第29話 夢

 光希はタブレットを抱いたまま眠ってしまっていた。

 連戦に次ぐ連戦、死闘をくぐり抜けてきた上に、なんとか由羽愛ゆうあの生存を確認できたことで緊張の糸がプツンと切れた気がして、タブレットのコメント欄を読みながらすうっと心地よい眠りに落ちたのだった。

 夢を見た。

 いつもデートをしていた、海の見える公園。

 隣には凛音がいた。

 肩と肩が触れ合う距離、凛音の体温を服越しに感じた。

 凛音は明るくカラカラと笑う。


「光希はほんと不器用だからなー。私がいないと駄目よね、うっふっふー」


 長くてさらさらの髪の毛が潮風に揺れている。


「今度さー、どっか旅行にでも行こうよ。いっつもダンジョンに潜ってるとさー、日光を浴びなすぎて不健康になっちゃうよ」

「そうか、どこ行きたいんだ?」

「光希と一緒ならどこでも! うふふ、でも国内がいいかなー、そういえば私沖縄って行ったことないから沖縄行こうよ。水着きてさー、泳ごう!」

「水着か……」


 光希はちらっと凛音を見る。

 凛音は恥ずかしそうに笑って身をすくめる。


「あ、今なにか想像した? 想像した? うふふ、まあさー、光希なら、いいかな」

「なにがだよ」

「だから、いいかなって。沖縄に行って、海で泳いで、疲れて帰ってソーキそばとかミミガーとか食べて。そのあと、一緒に……」


 光希の顔を見る凛音、その瞳は海よりも綺麗に輝いていた。


「ね? ね? うん、そうしよう。よーし、飛行機の予約とらなきゃね!」


 凛音の声はいつでも光希を安心させてくれた。

 彼女の声を聞いていると、まるで身体から重力がなくなったようにふわふわとした心地になる。


「でもこれから夏かー。オンシーズンだよね、飛行機は高いかなー」

「まあたまにはいいんじゃないか? こないだのダンジョン探索でけっこう金稼げたしな」

「でも、もうダンジョン探索やめちゃうわけじゃん? お金は大事にしないとねー」

「金よりさ」


 光希は言った。


「お前との思い出をたくさん作っておきたいぞ、俺は」


 凛音は頬をそめて嬉しそうに笑い、


「えっへっへー。そうだよねー。じゃ、予約しちゃおう! 五泊六日くらい! 二人きりで! ミシェルとか亜里沙とかの邪魔がいないところで二人っきり!」


 その時、突然光希のスマホが振動した。

 せっかくのデート中になんだよ、と思いながら画面を見る。

 探索者協会の番号だった。

 無視しようかと思ったが、いつも世話になっているところなのでしぶしぶ電話に出る。


『あ、梨本さん。協会の方に依頼が来たんですが……どうも、小学生がダンジョンで遭難しちゃったらしいんですよね』


 もしかしたら、この電話には出ないほうがよかったのかもしれない。

 無視して凛音といちゃついていたら、人生が変わったのかも。

 この依頼を受けなかったら、今頃俺達はどうしていたんだろう――。


:マカ〈おい、起きろ、寝ている場合か〉

:seven〈ナッシー起きろーーー!〉

:カレンダ〈やばいぞ、一人で突っ込んだぞ〉

:250V〈梨本光希、起きろ!!〉


 いつの間にか読み上げ機能をONにしていたのか、コメント欄を機械音声が読み上げる。

 同時に、光希の身体が揺さぶられるのを感じた。


「マスター! まずいぞ、起きてくれ、すぐ行くぞ!」


 熟練の探索者である光希は飛び起きるとすぐに剣の柄を握った。

 ほんのコンマ数秒ですぐに臨戦態勢に入る。

 なんの夢を見ていたのかももう忘れた。 


「敵か! どこだ!?」

「マスター、向こうだ。由羽愛ゆうあが一人で突撃してしまったぞ!」


 ミシェルはそう言うと、鞘から抜いたレイピアを両手に構えて走っていく。

 一人で?

 由羽愛ゆうあが?

 なぜ?

 くそ、いったいなぜそんなことになっているんだ?

 ミシェルのあとをついて走っていく。


「どこだ!?」

「このドアの向こう側だ、由羽愛ゆうあが一人で追いかけていってしまった!」


 光希は木製のどでかいドアを蹴破る。

 その瞬間、光希に向かってなにかが吹っ飛んできた。

 なにかの攻撃と思い、とっさによけようとして……。

 いや、だめだ、よけるな、これは攻撃じゃない!

 それは、由羽愛ゆうあの身体だった。

 彼女がなにかの衝撃でふっとばされてきたのだ。


「ぐおおおおぉぉ!」


 全身を使って受け止める。

 幸い、由羽愛ゆうあの身体は軽くてなんとか衝撃を吸収することができた。

 腕の中で由羽愛ゆうあはぐったりとして気を失っている。

 その綺麗な顔の下半分が血まみれになっていた。

 くそ、下顎を持っていかれてる!

 

「ふっ、ふっ、ふっ……」


 あえぐように呼吸している由羽愛ゆうあ

 死んではいない。

 よかった、それならなんとでもなる。

 不可思議なスキルや魔法やポーションが使えるこのダンジョン内でも、死だけは容易に覆せない事象だった。

 それこそ、魔女であるツバキや世界最高峰の魔術師と呼ばれた凛音ですらも生き返るというのはほとんど不可能なことなのだ。

 だが、生きてさえいればいくらでも回復の方法はある。

 光希はドアの向こうに由羽愛ゆうあの身体をやさしく横たえるとすぐに敵がいるであろう方向に向きなおった。


 ――なにがいる!?


 ダンジョンの暗闇の向こうから聞こえるのは。

 ガチャガチャという金属音だった。

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