第3話 聖剣士の女の子
目を覚ましたとき、
自らがテイムしているワーラビットの胸は光希が顔をうずめるのに十分な大きさをしていた。
柔らかな感触、ほのかに伝わる体温、そして甘い香り。
いつまでもこうしていたいという欲求に、しかし光希は抗う。
ミシェルから身体を離し、彼女に尋ねる。
「……俺はどのくらい寝ていた?」
「マスター、もう起きたのか。ほんの十分ほどだった。今は安全だ、もう少し休め」
「……いや。俺にはやらなければならないことが多すぎる。寝てはいられない」
「マスター、魔力もまだ回復していないだろう? マスターほどの使い手でもそこまで疲労していたら休むべきだ」
「……いや、仲間をこのままにはしておけない。ミシェル、お前も手伝ってくれ」
光希は重い身体をなんとか動かすと、まずは恋人だった
:きジムナー〈ほんとに死んでるのか?〉
:250V〈死んでるとは思えないほど綺麗な顔しているな〉
:積乱雲〈かわいそうに……〉
:見習い回復術師〈まだ21歳だったよな、
:カレンダー〈このパーティ、メンバーみんな若かったからな。梨本光希も22歳だし〉
:音速の閃光〈ほんとかわいい顔してる。美少女だったよな、
:青葉賞〈
:コロッケ台風〈このコメント欄といつもレスバしてたからな〉
:ルクレくん〈俺も
:aripa〈ナッシー、気を落とすなよ〉
タブレットでコメント欄をちらっと見てから、光希は懐かしく思い出す。
「そうだったな、納豆に砂糖かけるかどうかでなんかずっと喧嘩してたよな、こいつ……ふふ」
目の前に横たわっている
まるで穏やかに寝ているような表情だ。
唇がかさかさに乾いているように見える。
その唇にそっと指を触れさせ、そして頬を撫でる。
まだほのかに温かい。
だけど、最終破壊魔法を放った代償として、彼女の心臓は破壊されてしまっている。
死んだのだ。
そのうち、この身体も冷え切っていくだろう。
――泣くな、泣いたら身体が動かなくなる。
光希はそう自分に言い聞かせ、作業にとりかかる。
「ミシェル、お前は足の方を持ってくれ。俺は頭の方を持ち上げる」
「わかった」
「……
言いかけて、涙がこぼれそうになったのでぐっとこらえる。
二人で
ダンジョン探索は戦闘のあるヒマラヤ登山、と例えられることが多かった。
一度潜れば数か月滞在し、そこで生き残らなければならない。
だから、それぞれがそれなりの量の荷物をバックパックを背負っていた。
いざとなったらそれを置き捨てて戦闘に入るのだ。
光希は
寝袋に入った
もう一度、その頬に手を触れる。
指先で乾いた唇をなでる。
死んでいるなんて、本当に信じられない。
これは、夢か?
:音速の閃光〈最後だ、キスしちゃえ、きっと本人もそれを望んでいるからおけまる水産〉
:闇の執行者〈婚約者だったんだもんな……〉
:小南江〈
そんなコメントを見て光希はふっと笑った。
「そうだな……」
人生の伴侶となるべく約束した最愛の人。
しばらく
彼女の綺麗な顔を見るのはきっとこれが最後になる。
こんな状況で埋葬なんてできないし、こんなダンジョンの最深部から遺体を持って帰るなんて不可能だ。
「
光希はそう言って
最後のキスは、初めての時と同じに、光希の魂を震わせた。
「
口に出してそう呟いて、最後にタオルでその顔を覆ってやる。
ひとつ、ため息をついて、改めてミシェルに言う。
「ミシェル、サンキューな。ここまでついてきてくれてさ。お前がいなかったら俺たちは全滅だった」
「……いや、マスター、私こそすまない。マスターほどの手練れがいながらメンバーの死を招いてしまったのは私の力不足のせいだ」
「それは違うぞ、ミシェル、俺は本当にお前に感謝してるんだ。お前というモンスターを
「……マスター、マスターほどの人にそう言ってもらえると私も救われるよ……」
ミシェルはそう言ってひざまずく。
光希が手を差し出すと、ミシェルはその手の甲にうやうやしくキスをした。
:Q10〈俺途中からしかこの配信見てないからわかんないけど、このワーラビットって最初から仲間だったのか?〉
:きジムナー〈いや、一年くらい前に別のダンジョン探索中に敵として出会ったんだぞ〉
:リャンペコちゃん〈あんときはいろいろあったからな。いまや梨本光希の忠実なしもべだ〉
:積乱雲〈ウサギのモンスターだからな、年中光希に発情しているけどな〉
:おならのらなお〈そうか、ウサギはいつでも発情期だったな〉
:由香〈
:時計〈嫉妬したリンネちゃんとミシェルがわちゃわちゃやるのはいつものことだったよな〉
:250V〈まあ仲良しのじゃれあいみたいなもんだったじゃん〉
:ビビー〈でも本妻がいなくなった今はミシェルにとってチャンスか〉
「……マスター、この配信……続ける意味はあるのか? コメント欄も少しいやなことを言うやつもいるし……」
ミシェルが眉をひそめて言う。
「そうだな、続けるさ。ダンジョン探索は外界と途絶された極限の挑戦……なんだけど、こうやって外界と通信しながらなら、孤独感も薄れるしな」
「そうか、私には意味があるとは思えない……」
「わりとこいつら、馬鹿だけどいろいろ知っている奴もいるし、こいつらの知識が役に立つこともあったじゃないか。それに、外の人間とつながっている、という感覚が余裕を与えてくれるんだ」
「マスターがそういうならいいが……。お前たち、おかしなことを言ったらBANするからな」
「何人か信頼できる常連をコメントNG権限のあるモデレーターにしているから大丈夫。常連ほど表示しやすい設定にしているし、行き過ぎたコメントはモデレーターがNGにしてくれるさ」
こんな何気ない会話を続けてはいるが、光希の心はいまにも粉々にくだけちってしまいそうになっていた。
なにしろ、将来を誓い合った婚約者の死を目の当たりにしたばかりなのだ。
しゃべることでなんとか精神状態を安定させていたのだった。
「マスター、これからどうする? あの聖剣士の女の子を助けにいくのか?」
「ああ、俺たちはそれが目的でこのダンジョンに潜ったんだからな……」
そう。
人類で初めてダークドラゴンを倒した光希たちだったが、それが目的だったわけではなかった。
光希たちのパーティがこのダンジョン探索を始めたのは、一人の才能ある聖剣士の救出を依頼されたからだった。
いや、聖剣士の卵といったほうがいいかもしれない。
彼女はまだ十歳なのだから。
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