第4章2話 帰省の道中

 アカンサが去った後、俺はすぐに旅支度を始める。アスカリに向かわなくてはならなくなったからだ。


 ルーナの両親を殺した犯人かもしれない。


 それにヴァルガスが言っていた毒砲魔将。つまり魔の九将マギス・ノナの一人である可能性もあれば俺たちが行かない理由はなかった。


 今回は初めから魔の九将マギス・ノナとの戦いの可能性を考慮しているので、戦力は多い方がいいだろう。


 俺は可能な限りの伝手に連絡を入れる。カイラさんにはこの小屋に置手紙で十分だろう。ルナリスの街のギルドや地の聖女に風の聖女にも報告だけ入れよう。


 うまくいけば誰か一人くらいは来てくれるかもしれない。俺は小屋に手紙を残して、ルーナ達と共に旅支度を始めた。まずは食料と水だ。それから色々道具も新調しなくてはならないだろう。


「アクイラ、何してるの?」


 俺が準備をしていると、ルーナが話しかけてきた。彼女は俺の隣に座り込むと、一緒に準備をし始めた。


「アスカリに行くなら準備しないとな」

「ん。…………私…………怖い」


 そうだよな。ルーナはもしかしたら両親を殺した相手の所に行くんだ。そしてどんな風に殺すか知っているんだ。怖くないはずない。


「大丈夫だ。俺がいるだろ?」


 俺はルーナを抱きしめる。彼女は静かに頷くと、俺に体重を預けてきた。


「アクイラがいるなら大丈夫」


 俺たちは旅の用意を終え、出発する。アカンサが用意してくれた馬車には俺とルーナ、セレナにテラ。そしてリーシャとエリスも来てくれた。


「お噂通り、女性のかたが多いのですね?」

「いや、まあ」


 アカンサの言葉に俺は何も言い返せない。別に女の子だからパーティに入れた訳じゃないんだが…………成り行きまで話しても仕方ないだろう。馬車に揺られながら俺たちは目的地であるアスカリへと向かう。


 七人で乗るわけにもいかず、俺とルーナとセレナとテラ。リーシャとエリスとアカンサの二組に分かれた。

 アカンサの奴は護衛もつけないのか? と尋ねたら、「あたくしに? ここにいる唯一の上級傭兵ランクルビーですよ?」と、言われた。


 確かにそうだ。だがここにいる誰よりもアカンサが一番幼いことも事実だ。馬車で移動しても一週間はかかる距離。途中にいくつかの村や街を経由するだろう。それまであの危険なお嬢様とご一緒か。


 馬車では当然のようにルーナが隣を陣取るが、セレナやテラから交代制を申請された。とりあえず隣に座るルーナを撫でまわし、かわいがる。ルーナも嬉しそうだ。


「そういえばアスカリってどんな場所なの?」


 セレナが何気なく質問する。


「寒い癖に暑苦しいやつらの多い土地だ。中央にでかい闘技場があってトーナメントとかしてるな。いろんな種族に会えるから初めて行くと案外楽しめるかもな」

「闘技場…………」


 テラは闘技場に興味があるようだ。

 目的地はアスカリという北方に存在する地方都市だ。ルナリスから北にあるため、かなり寒い。だがその分温泉や火山などもあるらしく観光名所として人気が高いそうだ。温泉か…………みんなで入るのも悪くないな。

 俺は馬車に揺られながら、アカンサの言っていたことを思い返す。しかし、アスカリに帰るということは…………そうだ、あそこには立ち寄りたいな。


 馬車移動で1日。そして道中にある最初の街にたどり着いた。グラシアというその村はそこまで大きくはないが滞在するには十分な土地ではあった。グラシアで一泊した後、俺たちはさらに北上する。


「乗り疲れたしな…………お嬢さん? 宿はどうするんだ?」


 俺がアカンサに尋ねるとアカンサはこちらを一瞥する。


「あたくしが用意した宿があるわ…………部屋数は私一人と女性用の部屋を二つ、そしてアクイラが一部屋で大丈夫でしょ?」


 …………うーん、まあ俺は良いけどな。ルーナの方を見たら、彼女が少し悲しそうな顔をしていた。そりゃそうだよな。だってルーナは俺と寝たいだろうから。俺と離れるのが嫌なのかルーナのしがみ付きが少しばかり強くなる。可愛いやつだ。

 しかし、この村で何をしようか。ルーナは俺と一緒にいるそうなので無視。セレナは村の周辺を見て回りたいそうで、テラもそれについていった。リーシャは村の特産品を見てみたいそうでエリスはそれについていくらしい。

 アカンサの予定は聞いていない。どうせ明日まで顔を合わせることはないだろう。俺はルーナの手をそっと握る。


「アクイラはこれからどうします?」


 まさかのアカンサから俺に尋ねる。俺がどうするかは決まっていない。


「俺はルーナと一緒に適当に回っておく」

「ではあたくしもご一緒いたしますね。情報収集は傭兵の基本ですから」


 そういうと、アカンサは俺の腕にしがみつき体を密着させる。おっぱいが柔らかい。ルーナが俺から引き離そうと間に入る。アカンサの奴め、こいつまた何か遊んでるな。アスカリにいた頃からそうだ。こいつは気に入った玩具を壊れるまで遊ぶサディストだからな。


「アクイラは私のもの!」

「あら? お子様にはまだ早いわ!」


 アカンサはルーナを挑発する。…………こいつルーナを気に入ったんだな。だから俺に近づいて遊んでるのだろう。アカンサは昔からこんなやつだったよなぁ。


「子供じゃない!」


 ルーナがムキになる。いつものことだ、ルーナは感情が表情に出やすいからな。そこが可愛いのだが……アカンサに子供子供と言われてるが、ルーナは身体は大人だ。だが、この依存の仕方は確かに子供っぽくもある。


「私は大人、アクイラのお嫁さん!」

「貴女がお嫁さぁん? お子様ねぇ?」


 アカンサはクスクス笑う。俺はそろそろ止めることにした。このままでは収集が付かないからな。


「何が狙いだお嬢さん」


 アカンサの狙いはどうせ俺たちで遊ぶことだ。こんな奴でも伯爵令嬢。無理に逆らうつもりはない。


「何って、その方が面白くてよ」


 ああ、こいつは本当にそれ以上の理由がないんだろうな。俺はルーナの頭を撫でてやると、ルーナは少しは機嫌がよくなる。しかし、アカンサへの威嚇行為はやめようとしない。そういうとこが子供と言われるんだぞルーナ。


 そして俺は両手に花状態で村を回らされることになった。……まあ、今のターゲットはルーナだし、俺は美少女二人引き連れてるだけだからな。


「アクイラ、これ美味しい」


 ルーナは好みのフルーツタルトを食べて俺にも差し出してくる。そんな時、アカンサが質問してきた。


「貴方、甘いものは苦手ではなくて?」

「えっと…………」

「え?」


 俺はルーナと生活にするようになってから、ルーナは良く自分の美味しいと思ったものを共有してくれていた。俺はそれを嫌な顔せずすべて食べていた。だが、アカンサの指摘通り、俺は甘いものが嫌いだ。


「どうして?」


 ルーナが心底不思議そうに聞いてくる。まあ、仕方ないことだな。俺は理由を話すことにした。


「…………だってお前が喜ぶから」


 俺は今、これ以上なく恥ずかしい。顔が紅いような気がする。ルーナもその言葉に顔を赤らめ、アカンサは最高に楽しそうに笑っていた。


「あらあら、お熱いですこと」


 俺はアカンサを睨みつける。こいつに構っていると疲れるな。まだ街を回るのか? もう宿で寝てていいか? 俺たちはまた街を歩く。すると、アカンサが何かを見つけたようだ。


「あら?」

「どうした?」

「あれは……珍しいわ」


 アカンサが見つけたのは手工芸品を扱っている店だ。確かに珍しいな、あまり聞かないジャンルの品揃えだった。


「寄ってみましょうか?」


 アカンサの提案により、俺たちは手工芸品を扱う店に入ることにした。そこで売られていたものは小さな動物の置物や首飾り、刺繍が施されたハンカチなど様々でどれも可愛かった。ルーナは興味深そうに目を輝かせて見ていく。どうやらルーナも可愛いものが好きらしい。

 すると店員が俺たちに近づいてきた。年齢は三十代前半の女性で愛想よく話しかけてくる。


「あらいらっしゃい」

「これは良い品揃えですわね」

「そうでしょう? うちの村は手工芸品を売りにしているんですよ」


 アカンサは商品を手に取ると、それをルーナに見せる。そして何か思いついたかのように口を開いた。


「アクイラ、これをプレゼントしてあげてくださいまし?」

「え?」


 俺は思わず聞き返してしまう。するとアカンサが耳元で囁いた。


「ルーナさんが喜ぶと思いますよ」

「どういう風の吹き回しだ?」

「あら、アクイラが喜ぶ顔を見るのも悪くないと思っただけですわ」


 正気か? アカンサから出てくる言葉とは思えない他人への気遣い。俺はため息を吐いてルーナに商品を見せる。


「どれが良い? 気に入ったものを選べ」


 するとルーナは嬉しそうに目を輝かせて商品を選び始めるが……どれも可愛いものばかりだ。


「これ!」


 そういって指さした先には小さな鳥が彫られたブローチがあった。俺はそれを手に取り、ルーナの手のひらに乗せる。なんの鳥だこれ。鳥が好きだったとは知らなかった。もっとこう兎とかそういうものを選ぶと思ったからだ。


「これが欲しいのか?」

「うん!」


 ルーナは嬉しそうに笑う。アカンサはその様子を微笑みながら見ている。こいつ…………信用したら裏切るんじゃないか? 俺はブローチを購入するとルーナに手渡す。ルーナは喜んでそれを胸につけた。確かに可愛いけど、それが目的じゃないだろ?


 アカンサはただついてきて笑うだけだ。正直不気味だ。結局この後は何もなくアカンサの本当の狙いなんてわからなかったが、よく考えれば多分、自分が楽しいと思ったことを純粋に選んでいるだけな気がして気にしないことにした。

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