第3章5話 静寂のイオン

 翌朝、俺たち三人は準備を整え、傭兵ギルドに向かう。ギルドには先にテラともう一人茶色いシャツにダークグレーのズボンの細身の男。ゴツメのブーツに大きめの銃を持っている。おそらくあれが静寂のイオンだろう。故人の可能性があり、偽物の可能性がある男。俺たちの調査対象だ。


「…………」

「…………」

「…………」


 文字通り、静寂だ。最初に誰が口を開くかと思えばセレナだった。


「テラちゃん! おはよう!」

「…………うん」


 そしてテラも無口だ。ついでに言うなら、ルーナもあまり喋る方じゃない。心を開いていない警戒状態のルーナなら割と流暢に喋れるのだが、俺に心を開いてから安心しきっているのか口数が減ったからな。


「あんたがイオンか?」

「…………」


 イオンは頷く。本当に喋らないやつだ。


「俺はアクイラだ。今日はよろしく頼む」


 俺がそう言うと、イオンは右手を出したのでそれを握って握手する。


「…………」


 相変わらず喋らないが、これでコミュニケーションは取れただろう。そして本題に入ることにした。確かにこいつなら、人間の中に紛れ込んでもバレにくい。記憶が共有できても違和感は生まれる。マーレアさんとレグルスの件がまさにそれだろう。微妙な違和感があれば疑われる。


「この様子だとテラから話は聞いているみたいだな。昔の知人のパーティメンバーにちょっと会ってみたかったんだ。あんた強いんだって?」

「…………」


 イオンは何も言わない。もしこいつがレグルスの中身と共有できているなら、俺を知っているはずだ。殺したいはずだ。ならばどこかで隙を見せるのもいいだろう。


「と、とりあえず行こうか」


 何も喋らないイオンにい痺れを切らし、俺がそう言うと、四人はついてくる。これから行くのは、テミスの街の近くにある森だ。ここで狩るのはヴィルディボスという緑の魔牛だ。森にいる魔獣の中でもかなり危険度が高いらしい。道中、しゃべるのは俺とセレナだけだった。


「イオンはどんな風に戦うんだ?」

「…………」

「イオンは銃撃。近接も銃」


 気になったので尋ねることにした。俺の質問にテラは答えてくれたが、そもそもイオン自体あまり喋るほうではないらしい。

 だから自然とイオンへの質問では、テラとの会話が増えた。しかしそれでも沈黙が生まれるのは変わらないため、俺はさらに尋ねた。


「いや、なんで喋らないんだ? 喋ってもいいんじゃないか」

「…………」

「イオン……制約魔法、声を出していない時間分。強化」


 なるほどな。制約を設けることで自身を強くする魔法だ。リーシャが使う魔法に後退をしなければしないほど前進すればするほど強化されるまさに突撃の名にふさわしい魔法がある。無属性の魔法は制約があるものも多く、何かをしない行為とは、自身への強化に値する場合がある。


 そして魔牛の群れまでたどり着く。俺は手足を燃やし、突進してくる魔獣の角を掴む。セレナは後方からボウガンを討ち、魔牛たちを順調に討伐していた。ルーナは俺の後ろに立ってロッドを水の槍に変化させ、俺と一緒に討伐。


 そしてテラは魔法を詠唱する。


「大地よ、我が呼び声に応えて金属を集め、剣を創り出さん。金属創刀メタルクリエイティオ


 テラの手元には大きな大剣が生成される。テラはゆっくり歩くと、魔牛たちはテラにまっしぐらだ。それをテラは横薙ぎ払いでバターのように魔牛を断ち切る。テラの実力はもうほとんど中級傭兵ランクエメラルド相当だ。そして魔牛の群れがまだ襲い掛かる。イオンが動いた。


「音よ、姿よ、我が呼び声に応えて消え去れ。音姿消滅サイレンティウム・エフェーサ


 初めて喋る言葉は詠唱。おそらく彼が唯一許された声なのだろう。もう彼の姿はない。目の前から人が消える瞬間は見慣れている。カエラさんがよくやる戦法だ。しかしその消え方はカエラさんが消える時は違う感じがした。カエラさんはもっとまるで移動するように消えるんだ。そして彼女との決定的な違いは消えた瞬間には勝負がついていることに対し、イオンはまだ仕掛けていない。消えただけだ。

 だが、イオンの消え方は光が通り抜けるような消え方だ。


「すげえな」


 そして魔獣の群れは内側から一頭ずつ銃殺される。頭部を、腹部を、脚部を撃ち抜かれる。確実に一体ずつ。彼の魔法は音も姿もない。何もわからないまま撃たれるだけなんだ。


 そしてすべての殲滅が終わったタイミングで死骸の真ん中にイオンが立っていた。こいつは上級傭兵ランクルビーの中でも上澄み、特級傭兵ランクダイヤモンドに達する可能性のある男だ。いや、男だった。仮にこいつが偽物だとしたら、俺たちは生存できるのか? そもそも今、俺たちは消されるんじゃないか?

 俺はセレナの肩に手を触れる。事前に決めた合図だ。セレナは頷く。

 イオンが消える様子はない。ただ、こいつが消えたら次は油断しない。まだ油断を誘っているのか。俺たちの様子を向こうも伺っているのか。


「ま、とりあえず帰ろうぜ」


 奴が動かない以上、俺は何も出来ない。俺がそう言うとセレナとテラが頷く。ルーナは頷きはしないが俺についてくる。イオンは何も言わない。こいつを最後尾にはできないから、隊列は先頭はテラ、次にイオン、そして俺とルーナ、最後尾がセレナだ。なんとか自然とそういう隊列になるように会話で来た。


「おつかれさまでーす!」


 テミスの傭兵ギルドの受付嬢のお姉さんが元気よく依頼達成の報酬をくれた。報酬の分配はイオン、テラの二組と俺たち三人で半々に分けることにした。最初はテラから五頭分を提案され、イオンも頷いたが、パーティごとに分けて半々にすべきと俺が断った。

 この日は特に怪しい動きはない。ただイオンの実力を知れたことだけは良かった。こいつが敵になるなら、対策を考える必要がある。 

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