第2話 レアスキル【鼓動の剣】

 光希こうきのもともとの職は魔法戦士だ。

 剣を扱い、攻撃魔法を唱える。

 銃火器が無効化されるこのダンジョン内で、剣と魔法による攻撃だけがモンスターを倒す唯一無二の方法だ。

 仲間の死体が見ている。

 無様な死に方はできなかった。


「ミシェル、頼むぞ」

「まかせといて」


 ミシェルは両手に持ったレイピアを構える。


:250V〈がんばれ〉

:時計〈二人でどこまで行けるか……?〉

:青葉賞〈由羽愛ゆうあちゃんのとこまであと少しだ〉

:マカ〈頼むぞ、二人とも!〉

:ハンマーカール〈絶望的な状況だな〉

:aripa〈いや、梨本光希ならやれる〉


 光希たちがいるこの玄室は、一辺が百メートルもあるほど広い。

 天井の高さも見上げるほどで、二十メートルはある。

 その大きさはコンベンションセンターの大ホールがイメージとしては近い。

 だが、もちろん大ホールのように採光に工夫が施されている、わけではない。

 ダンジョンの天井や壁は未解明の魔法の力でほのかに光を発しており、真っ暗というほどではなかったが、すべてを見渡せるほどには明るくない。


 ほんの十メートル先は暗闇なのだ。


 その闇の向こう側からなにかがやってくる。


 ミシェルが足を大きく広げ、腰を落として敵を待ち構える。

 ウサギのモンスターである彼女の、白くて丸いふわふわの尻尾が目に入る。

 身体にぴったりとフィットしたミシェルの戦闘服は、鍛え上げられた彼女の丸く大きな尻を強調している。

 その尻の大きさに負けないほどの立派な太ももの筋肉を張り詰めさせながら、ミシェルは目前に迫った戦闘に備えていた。

 ミシェルのかわいらしい尻尾はその大きな尻に多少不釣り合いではあった。


 光希のパーティではミシェルが最前を務めているので、見慣れた光景だ。

 今までと違うのは、光希やミシェルの後方から補佐をしてくれていた皆はもういないということだった。

 防御魔法をかけてくれる亜里沙も攻撃魔法で支援してくれる凛音りんねももういない。

 今はただの肉の塊となった。


 長年、背中を預けあった剣士の三原は首だけになり、アーチャーであった田上は黒焦げだ。


 ――俺は、目的を達成して生き残れるのか? 仲間を失い、恋人まで失って……生き残る意味なんてあるのか?


 いや、ある。

 まだ、やらなければならないことがあるのだ。

 ここで死ぬわけにはいかないのだ。


「マスター、来るぞ。……でかい。飛んでくる」


 ミシェルが呟く。

 光希も空気の震えを感じた。


 これは――。


 気配だけでも敵の強大さがわかる。

 そして、そいつが姿を現した。

 うろこに覆われた暗い緑色のからだ、ぎらつく牙と鋭い爪は見るだけで恐怖心を掻き立てる。

 そいつは巨大な翼をはばたかせ、ゆっくりとこちらへ向かってくる。


:エージ〈ワイバーンだ!〉

:みかか〈討伐難易度LV35だぞ!〉

:Kokoro〈それってすごいの?〉

:エージ〈ダークドラゴンがLV42だからな。基本LV30以上は人類が倒すのは困難とされているんだぞ〉

:リャンペコちゃん〈それを消耗しきった二人で相手にすんのかよ……〉

:おならのらなお〈いやこれは無理ゲーだろ〉

:音速の閃光〈大丈夫だ、光希ならいける〉

:積乱雲〈由羽愛ゆうあちゃんを助けてあげて!〉


 支援魔法もなしにミシェルと二人だけでワイバーンと戦闘か。

 光希は腰に下げていた剣を両手に握った。

 いや、正確には、剣ではない。

 なぜなら、その剣には刃も刀身もなかったからだ。

 きらびやかな装飾の施された、つかだけのそれを、光希はぎゅっと握りしめる。

 そして。

 精神を集中して、体内のマナの高まりを意識する。


「いいの出てくれよ、頼むぞ……。……むんっ! 具現せよ、わが魂の刃Embody the blade of my soul!!」


 光希が気合を入れて叫ぶ。

 すると、バチーンッ! という耳をつんざくような音とともに、つかから真っ白に凍り付いた刀身が現れた。

 これが、光希の持つスキル、【鼓動の剣】だった。


 魔法力で刀身を作り出し、戦う。


 ただし、現れ出る刀身には今回のような氷の剣だけでなく、稲妻や光、果ては水や空気などの種類があり、それを選ぶことは光希自身にもできなかった。

 ほとんどの場合、物理的な剣をはるかに凌駕する威力を誇る。


:積乱雲〈ぶっちゃけ刀身ガチャのスキルだよな〉

:マカ〈お、今回はアイスブレードだ!〉

:seven〈当たりの部類だぞ〉

:ハンマーカール〈行けるか?〉

:音速の閃光〈梨本光希ならいける! 世界一の魔法戦士だからな〉

:aripa〈前衛職二人だけでワイバーンか……〉


「マスター、用意はいいか?」

「ああ、もちろんだ。行くぞっ!」


 光希とミシェルは息を合わせて同時に床を蹴り、ワイバーンにとびかかる。


「グゴァァァァッ!」


 ワイバーンが咆哮し、その巨大な口を開ける。

 そしてそこから灼熱の火炎を吐きだした。

 周辺のものをすべて焼き尽くすほどのブレス攻撃だった。

 並みの探索者であればなにもできずに消し炭になるほどの威力。


「おるぁぁぁぁっ!」


 光希は叫び、氷の剣アイスブレードをふるう。

 それは周囲の空気を凍らせ、灼けつく炎のブレスを冷気で吹き飛ばして真っ二つに割った。

 驚愕の表情を浮かべるワイバーン。


「よし、行け、ミシェル!」

「さすがだマスター! ……参る‼」


 ミシェルは叫んで、跳躍した。

 兎のモンスターらしく、驚異的な瞬発力。

 あっという間に割れた炎の隙間に飛び込む。

 彼女の長い銀色の髪が美しく舞う。

 両手に持った日本のレイピアがきらめいた。


「グガァォォォッ!」


 ワイバーンが翼と一体化した腕を振るい、ミシェルを叩き落そうとする。

 だがミシェルはその一撃をくいっと首を振って数センチのところでよける。

 そして。


「せいっ!」


 そのまま頭部から生えている自分の長いウサギ耳――それはいまや硬化してあらゆるものを叩き斬ることができる刃物と化している――でワイバーンの腕に斬りつけた。

 スパァンッ! と小気味の良い音ともにワイバーンの腕の皮膚が割れ、青い血液が噴き出す。


「グォァッ!」


 怒りの感情をその赤い目に浮かべ、ワイバーンはミシェルに噛みつこうとした。

 だが、ワイバーンはワーキャットごときにかまっているべきではなかった。

 もっと大きな脅威に対処すべきだったのだ。

 そう。

 いまその目の前に突っ込んできたのは、すべてを凍らせる冷気をまとった剣をふりかぶった男だった。


「くらえやぁぁぁぁぁっ!」


 光希は一気に氷の剣アイスブレードを振り下ろした。

 その凍てつく刃は、ワイバーンの頭部に触れた瞬間にその部分を凍らせた。

 そして次の瞬間には光希の剣は、光希自身の鍛え抜かれた肉体によって生み出された衝撃力で、ワイバーンの凍った頭蓋骨を粉砕した。


 討伐難易度LV35。

 数々の熟練探索者を屠ってきたトップレベルモンスター。

 しかしいまや、頭部を完全に破壊され、飛行を続けることなく無言で落下していく。

 その大きな翼のおかげでしかししばらく滑空し、だが完全に絶命しているその巨体はズゥゥン、という重い音とともにダンジョンの床に落ちた。

 その後、ピクリとも動かなくなった。


:ルクレくん〈倒したーーっ!〉

:♰momotaro♰〈すげえ、たった二人で……〉

:光の戦士〈おいおいLV35だぜ? 万全のパーティでも倒すのは難しいモンスターを……〉

:見習い回復術師〈すげえ、信じらんねえ、ダークドラゴンとワイバーンを連続で倒した……〉

:ペケポンポン〈頼む! 由羽愛ゆうあちゃんを救い出してくれ!〉


 コメント欄が湧きたった。

 ワイバーンの死体を前に肩で息をする光希。

 さすがに魔力の消費がすごい。

 今ので本当の本当に最後の一滴まで魔力を絞り切ってしまった。

 カクン、と膝から力がぬけ、床に座り込んでしまう。

 そんな光希をミシェルが支えた。


 「さすがだ、マスター。素晴らしい攻撃だった。私はマスターに使役テイムされていることを、心から誇りに思うよ」


 背中から光希を抱きしめそう言うミシェル。


「……ミシェル、少し、休む……」

「ああ、あとは私が周囲を警戒している。そのまま眠ってくれ、マスター」


 ミシェルはふわりと光希を抱きしめる。

 自らの豊満な胸に光希の顔をうずめさせた。

 あっというまに寝息をたてはじめた光希の頬を撫で、ミシェルは柔らかな笑みを浮かべて、


「マスター……」


 と呟き、きゅっと光希をさらに抱きしめた。

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