そしてそれを誰もいない方向に放り投げる。
ミサイルは空中で爆発する。
直撃はしなかったとはいえ、ミサイルである。
その衝撃と破片が飛び散り、光希を襲う。
だが。
「にゃにゃにゃにゃ!!」
またもや猫がその破片をすべて叩き落とした。
それを見たイビルマシーンが一歩光希へと向かって踏み出す。
しかし、その頭上から。
一羽のウサギがまさしくミサイルのように突っ込んできた。
「ふん!」
ミシェルが首を振り、その長い耳でイビルマシーンに斬りつける。
ギャギャ!
という不快な金属音とともにミシェルの耳がイビルマシーンの頭部を切り落とした。
切断された頭部がごろごろと床を転がる。
頭を失ったイビルマシーンはそれでもなお動きを止めない。
そのまま光希に向かって突進してくる。
「悪いな。犬派の俺だが好かれるのは猫なんだ!」
そう叫んで光輝は猫の刀身でイビルマシーンに斬りかかる。
猫がその爪でまさに猫パンチを繰り出す。
「うにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃ!!!!!」
爪は金属製のイビルマシーンの機体を削ぎ落としていく。
まるで豆腐でできているかのようにたやすく破壊されていく機体。
見た目のコミカルさとはうらはらの、まさに圧巻のパワーであった。
外郭を失ったイビルマシーン。
その中には、予想とは違って、なにか蠢く臓器のようなものがあった。
赤黒い、血の通った臓器。
こいつもまた、生物であったのだ。
だが、もはや身を守るための外骨格を失ったその臓器に、なすすべはない。
ドクドクと鼓動する心臓が見えた。
「ふん、見た目よりも弱かったぞお前は」
ミシェルがそう言って、その心臓をレイピアで突き刺した。
ブシュ、と黄土色の血液のようななにかが噴き出し、それでもそれから二回だけ心臓はドクン、ドクン、と動いてから、二度と動かなくなった。
イビルマシーンは倒れることもなく、機体ではなく死体としてそこに立ったままとなった。
戦いの高揚が終わると、光輝はすぐに冷静になる。
「
ドアの向こうに駆け寄ると、そこには息も絶え絶えの女子小学生が、今にもその生命を終えようとしていた。
傍らにいた魔法使いの格好をした幽霊が声をかけていた。
それも、笑いながら。
「ふふふ、これはいい訓練になるぞ?」
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