第1章12話 特級傭兵

 扉の向こうには何が待ち受けているのか、俺たちは緊張しながら足を進める。エリスがこの洞窟にいたということは、他にも地の聖女やその仲間たちがいるかもしれない。そして扉を開けると、そこには広い部屋が広がっていた。中央には複雑な魔法陣が描かれ、その周りには幻想的な光が輝いていた。光の中央に、一人の女性が磔にされているのが見えた。


 その女性はエリスによく似ていた。彼女は美しい女性で、美しい容姿と華奢な体型、黒髪と緑色の瞳。まるで自然そのもののような美しさだった。

 彼女の身に着けている服装もまた、彼女の美しさを引き立てるようにデザインされているといっても過言ではない緑色のシルク製のチュニックは、彼女の体に優しくフィットし、優雅な動きを際立たせていた。チュニックの裾や袖口には、花や葉の模様が繊細に刺繍されており、その美しさは目を奪われそうだ。

 彼女の下半身はブラウンのフローラル柄のスカートで覆われており、その柔らかな生地が風になびいていた。

 足元にはブラウンのレザーサンダルがあり、自然の中を歩くのにぴったりの履物だった。彼女の首元には、緑色の宝石が輝くペンダントがあしらわれていた


「彼女が地の聖女なのか?」

 カイラさんがつぶやく。


「おそらくですけど、どうやら本物はまだ生きているみたいですね」


 俺は周囲を探る。他の消息不明になった傭兵たちはどうなったのだろうか。すると磔にされていた聖女様の近くから三人の人影が現れる。三人とも女性のようでこちらに歩いて来た。


「エリスは無事なのですか?」


 銀色の鉾のような杖を持つ青い髪に銀色の瞳の女性は、ブラウスに青いパンツスーツを履いた優美な女性。おそらく上級傭兵ランクルビー、銀鉾のシルヴィアだろう。


 後ろの二人のうち一人は青い髪に海色エメラルドブルーの瞳の女性タンクトップにレギンスとボディラインがはっきりしている服装から彼女は上級傭兵ランクルビーの波濤の影忍ネレイド。


 最後の一人は成人男性くらいはある大槍を無理やり背負っている。金髪で緑色の瞳の女性で薄い緑のブラウスに金色の装飾のついた深緑のスカートの女性は中級傭兵ランクエメラルドの突撃のリーシャか。


「無事です。ただ少し眠って貰いました」


 俺が答えると、三人とも安心した表情になる。


「そうですか、ありがとうございます」


 三人は顔を見回せ、同時に服をめくり下腹部を晒すと、そこには隷属の刻印が付いていた。今、わかった。おそらく腹部に隷属の刻印をつけるのは…………つけたやつの趣味だ。良さが分かってきた。


「ここまでこれたということは隷属の刻印のことはご存じでしょう? 次は我々と戦っていただきます。殺したくはありませんので…………勝ってください」


 そう言ってシルヴィアさんが杖を構える。すると、杖の先端についていた銀色の刃のようなものが黒色化する。


「…………銀が黒に染まる意味はご存じですか?」


 シルヴィアさんが俺たちに尋ねる。


「毒かよ」


 俺が嫌そうに答える。


「ご明察」


 シルヴィアさんは毒属性の魔法使いのようだ。三人なら三対三で挑むべきだろう。そう思っていたが、カイラさんが前に出てきた。


「君たちが何者か私たちは知っていてね。上級傭兵ルビー二人に中級傭兵エメラルド一人。なら特級傭兵ダイヤモンド一人で十分だ」


 カイラさんが一人で三人と戦うと宣言したのだ。当然、カイラさんが何者か知らなかったシルヴィアさんたちは驚いている。それでも三人がかりだし、自分たちが有利になるのではと不安がっている。

 隷属の刻印により望まない戦闘を強いられている三人は負けたかったのに、たった一人で十分と言われたのだ。これでは自分たちが勝つのではと思ってしまったようだ。


「いえ、カイラさん一人で戦わせません」


 ルーナが抗議する。普通に考えれば当然だ。なんせ相手は上級傭兵ランクルビーの二人組と中級傭兵ランクエメラルド一人。3対1の状況になり不利だろう。しかしカイラさんは動じない。それどころか余裕そうに微笑みを浮かべている始末だ。


「私は森姫カイラ。特級傭兵ランクダイヤモンドだ」


 カイラさんが名乗るとその名声を知っていたのか、シルヴィアさんたちの表情はこわばった。それと同時に少しだけ安心していたようだ。


 シルヴィアさんが杖を構え毒液をカイラさんに飛ばすと、それに合わせてリーシャさんが突進してきた! さらにはネレイドさんは水で分身を作り出し周囲を取り囲む。回避不可能に見えた。


 それは過去の一瞬。


 次の瞬間にはシルヴィアさん、ネレイドさん、リーシャさんの三人は地面に伏せていてカイラさんはその場から動いていなかった。


「蹴り終えたよ?」

「さすがです…………」


 俺はカイラさんの戦いに感嘆する。

 俺は何が起こったのかわからなかった。ルーナもぽかんとしていてわかっていないようだ。


「三人がかりで勝てたらダイヤモンドは名乗れないさ」


 シルヴィアさんは苦しそうな表情をしていたが、まだ意識があるようだ。しかし、ネレイドさんとリーシャさんは気絶していた。


「さて、君で最後だがどうする?」


 カイラさんはシルヴィアさんを見下ろして尋ねる。


「降参します……両手両足の骨が折れて立てませんから。他の二人も?」


 シルヴィアさんは答えた。


「ああ、全部蹴った」


 カイラさんは当たり前だが? と言いたそうな顔でそれを言う。しかし、それは当然のことではない。まさに化け物だ。


「末恐ろしい…………私が特級傭兵ランクダイヤモンドになれない訳だ」


 シルヴィアさんが呟く。倒れた三人が動けないように端に移動させる。手足の治療をしてやりたいところだが、まだ隷属の刻印が消えている訳ではないので、動けない方がこちらとしても都合がいい。

 カイラさんがシルヴィアさんの拘束を知はじめ、ルーナがリーシャさんの拘束をし始めようとした際、俺はルーナの手を掴んで止めた。


「待て、ルーナはネレイドさんの方を頼んでいいか?」


 俺の言葉を聞いたルーナはジト目で俺を睨む。


「ダメ…………アクイラさんは拘束のついでにリーシャさんのパンツ見るでしょ?」


 俺の四肢は、今の会話を聞いていたカイラさんに一瞬で折られた。三人の拘束が終わったのち、ルーナに治癒魔法をかけてもらい、復活した。


「あの、カイラさん。なんで魔法使わなかったんですか?」


 ルーナは屈んでカイラさんに聞く。するとカイラさんは返答にためらいがあるようだったが、やがてゆっくりと口を開いた。


「いやなに、使えないんだ私は…………正確には使えるのだが、使えないんだ」


 彼女は蹴ることしかできない。俺以上の一芸に極振りしている人間だ。魔法は使わないだけかと思っていたが、何か理由があったのか。


「魔法が使えない?」

「そうさ。アクイラは無属性魔法についてどこまで知っている?」


 カイラさんはどこか寂しげな表情で俺を見る。あの表情はどういう意味だろうか。


「通常の属性魔法と異なって、使い手がほぼほぼ一人だけの実質オリジナル魔法と言われるくらいには似た能力の少ない魔法ってくらいですね」


 俺が 答えると、カイラさんはにこりと笑い、「そうだ」とつぶやく。


「明かすつもりはないが…………私の魔法は今が使いどころではない。そういう風に考えてくれ」

「わかりました」「うん、わかった」


 俺とルーナはそれぞれ返事をして、ひとまず納得する。が、カイラさんの寂しそうな表情の意味だけはいつか知っておきたいと思った。


 そして俺たちは中央で磔にされている地の聖女、本物のベラトリックス様の前まで歩み寄ると、魔法陣から何かが現れた。


「しまったトラップか!?」


 俺が慌てて魔法陣から離れる。魔法陣から現れたのは無数の魔獣、巨大な木製のトーテムポールの姿をしていて名前はクラマトタエムだった。


 こいつらはその場から動くことはできないがとにかく堅く動きも速い。それから叫び声には魔力があり、聴覚をもつものに対する回避不能な範囲攻撃をする。本来なら遺跡に分布する魔獣だが、召喚されたならここにいてもおかしくはないか。


 クラマトタエムの一番上は獣型の顔でまるで叫んでいるように口を開いている。そしてグルングルングルンと一番上の顔が掘られた部分が回転すると、俺たちの方に向いた。


 次の瞬間、耳を貫くような叫び声が発せられる。音波は俺たち三人の耳を襲い、ルーナは倒れて動けなくなってしまった。俺はとカイラさんは気力で耐えたが、ダメージは大きい。

そしてクラマトタエムたちは獣型の頭を蔓のように伸ばして俺たちに巻き付こうとしてくる。俺たちは何とか避け続けるがこのままだといつか捕まってしまうだろう。


「アクイラさん! 私を置いて逃げてください!」


 ルーナが俺に叫ぶ。だが、それはできない。俺がルーナの方を見ると、彼女は覚悟を決めたような瞳だ。だが、ここまで俺は何もしていないのでね。


「俺がこのクラマトタエムを全て引きつける! カイラさんはルーナを下げて終わったら手伝ってください。多すぎます」


 カイラさんは俺の言葉に何か言いたそうだったが、俺のことを信じてくれたのか小さくうなずく。俺はルーナを安心させるように彼女の頭を撫でた後、クラマトタエムたちに飛び込んだ。


「うぉぉぉぉおおおおおおお!」


 俺は叫び声を上げながらクラマトタエムに攻撃を加える。そして俺の叫び声を聞いたのか、さらに数体のクラマトタエムが現れた。

しかし俺は止まらない。雄叫びを上げながら次々と現れるクラマトタエムの蔓を燃やしきった。相手が木製なら、俺が戦うべきだろう。

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