第2章12話 赤い獅子

 俺は今どうなっているんだ。手足を鎖で繋がれていて、そうだ。確かアウレリウスに身体を斬られて、じゃあ生きてるのはおかしいな。俺は死んだのか? すると目の前に見たことのある男が現れた。


「アウレリウスか。じゃあ俺は生きてるのか?」

「ああ。延命治療に時間かかったぜ! 斬りすぎた! でも素材にんげんはもう死ぬ。だけど安心してくれ素材にんげん魔獣かぞくになれるんだ。だから一度死のう?」


 アウレリウスは俺に告げる。俺は何を言われているんだろうか。家族になるとはどういう意味だ?

 …………そういうことなのか。そういえば技術を学ばせるとか言ってたよな。


「俺を魔獣にするんだな。そして魔獣たちが意思疎通できて群れになっていたのはお前が魔獣にした人間たちだったってことか」

「察しが良いな素材にんげん! そうだ素材にんげんは魔獣になって魔獣かぞくになるんだ!」


 アウレリウスは嬉しそうに言う。そして俺の意識はまた薄れていく。俺は死ぬのだろう。だが家族ができるなら、もういいかな。ルーナ達の姿は見当たらない。生き延びてくれたみたいだな。


「言い残す言葉はあるか?」

「…………俺の意識ってさ魔獣になったらどうなるんだ?」

「残ると良いな」


 そういってアウレリウスは液体の入った瓶のふたを外す。なるほど、あれを飲んだら俺はあいつの家族になるのか。どうせ殺されるなら、ルーナがいいな。ルーナは俺と知らずに殺すだろうけど、俺は成長したお前を最後に見て眠るのも悪くないかもな。


 そして便の中身をアウレリウスは一気飲みし始めた。


「え?」

「あ? なんだ飲みたかったか? これ素材にんげんにはまずいって聞いてるぜ?」


 アウレリウスは驚いている。いや、飲みたかった訳じゃねーし、それただのお前の飲料なのかよ。

 俺は身体を動かすのもしんどい身体をなんとか動かす。ジャラジャラと音が鳴り、初めて鎖に繋がっていることに気付いた。


「そうじゃねーよ」


 こいつ俺を魔獣にするって言ったけど、それどうやってだよ。


素材にんげん魔獣かぞくにするにはな。こうするんだよ!」


 アウレリウスは丸薬を机から取り出し、それを俺の口に突っ込んだ。


「これをあと三回飲んだらお前は魔獣かぞくになるんだ」


 飲まされた丸薬は甘く甘いものが苦手な俺でもまたそれを口にしたくなるそういう中毒症状が発生し始めた。俺は何とかアウレリウスをにらみつける。


「おぉ! 素材にんげんの割にははっきりとした意思だ! さてと…………ん? 一個足りないな二つしかない。作ってきてやる」


 そしてアウレリウスは丸薬を持ってどこかに行ってしまった。すると何者かが俺に声をかけてくる。


「で、お前はこれからどうするんだ? 魔獣になる気はないんだろう?」


 目の前にいたのは人語を話す赤毛の獅子だった。こいつは俺がここに連れてこられる途中に見た魔獣だ。


「あんたも元人間か?」

「そうだ。大切な任務中にこの姿だ」


 獅子は顔を歪める。俺はこいつに聞いてみたいことがあったんだ。それを今尋ねてみるか。


「あんたもアウレリウスにやられたんだろ? どうだ魔獣になった気分は」


 すると獅子は少し考えてから答えた。


「そうだな……俺は半年前までとあるお方に仕えていたんだが」


 獅子は懐かし気に、だけどどこか悲し気に語り始めた。記憶が残るというのは、思ったよりも残酷なことだ。俺はみんなと気づけても、みんなは俺と気付けないんだろうな。


「あのお方は素晴らしい方だった。彼女の里帰りについていっては、美しき友…………いや、俺が一方的に愛した女と俺の二人で振り回されたものだ。だが俺はアウレリウスの奴にやられてな。俺は魔獣になったことでこの姿にな……正直後悔しているよ。願わくばもう一度二人に…………」


 獅子は自嘲するように笑う。そして事情はよくわからないがこいつはこいつで色々あるのだろう。それにしても愛した女か。


「まあ、俺もあいつにはやられたからな」

「そうか……お前もか。それでこれからお前はどうするんだ?」


 鎖で繋がれているし、どうしよもないだろう。じゃらじゃらと鎖を鳴らす。それにあの丸薬はもう一度口にしたくなる。早くこの中毒症状を解毒しないと俺はあの丸薬を渡されれば喰らい付くだろう。


「そうだな。魔獣になるんだろうな。魔獣になったら人間と戦うのにためらいはないのか?」


 獅子は少し考えると俺の問いに答えてくれた。


「内心は辛いさ。だけど殺せ殺せと心の中の魔獣が騒ぐんだ。俺はそれを抑え込んでしまってな。アウレリウスが仕方なくここの独房の看守に任命したという経緯だ」

「そうか、魔獣になるとそういう風になるのだな」


 獅子は頷いた。

 それにしてもアウレリウスの奴は戦わない仲間すらも面倒を見るくらいには悪いやつって感じはしないな。あくまで魔族の中ではといったところか。


「魔獣と人間は生きる場所が違う。だから俺たちも戦うのに戸惑いはない。それがせめてもの救いだろう」


 そして獅子は質問してきた。


「お前、家族は?」


 そう言われると、俺はルーナの顔が頭に浮かんだ。


「ああ、いないよ」


 俺がそう告げると獅子は悲しそうな表情をして座り込んで眠りについたようだ。俺もこいつのように意識を保ち続けられるのだろうか。俺はあの丸薬を渡されれば、きっと魔獣になるのだろう。


「ルーナ、ごめんよ」


 俺はそう呟いた。俺はルーナのことを考えていた。俺がいないとどうなっているのだろうか。案外、すっぱり忘れてくれるのかな。あーいや違うな。あいつ結構両親のこと引きずってたっけ? でも、俺はあくまで代替え品だから…………すると扉が開き、アウレリウスがやってきた。


「おぉそういえば素材にんげんはなんて名前なんだ?」

「…………誰が教えるか」


 俺がアウレリウスの質問を無視していると、奴はからかい始めた。

 それにしても俺は一体これからどうなるのだろう。魔獣になったら人間を襲うんだろうな。それをルーナが見たらどう思うだろうか?


「丸薬だがもうしばらくかかるから待っていてくれ! 俺は素材を取りに行くよ」

「……………………」


 この身動きができない状況はいつまで続くんだろうか。魔獣になっても自由意志があるなら、なってもいいのかもな。アウレリウスは丸薬の報告だけしてどこかに行ってしまった。俺は丸薬のことが頭から離れず、そのことばかり考えていた。徐々に俺は疲れで眠くなり、ゆっくりと瞼を落とす。もう今日は寝よう。今日? そういえば今ってあれからどれくらいたったんだ? もういいかそういうこと考えるの。俺はもう魔獣になるんだから。

 そして俺の意識は深い闇へと落ちて行った。

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