第3章6話 厄介聖女

 翌日の昼、俺宿泊する宿に訪れた女性を見た時、俺は彼女の元に歩いて行った。彼女は優美な容姿を持ち、青い髪と銀色の瞳が彼の目に鮮やかに映った。彼女の華奢な体つきと高貴な雰囲気は、まるで別世界からやってきたように見えた。

 深い青色のシルク素材のブラウスは、優雅さと高貴さを表現し、銀色の装飾が施された袖口や襟元が彼女の上品さを引き立てていた。ブラックのスリムフィットのパンツはシンプルで洗練された印象を与え、銀色の刺繍が足元に向かって広がり、彼女の装いに華やかさを添えていた。


「お久しぶりです。シルヴィアさん」

「ええ、お久しぶりですアクイラ君」


 銀鉾のシルヴィア。地の聖女の御付きの人だ。しかし今日は何の用で来たのだろう?


「今日は、どうしましたか?」


 俺がそう尋ねると彼女は微笑んで言った。


「もちろんお迎えに参りましたわ」


 シルヴィアさんはそう言うと一礼し、俺たちは部屋から出るために立ち上がった。

 宿のおばちゃんに挨拶をして部屋を出ると、馬車が待っていた。俺はルーナとセレナと一緒に馬車に乗り、御者はシルヴィアさんが務める。馬車では当然のように俺の両隣にルーナとセレナ。ルーナは可能な限り密着し、腰に抱き着く。セレナは左腕を抱き締めてきた。

 馬車はテミスの街を出て、少しすると森に入る。そしてしばらく進むと、大きな館が見えてきた。


「ここは?」


 俺はそう尋ねると、シルヴィアさんは答えた。


「ここはベラトリックス様のお屋敷です」


 聖女の屋敷は豪邸だ。しかしどこか寂しげな雰囲気がある。

 俺たちは屋敷の中に入ると、広いホールに案内された。広いホールを見て、俺とセレナは驚いていたが、ルーナは特に驚いている様子はない。あまりこういう屋敷に興味がないのか。それとも…………。


「ベラトリックス様、アクイラ様がお見えになりました」


 シルヴィアさんがそう言うと、奥から一人の女性が現れた。黒髪と緑色の瞳が輝いていた。深緑色の美しい光沢と表面に細かい毛羽が生えている生地のブラウスは上品な装飾やレースで彩られており、その上品なブラウスに合わせたブラックのロングスカートは、華やかさを引き立てていた。普段よりラフな格好なのは、部屋着? 室内着? だからだろう。地の聖女が嬉しそうに俺を見て歩いてきた。


「おはようございますアクイラ様。朝から会いに来て頂けるなんて至福ですわ」

「あっれおかっしいなぁ! 宿で呼び出されて場所乗ったらここにいただけなんだけどなぁ!!!」


 俺がそう言うと、地の聖女はクスクスと笑う。相変わらず食えない人だ。そして俺はルーナとセレナに小声で告げた。


「相手は聖女様だ。一応権力者だからできる範囲で従うぞ?」


 俺がそういうと、ルーナとセレナは頷く。俺と地の聖女の関係は単純に知人だ。決して恋人ではない。


「それで? こんな朝っぱらから何のようだ?」


 俺がそう尋ねると、彼女は答えた。


「ええ、アクイラ様にはお願いしたいことがございますの」


 そして俺は屋敷の外のテラスに連れてこられた。ここは森の中だが、高台になっておりテミスの街が一望できる場所だ。


「実は私、最近悩みがあるのです」


 地の聖女はそう言った。彼女の表情からは深刻な悩みを抱えているとは思えないが……。

 しかし、その悩みを解決するには俺の力が必要だと彼女は言った。だから俺は彼女に尋ねた。


「俺に何をさせたいんだ?」

「実は…………恋煩いを…………」

「てっしゅー」


 俺は玄関の方に身体を向けて歩き始めるが、すでにそこにはシルヴィアさんとネレイドさんが待機していた。こんなお遊びにまでお付き合いなさるとはお優しい従者様方だ。


「待って、お待ちになってくださいまし!」


 地の聖女はそう言って俺の服の裾を掴んだ。こんなくだらないやり取りも久しぶりだなと思いながら俺は仕方なく足を止めた。そして彼女の方を見ると彼女は言った。


「私、本気で悩んでおりますの」

「そうか、とりあえずその恋煩いを解決するために何をすればいいんだ? 振ればいいのか? 新しい相手を探せばいいのか?」


 俺はそう言ってまた歩き出そうとするが、再び地の聖女に服を掴まれた。彼女は言った。


「私と恋仲になって欲しいのですわ」


 ルーナが俺を掴む力が強くなる。あれだけラブレターを貰っているんだ。俺だということは理解している。それはいい。恋仲になるのはごめんだ。俺は沢山の女の子と肉体関係を持ちたい! だが聖女と恋仲になるとそういうことに制限が入る可能性がある。だから俺は言った。


「いや、それは無理」


 そう言って今度こそ立ち去ろうとするが、やはりネレイドさんとシルヴィアさんに止められた。逃げられないように左右から腕を掴まれて身動きが取れなくなる。そして地の聖女は俺に顔を寄せてきた。彼女の髪が俺の頬にかかるほどの距離まで顔を近づけられると俺もさすがに動揺した。

 だがすぐに彼女は離れていったので特に問題はないだろう。しかし一体どういうつもりなのかは知らないが、俺はとりあえず彼女を観察することにした。ここで少しでも油断すれば負けてしまうのは目に見えているからな! そんな俺を見て地の聖女は言った。


「私は本気ですわ」

「まあ、遊びであの量のラブレターが届くことはないよな」

「一通も返事を頂いたことはございませんよ? だから私は悩んでいるのです」


 そうだな。一通も返事したことないのはい俺が一番知っている。だって面倒そうなんだもん。しかし、それが聖女様の不況を買ってしまったようだ。大事な任務中だというのにこれである。


「多すぎるんだよ! 一日三通って!!」

「それだけアクイラ様の事をお慕いしております」


 地の聖女は笑顔でそう言った。俺は心の中でため息をつきながら彼女に言った。


「俺が言うのは何だが、俺は女好きだし聖女様が選ぶような男じゃないのだが」

「ええ、存じておりますわ。英雄、色を好むですよね?」


 地の聖女は笑顔でそう言った。俺は再びため息をつきながら彼女に言った。


「じゃあなんで?」

「貴方の悪いところを存じた上で、貴方を求めているのです。どうしよもないでしょ私」


 地の聖女は笑顔でそう言った。俺はもう一度ため息をつきながら彼女に言った。


「…………本題は?」

「今回も失敗でしたか。それでは本題ですが、イオンさんとの接触はされましたよね? 単刀直入にお聞きしますが、勝てますか?」

「…………無理だな。あいつの実力はもう特級傭兵ランクダイヤモンド相当じゃねーか」


 俺がそう言うと、彼女は微笑みながら言った。


「そうでしょうね。それでどうされますか?」


 俺は今まで三人ほど特級傭兵ランクダイヤモンドと会ったことがある森姫カイラと紫花のマーレア、それからルナリスの街にいる男だ。

 カイラさんはその速すぎる蹴りの異常性。マーレアさんのあれは未だによくわかっていないが、空間を斬ることと、感情を斬ること。おそらく斬ると宣言して斬れないものはないのだろう。

 とにかく、攻略手段を持ち合わせていないと絶対勝てない人種だ。イオンの魔法もそれと同じ。察知不可能な戦闘。


「攻略手段ならある。ここにいるセレナは風属性の感知魔法、風脈感知フェンプルセンシオを使えます。姿が見えなくても、そこにいれば場所はわかる」


 問題は、セレナにしかわからないことだ。完全攻略ではない。奴の弾丸を炎の鎧で受けれても、常時全身に鎧展開してなきゃいけない。

 問題点に地の聖女も気づいているみたいだ。そもそも風脈感知フェンプルセンシオを使える風属性の魔法使いなんて無数にいるだろう。


「もし可能なら、聖女様の協力をお願いしたい」


 俺がそういって頭を下げると、地の聖女様は言った。


「私は別に構いませんが、条件が一つございます」


 俺は再び彼女の顔を見る。彼女は相変わらずの笑顔だ。


「私と二人きりでデートしてください」

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