第1章8話 森姫の目的と行方知らずの聖女

 翌朝、目を覚ますと、二人が朝食の準備をしていた。カイラさんの指先が、パンを切り、果物を盛り付けている。女の子が料理をしている姿を眺める朝とはなんとも清々しいものだ。俺も手伝いたい気持ちでいっぱいだったが、腰の痛みがまだ引かず、動くことができなかった。無理をすれば、ますます痛みが増すだろう。だから、そのまま横になってカイラさんを観察していた。

 さすがに夜営だったしパンツは昨日と同じか。

 しばらくして、食事ができたようで、ルーナが静かに俺の隣に近づいてきた。彼女の目には、心配そうな光が宿っていた。しかし、俺がゆっくりと起き上がる姿を見て、彼女は安心したような表情を浮かべた。その微笑みは、まるで朝の光が森の葉々を照らすように、穏やかな光を放っていた。


「アクイラ、大丈夫?」

「大丈夫だ、ルーナ。ありがとう」


 ルーナの優しい声に応えて、俺は微笑んだ。腰の痛みはまだ残っているが、彼女のそばにいると心が和む。彼女の存在が、どんな困難な状況でも克服できる力を与えてくれるような気がした。


 しばらくして、食事をしながら今日の予定について話し合った。どうやら、カイラさんが俺とルーナに稽古をつけてくれることになっているらしい。いつ決まりました?


 依頼報告のため、一度ギルドに向かう。その道中に、俺は気になっていたことをカイラさんに相談することにした。


「カイラさん実はこないだこの森の奥で地の聖女様と会いました」


 カイラさんは顔色を変えた。彼女が表情を険しくするのが見て取れた。


「地の聖女? ベラトリックスか?」

「ええ、ベラとです」

「…………」


 カイラさんの反応を見て、俺はその場で出会った出来事を正直に話し始めた。口止めされていたが、話さなければいけないと感じた。


「それで? お前はなぜベラトリックスと会ったんだ?」

「それは……」


 彼女は厳しい表情で尋ねた。俺は深呼吸をして、事の顛末を説明した。依頼中にゴブリンの巣の奥地で倒れていたベラのこと、彼女をルーナと一緒に助けたこと、そして聖女様の目的までは密命のために話せないことを告げた。また、ベラの同行者のことも含めて伝える。


「…………ありえんな」


 話が終わり、カイラさんはつぶやいた。


「そうですよね、上級傭兵ランクルビー二名と中級傭兵ランクエメラルド一名が一気にいなくなるなんて」


 俺は返答したが、カイラさんの考えはどこか別のようだった。


「いや…………そこではないのだが、とにかくありがとう」


 彼女が何かに引っかかっていることまではわかるが、俺の知っている情報だけではこれ以上はわからない。


「いえ、では俺はギルドに報告してきますね」

「ああ、アクイラ…………稽古が終わったら話がある」


 カイラさんは何か考え込んでいる様子だったがそれ以上何も言ってこなかったので、俺はそのままギルドに向かうことにした。ルーナも俺の後についてくる。


 ギルドに到着すると、まずは報告を済ませることにした。リズさんにウルシウスの討伐報告として五頭分の討伐証明になる素材を渡した。


「お疲れ様です。アクイラさん、と言っても今回は特級傭兵ランクダイヤモンドの森姫様がご一緒でしたからね」


 リズさんは微笑みながら話した。


「あの人は暇つぶしだったから危なくなるまで何もしなかったが、まあおかげで楽だったのは間違いないな」


 リズさんは笑いながらも、表情を引き締めた。


「ふふ、そうですね。ところでアクイラさん実はお伝えしたいことがありまして」


 リズさんは俺に耳打ちしてくる。その内容を聞いた瞬間俺は固まってしまった。


「地の聖女様が行方不明になりました。彼女とご同行された四名の傭兵もです」


 一週間前というと、ちょうど俺たちと別れたくらいだろうか。いや…………彼女は確かルナリスの街から出発して…………ん? じゃあ行方不明になったのは洞窟に入ってからということか? つまり、彼女は俺たちと別れた後に協会本部にたどり着けていないということか。


「行方不明になった傭兵たちのリストはあるのか?」

「はい、まず上級傭兵ランクルビーは波濤の影忍ネレイド、銀鉾のシルヴィア、中級傭兵ランクエメラルドは突撃のリーシャ、それから初級傭兵ランクサファイアの華の射手エリスの四名です。ランクが低い方もいらっしゃいますが、それぞれ大きな実績のある傭兵です」


 リズさんの話を聞いて違和感がやっと解消された。


「その中に黒髪の女はいますか?」

「え? 黒髪の女性ですか? 確か初級傭兵ランクサファイアのエリスさんが黒髪でしたよ」


 俺は考えを纏める必要を感じ、一度ギルドを後にする。テーブルの方で俺のことを待っていてくれたルーナとカイラさんの方に向かうと、案の定男たち(主にヴァルカン)が彼女たちに群がっていた。一歩引いた位置にいたゼファーに声をかける。


「ゼファー、こいつらもう連れて行っていいか?」


 俺はルーナとカイラさんの頭に手を置く。ルーナは嬉しそうに目を細め、カイラさんは俺の手を払いのけた。


「ああ、いいんじゃねーか? ヴァルカンのことは無視してくれてかまわない。あれでも女に困ってる訳じゃねーし挨拶でヤれたらラッキーくらいの奴だ。無下に扱ってくれ」

「仲間だよなお前ら?」

「仲間だが、俺はもう行く。俺は特級傭兵ランクダイヤモンドのエルフのお姫様を一目見たかっただけだしな」


 ゼファーはそう言うとギルドの出口に向かって行ったので俺もそれに続くことにした。ルーナとカイラさんに声をかけてギルドを後にした。


 俺たちの住む森に向かい、カイラさんを小屋まで案内する。カイラさんが使う客間を用意した。


「部屋まで用意するとは…………さては私に帰って欲しくないのだな?」

「あんたどうせ泊まる気でしょ? からかうなら外で寝てください」

「冗談だ、そう怒るな」


 カイラさんは笑いながら俺の頭を小突いてきた。


「それで? なんでまたこんな辺境の街に来たんだ?」


 俺は彼女に向かって尋ねた。カイラさんはしばらく黙り込んだ後、深いため息をついた。


「ギルドの総指令からの指令でな。ここ近辺の異常事態の調査が主な仕事さ」

「…………そうですか」


 彼女の言葉には、何か隠された深い事情があるように感じたが、それ以上は掘り下げないことにした。協会が気づいてるように、ギルドも気づいていたみたいだな。特級傭兵ランクダイヤモンドであるカイラさんだからこそ周知されているのだろう。


「俺に話して良かったんですか?」


 俺は不安げに尋ねた。


「お前…………気づいてるだろ?」


 彼女の言葉には重みがあり、俺は頷くしかなかった。俺の表情から、もうすでに答えを読み取ったカイラさんはそれ以上を語らない。話を整理すると、カイラさんはしばらく俺んちを拠点にして調査活動をするらしい。何とも迷惑な話だが、この人がいるなら定期的に稽古もつけてもらえるし、願ったり叶ったりだ。

 早速広場まで移動すると、カイラさんと魔法なしで手合わせすることになった。


 カイラさんは森姫の二つ名を持ち、得意技は回し蹴り。短くはないがスカートの女性がメインとする戦法にするものではない。が、カイラさんの場合は別だ。敵対して覗いている余裕がある奴なんていないだろう。彼女は足技以上に速い。とにかく捉えることができない。物理的にも、視覚的にもだ。


「それではアクイラ、まずは君からだ…………私は脚を使わない。きたまえ」


 蹴りなしなら…………勝ち目もある…………のか?

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