第3章9話 俺とテラ

 一年前のある日、ルナリスの街。俺と同じく誰とも組もうとしない女が現れた。それが当時のテラだ。テラはコミュニケーションがひと際苦手だった。それでも身体目当てで組みたがる男は絶えないくらいには顔立ちは良く、人気がないって訳ではなかったんだ。


 だが、テラは屈強だった。コミュニケーションが旨く取れない上に、身体を重ねる事も拒む。次第に男達からは不評を買っていったのだ。


 では同性はどうか。実はそれも失敗していた。ルナリスの街には当時カースト上位の女傭兵グループがあったが、案の定テラは空気を読めない対応をしてしまい、その筆頭から嫌われてしまったのだ。

 俺は仲間外れの彼女を見ても何とも思わなかった。そもそもソロは苦じゃなかったから。仲間外れを辛いとは考えなかったのだ。だから俺はテラに救いの手を差し伸べようとはしなかったんだ。彼女が一人を辛いと思っていたことは当時は知らなかった。


 そんな俺とテラが初めて会話をすることになったのは、沼地の依頼の時だった。お互いの依頼先が被ったのだ。討伐対象こそ違うが、同じ場所にいた俺たちは…………特に挨拶はしなかった。俺は一匹オオカミだったし、彼女はコミュ障だ。相席したって会話は発生しない。


 だが夜営の時だった。彼女が俺のテントの所にやってきたのだ。


 ちょうど食事を取っていた俺の元に来た彼女は、何やら俺が焼いている肉が気になるらしい。

 目の前にいればさすがに俺は声をかける。


「食いたいのか?」


 そう俺が彼女に尋ねると、彼女はぽかんとした表情で返事をした。


「くれるのか?」


 質問に質問で返すな。俺はそう思った。しかし、渡せば俺が食べる分が減ってしまう。そもそも、食いたいのか? はあげるという意味はない。そう思った俺は彼女に問う。


「じゃあお前は代わりに何をくれるんだ?」


 そう尋ねたら、彼女は何も持っていない。自身の身体をペタペタ触り、渡せるものを探し始めた。無一文だというのか。まさかそれで俺に自分の食い物をよこせと? さすがにそれはないだろと思ったが、彼女は本気だ。本当に渡せるものを持っていないらしい。


「俺は食事をしてるんでな。悪いが何もないなら戻ってくれ。邪魔だ」


 すると彼女はきょとんとした目で俺を見てくるので、さらに説明してやる。


「何かあれば別だ。なんでもいい。俺に利益をもたらせ。お前ならどうする?」


 俺の質問に彼女は真剣に悩みだす。やがて一つの答えにたどり着いたらしく、それを口にした。


「わかった。僕を好きにしていい」


 好きにしろか。こいつは今まで男達との肉体関係を頑なに拒んでいたと思うが…………それとも違う意味なのか? しかし、彼女の表情は真剣そのものだ。仕方なく俺は質問を続けることにした。


「本気か?」

「ああ、僕はこの肉体を君に捧げる」


 そう言って彼女は上着を脱ぎ出した。目の前で胸を露出させた彼女を見て俺は彼女の本気さを理解した。…………飢えすぎだろ。


 その後、しばらくして俺は彼女に食事を分け与えた。決して男に身体を預けない彼女のあんな恥ずかしい姿を見た以上、食事だけだと申し訳なかった俺は、彼女の依頼も手伝ったのだ。対象はモリグラッドという泥や藻で身体を覆った魔獣だ。


 俺の炎の力で蒸発乾燥させてテラの剣術で瞬殺。俺たちのコンビネーションは意外と悪くなかった。二人で前衛だが、互いに攻撃も防御も一人で簡潔しているので、助けに入る必要はない。そしてセンスも良く、安定していて背中を預けやすい。ここまで一緒に戦いやすいとは思わなかった。


 その後からだ。一緒に傭兵ギルドに戻ると受付嬢のリズさんは驚いていた。


「どうされたのですか? アクイラさんもテラさんも! お二方確かに沼地に行かれましたが! コミュニケーションとれたのですか?」


 そう言われた俺は反論しようとしたが、横に立つテラが服を引っ張るのでやめた。とりあえず今は彼女との依頼の報告を済ませてしまうことにする。するとリズさんはこう言ってきたのだ。


「えっと? お二人はパーティを組まれたのですか?」


 その問いに俺が頷くと受付嬢のリズさんはパーッと笑顔になった。彼女は俺やテラがソロ活動をしていることを心配していたから当然と言えば当然か。

 そして俺はテラと二人で色んな依頼を受けた。テラとのコンビネーションは抜群で俺は彼女のおかげで中級傭兵ランクエメラルドに上がれたと言っても過言ではなかった。

 十代で中級傭兵ランクエメラルドになった俺は一気に有名になった。最年少中級傭兵ランクエメラルド昇格は逃したみたいだが、それでもほとんどいないことに間違いはない。

 俺はテラに感謝してもし足りないほどの恩を感じていたのだ。だから、次にテラが望みを言ったら、俺は対価なしで叶えてあげよう。そう思った。そう誓った。


 それから三か月。彼女は初級傭兵ランクサファイアに昇格したころだ。俺とテラは問題なくパーティを続けていたんだ。


「アクイラ…………話」

「なんだ?」


 テラは何かを言いたそうにしていた。


「解散。僕…………行きたい場所、アクイラ…………さよなら」

「…………よくわからんが…………行ってこい」 

「ああ…………強くなった…………僕の……最高の…………パートナー」


 そして俺とテラのパーティは解散した。それが彼女の望みなら、俺は対価なしで叶える。俺はそう誓ったから。だから俺は彼女を引き留めなかった。


 そんな俺が…………パーティを連れていることもやたらと接触してくることも…………テラには違和感だったのかもしれない。彼女にとって俺はソロ活動の傭兵で…………三か月ともにした仲間ともあっさり別れる薄情者だ。

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