第1章9話 力の差

 カイラさんから魔法禁止の勝負を挑まれ、戸惑いながらも拳を構える俺。カイラさんは静かに立ち尽くしている。俺からしかけるべきだろうか。


「来ないんですか?」

「だから脚は使わないといっただろう? 私は一歩も動く気はないよ?」


 カイラさんは余裕の表情で立っている。

 お望みどおりこっちから仕掛けてやる! 俺は一歩踏み出し、右ストレートを繰り出すが、あっさりと避けられる。だが俺が狙いを定めていたのはそれではない。このワンパンチはフェイクだ。本命はこの足払いだ。左脚で地面を蹴り上げつつ体を回転させ、カイラさんの足を払おうとするが、彼女は身をかがめ、俺の足を掴む。そしてそのまま後方に放り投げられてしまった。


「私の勝ちだ」


 カイラさんは誇らしげに笑う。くそ! 悔しいけど、たしかに俺の負けだ。立ち上がり、木に背中を預ける。どうやら少し打ち所が悪かったようだ。一瞬視界がぐらついたのだ。


「大丈夫か?」


 カイラさんは心配そうな目で俺を見て、こちらに近づき手を差し向ける。


「……はい」


 俺はそう答えるのが精一杯だった。だが、まだ負けを認めたくないという気持ちがあったのか、再び構えを取ると、再度、俺から攻撃を仕掛けた。


「甘いぞ!」


 カイラさんは俺の攻撃を軽々と避けると、カウンターを仕掛けてくるが俺はそれをかわして距離をとることに成功したと思った。俺の回避に合わせてカイラさんはすでに動いていた。拳は腹部にめり込んで俺はその場でうずくまる。


「不意打ちした君が悪い。蹴りはしなかったが動かせてもらったぞ?」


 カイラさんは自慢げに笑う。確かに魔法は使っていないが、体術だけで負けたってことだよな? 俺は立ち上がると再び構えを取った。今度はこちらから仕掛けることにする。幸い俺の脚は速いほうだ! 全力で走り込んで蹴りを入れる準備をするが、やはりカイラさんには届かない。隙を見せない人だと思うと共に、本当に何者なんだろう。


「アクイラ。諦めが悪いのは良いことだ。骨が砕けるまで立ち上がるなら、次は砕く」


 カイラさんの言葉は脅しではない。俺は本気だ。この構えをとれば、次は本当に骨を砕かれるだろう。


「君は愛弟子だ。ボロボロになり疲弊する姿を見続けるのが辛いよ。だから一撃だ。蹴る」


 カイラさんは消えた。違う。俺の視界が空だ。大地がない? 遅れて衝撃がやってくる。ああ、今は空を見ていて体は痛くてどうなっているんだ! ドン! と頭部に何かが当たる。そのまま視界が暗転した。



 気づいたときには、俺の頭はカイラさんの太股に乗せられていた。頭が柔らかい感触に包まれているが、俺は負けっぱなしでイライラしていた。起き上がるとカイラさんの顔がすぐ近くにあり、息がかかる距離だ。彼女も自分のしたことの大胆さに気づいているのか、頰を赤らめて後退る。


「その……なんだ……思ったより強くなってなかったな」


 彼女は目を泳がせながら口ごもる。


「もう一回勝負してください!」


 俺は挑むが、カイラさんは首を横に振る。そして彼女は空を見上げる。俺もつられて上を見ると、空には月が出ていた。いつの間にか夜になっていたようだ。そろそろ休もうかな……と考えてた時だ。

 俺の身体が突然重くなり、立っていられなくなったので地面へと倒れ込む。かなりダメージをため込んでいたらしい。身体が言うことを聞かないのだ。


「今日はここまでにしよう」


 カイラさんはそう言うと、俺の目の前でしゃがみ込んだ。そして手をかざしてくるが俺はそれを制止する。これ以上は迷惑をかけられないと思ったからだ。

 だが彼女は構わずに俺を抱き抱えると小屋まで連れ帰ってくれたのだった。

 ルーナに回復魔法をかけてもらい、三人で食事をすることになった。

 食事中、カイラさんが俺に話しかける。


「アクイラ、君はまだ弱い。だが成長の速さは異常だ。その才能をもっと伸ばせば私を超えるかもしれないな」


 カイラさんはそう言って笑う。俺は素直に嬉しかったので感謝の言葉を口にすると、彼女は照れくさそうにしていた。そして食事を終えると、ルーナはもう眠くなったみたいで俺の部屋のベッドに向かっていった。


 リビングには俺とカイラさんの二人きりだ。


「ルーナ君はそれなりに動けるみたいだったぞ。君が気絶している間に動きを見ていた。成長が楽しみだ。それはそれとして…………君たちは恋人か夫婦なのか?」

「あいつはパーティメンバーですよ…………俺に向いてるのは好意というよりは依存に近いな」


 俺の言葉を聞いてカイラさんは「そうか…………」と返事をして窓の外を見つめた。

そして少し考える素振りを見せてから口を開いた。


「異変調査の件で君に話がある。地の聖女の件について改めて最初から教えてくれないか。それから君が気づいたことも」


 どうやら俺が何かに気付いたことまでこの人には気づかれているらしい。叶わないなぁ。


「わかりました。まず魔獣の活性化の件はゴブリンの巣に潜る以前から感じていました。その後、ゴブリンの巣に入ったことで奥地で地の聖女ベラトリックス様が倒れていました」

「ここまでは問題ないな、調査のため、地の聖女がこの地域に傭兵を引き連れ訪れていた」

「はい、そして彼女を治療し、ゴブリンの巣の奥で傭兵三名が消息不明になったことを聞きました。ベラトリックス様は一度協会本部に戻られたそうですが…………」


 俺が何か言いよどむと、カイラさんはその言葉の続きをしゃべりだした。


「行方不明なのだろう? 彼女がゴブリンの巣に潜る前から」

「ええ、そうなんです」


 正確には俺とルーナが目撃しているから行方不明になったタイミングはテミスの街に向かう途中だろう。…………彼女が本物の地の聖女ベラトリックスならだ。


「ギルドで行方不明の話を聞いた時についてお話します。受付嬢のリズさんからはベラトリックス様と四名の傭兵の消息不明を伺っています。ですがベラトリックス様は離れた傭兵は三名と言ってました」

「だが地の聖女の話はあくまであの奥で消息不明になった傭兵の数かもしれん」


 可能性はある。調査の途中でランクサファイアの傭兵が戦死あるいは重傷を負ったのちに、あのゴブリンの巣に入ったなら…………ベラトリックス様のお話も辻褄があう。


「もう一つ気になることがあるな」

「何でしょうか?」

「もし君と一緒にいた地の聖女が本物なら、密命が話せないことまではいい。だが、同行していた傭兵の死亡届をギルドに出す必要がある。もちろん、テミスでするつもりだったかもしれないが…………死亡届を出すだけならルナリスの街のギルドに出すべきだ。たとえそれが密命であったとしても死亡確認ができているならすぐに行うのがルールだ。それに、ゴブリンの巣の危険度が上がっている報告をする必要もある」


 なるほど。確かに俺もすべての手続きをテミスで済ませるのだろうと思い、気にしなかったが、ゴブリンの巣は距離的にもこの街の管轄と考えるべきだし、傭兵の死亡届はこの街ですべきだ。なぜあの時に気付かなかったんだ。


「それから出会った聖女様は一応特徴が一致していました。でも、同行した傭兵の一人初級傭兵ランクサファイアのエリスも特徴が一致していましたし、地の聖女を名乗る彼女の戦闘は直に見ていません」

「ほほう…………つまり君とあった人間は地の聖女ベラトリックスではない可能性もあるということだな」


 だが、仮に初級傭兵ランクサファイアだとして、ベラトリックス様を語る理由は何だろうか。それに…………信じられないと思っていた上級傭兵ランクルビー二人と中級傭兵ランクエメラルド一人の消息不明は断定になったんだ。


「明日、私はその巣に行こう。君はどうする? ここで情報を待ってもいいし、私と一緒に行ってくれてもいいぞ」


 俺は少し考えたあとすぐに結論を出した。


「俺も行きますよ。あんた腰抜けはすぐ破門するでしょ。喰らい付いてやります」


 俺の言葉にカイラさんは満足そうに笑う。それから俺たちは朝までこれからの動きについて話し合った。


「明日の朝、私は巣に向かう準備をする。ギルドへの報告はもう少し後にしよう。まだ誰が嘘をついているかわからないからね。明日ギルドに立ち寄る際に確認したいことがある」


 真剣な話が終わるとカイラさんは大きく伸びをする。そのあとは風呂に入って就寝することになる。翌朝、俺の両隣で眠っていた二人はすでに起きていて朝食の準備を始めていた。

 ルーナもなんだかんだ言ってカイラさんに心を開いてくれているようだ。

 そういえば二人とも銀髪で青い目だし、親近感でもあるのかもしれないな。

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