【完結】迷宮、地下十五階にて。

羽黒 楓

第1話 人類初の快挙

:音速の閃光〈倒したーーー! ダークドラゴンを倒した! 人類初の快挙だ! おけまる水産!〉

:みかか〈まじかすげえ!〉

:Kokoro〈やりやがった〉

:コロッケ台風〈まじで倒したの? 歴史に残るじゃん!〉

:おならのらなお〈絶対無理だと思ってた。世界一のパーティだよお前ら!〉

:きジムナー〈おめでとう! おめでとう! おめでとう! おめでとう!〉


 光希こうきは、タブレットの画面を流れていくコメントを眺めていた。

 おめでとう、か。

 世界で初めてダークドラゴンを倒した人間となったのだ。

 これで光希こうきは人類の英雄となった。


 しかし、それを喜ぶ気にはなれなかった。


 なぜなら、一緒にこのダンジョンの探索に参加したパーティの仲間たちは……。


 ここはダンジョンの最深層、地下十五階。

 最大の敵――ダークドラゴンが待ち構えていた広い玄室だ。


 パーティを組んでいたアーチャーの田上和人たがみかずひと、剣士の三原早秀みはらはやひで、治癒魔術師の門脇亜里沙かどわきありさの姿はない。

 田上と三原はこの戦いの直前、トラップによってやっかいな呪いの魔法を受けてしまった。

 そのままでは数時間で死に至る呪い。

 治癒魔術師である亜里沙が回復しようとしたそのとき、ダークドラゴンと遭遇し、戦闘に突入したのだ。

 治癒魔術師である亜里沙はダークドラゴンの攻撃で重症を負い、魔法の詠唱ができる状態ではなくなった。

 このままではこの三人は死を待つばかり。

 

 だから、戦闘中にもかかわらず、リーダーの光希は亜里沙の持つ特級アイテム、帰還Transcendent Returnの指輪の力を解放することを指示したのだ。

 帰還Transcendent Returnの指輪は三人までしか帰還させることはできない。


 その判断が正しかったのか、今も光希は自信がない。


 だがそうしなかったなら光希のパーティは四人の死亡者を出すことになっただろう。


 光希は傍らに目をやる。


 そこに倒れているのは攻撃魔術師の凛音りんねだ。

 彼女の右腕はちぎれてどこかにいってしまっていた。

 もはや呼吸もしていなければ、心臓も動いていない。

 いや、動くべき心臓なんて、もうないのだ。

 凛音りんね光希こうきと一緒に最終破壊魔法を唱え、その衝撃で心臓が破壊されて死んだ。


 こうなることはわかっていた、これこそが最終破壊魔法の代償。

 二人の術者が同時に古代の禁忌である呪文の詠唱を発声し、そしてその究極の力は対象の存在と、術者二人のうちどちらか一人の心臓を破壊する。


 命と引き換えの極大魔法。


 どんな強力なモンスターであれ、この魔法に抗うことはできない。

 光希こうき凛音りんねか、どちらが生き残るのかは単に運にすぎなかった。

 どちらかが死ぬ。

 それを二人は理解したうえで最終破壊魔法の詠唱を行ったのだ。

 光希こうき凛音りんねの左手に手を伸ばす。

 まだ、すこし体温が残っている。

 きゅっと握る。

 凛音りんねの顔を見る。

 束ねた長い髪の毛、血の気を失った白い肌は不思議なことに美しく見える。


 死体だというのに。


 冷たい床に横たわる凛音りんね

 彼女は、光希こうきの恋人だった。

 共に生き、共に死のう。

 そう約束した。

 探索者を引退するつもりだった。

 恋人から妻になるはずの人だった。

 光希こうきは探索者をやめ、トラックのドライバーとかそういう普通の職業につこう、大型免許持ってるしな、なんて話もしていた。


 凛音りんねは今はもう、冷たくなっていくだけの死体になっていた。

 感情が麻痺しているのだろうか?

 なにも感じない。

 なにも思わない。

 凛音りんねこそ、光希こうきが生きる理由だった。


 光希こうきは幼いころからアルコール依存症の母親に殴られ蹴られ、その彼氏にもひどい目にあって育ってきた。

 光希こうきにとって、この世界は闇だった。

 ダンジョンの探索者になったのだって、半ば自殺のようなものだった。

 そこでパーティメンバーだった凛音りんねと出会って、初めて光希こうきの人生に光が差したのだった。

 

:光の戦士〈力を落とすな〉

:エージ〈お前は人類の英雄なんだ〉

:250V〈とにかく、遭難した由羽愛ゆうあちゃんを助けてからテレポートの魔法で戻ってくるんだ〉


 光希こうきは力なく笑った。


「そんな魔力なんて使い果たしたさ……。テレポートの魔法なんて、最高レベルの魔力を消費するんだ、それだけの魔力を回復するのに何日もかかる……」


:みかか〈魔力回復のポーションとかは?〉


「全部使い切ったさ。だけど……」


 そこまで言いかけたところで、光希こうきは顔をあげた。

 気配を感じたのだ。


「敵だ」


 光希こうきは呟く。


「やれやれだねえ」

 

 すると、光希こうきのほか、唯一生き残ったパーティメンバーであるミシェルがそう言った。

 いや、メンバーと言っていいものやら……。

 若く見える女性だが、少女というほど幼くは見えない。むしろセクシュアルなオーラをまとっている。

 頭頂部に長く突き出たウサギのような白い耳、というかウサギの耳そのものだ、そしてすらりとしたプロポーション、鍛え抜かれたしなやかさのある筋肉が窺える。

 身に着けているのは赤く輝く瞳に合わせたかのような真っ赤な肘当てと膝当て。探索者としては相当の軽装だ。


 両手に握っているのは二本のレイピア。

 細身の西洋剣である。


 彼女は、人間ではない。


 モンスターだった。


 魔法戦士であり、使役者テイマーでもある光希こうき使役テイムしているワーラビットなのだ。

 狂暴なキラーラビットの性質を持つ、人型のモンスター。


「マスター、やるしかないぜ、形見を持って帰るんだろ? マスターならやれる、生きて帰れる、マスターの力を私は知ってる。ダークドラゴンまで倒しちまったんだからな。私はマスターに絶対の信頼を置いているんだ。マスター、リンネのことは残念だったが、私たちの探索は終わっちゃいないぞ。まだ、目的は果たしちゃいないしな」

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