第1章7話 森姫

 ルーナに依存されていることに気付いてからは、彼女が不安にならないように距離感を考えながら行動していた。彼女が身体を許さなければ捨てられると思わないように接した。ルーナは相変わらず暗いが、俺を見る目に以前とは違うものが含まれているように感じた。


 ギルド内でほかの女性と話すこともルーナは許してくれはしない。依頼を受けに掲示板を眺めていると、ゴブリン退治に目が行った。そういえばベラはあの洞窟の再調査に向かったのだろうか。そんなことを考えていると後ろから女性に声をかけられる。


「アクイラじゃないか! 横の娘は彼女か?」


 振り向けば俺の後ろに顔なじみのエルフの女性が立っていた。華奢な体つきに、銀髪が風に揺れ、青い瞳が光を受けて輝いている。彼女は森姫としての威厳を保ちながら、優雅に歩いている。彼女の身に纏われた服装は、淡い緑色のシフォン素材で作られたブラウスとフレアスカートだ。その上品なデザインには花柄の刺繍が施され、自然の美しさを称えるかのようだ。


「カイラさん!? お久しぶりです!」

「どなたですか?」


 俺はカイラとの再会に驚いているが、ルーナはあからさまに不機嫌そうだ。


「ルーナ、彼女はカイラさん。俺に格闘技を教えてくれた特級傭兵ランクダイヤモンドだ」


 俺の言葉に納得したようでそれ以上何も言ってこなかった。しかし不機嫌そうにしている姿は変わらない。


「おいおいアクイラ、早くその可愛い娘を紹介してくれ」


 カイラは笑顔で手招きするが、ルーナは俺から手を離そうとしない。それもそうか……捨てられたらどうなるかわからないのだから。俺は仕方なく名前だけ紹介することにしたのだ。


「彼女はルーナです」


 それだけ言うと満足してくれたようで笑顔に戻る。


「私はエルフ族で特級傭兵ランクダイヤモンドのカイラだ。よろしくな!」


 握手をしようと手を差し出すがルーナは固まったまま動かない。それをみたカイラは不思議そうな顔をして首を傾げた後もう一度差し出してくる。今度はその手を掴むことができたようだ。それでも表情は変わらない。俺はカイラさんに苦笑いをしてカイラさんも何かを察したのだろう。これ以上ルーナについては何も語らなかった。


「そうだ、君たち依頼を受けるなら私も同行しよう」

「え!? いえ、大丈夫ですよ特級傭兵ランクダイヤモンドの貴女が受けるような依頼なんて俺たち受けませんから」

「失礼だな。私だってエルフだ。たまには遊びたいさ」


 カイラさんはそう言うと悪戯っぽく笑った。何が目的なのかよくわからないが、断るような用事もないので俺は了承することにしたのだ。ルーナは相変わらず不貞腐れた顔をしているが、俺が行くと言えばついてくるだろう。あとエルフがどうかは意味が分からなかった。


 受けた依頼の内容はせっかくなので魔熊ウルシウス五頭の討伐だ。カイラさんがいるなら万が一ということもないだろう。


 ギルドを出るとそのまま街の外に向かうことにした。門を出て少し歩くと森の入り口にたどり着く。


 この森は以前ベラと出会ったゴブリンの巣のある森だ。木々の隙間から差し込む光で明るく照らされているものの、どこか薄暗く不気味な雰囲気が漂っているように感じる。俺は緊張を感じながらも森の中に入っていくことにした。

 しばらく歩いていると、突如目の前に大きな影が現れる。その影は大きい上に四本足で立っていたためすぐにその正体がわかったのだ。その姿は魔熊ウルシウスと呼ばれる怪物であった。どうやら待ち伏せされていたようで逃げ道はないようだ。


「アクイラ気をつけろよ! 上級魔獣の気配がする」


 カイラさんの言葉を聞き俺は緊張感を高める。俺たちは素早く構える。俺は拳をルーナはロッドを構え、カイラさんは棒立ちだ。いや、この人の場合は棒立ちで十分なのだろう。


「ウルシウスは君たちに任せよう。その前に私はあいつを蹴り飛ばしてくる」


 そういったカイラさんの指の刺す先には魔熊ウルシウスに羽と角の生えた変異体が空を飛んでいた。


「!? ウルシウスが飛んでいるだと!? あの巨体を羽でどうこうできるのか!?」

「現実的だなアクイラ! まあいい。私はあいつを蹴るだけだ」


 カイラさんは大地を蹴ると、彼女立っていた大地は簡単にひび割れ砕け散った。すごい勢いだが、これは彼女にとってただのジャンプだ。そのまま変異体ウルシウスの真横まで回転しながら飛び込み変異体ウルシウスの首に回し蹴りを決めて大地にたたきつける。


「カイラさんは白のレースか、いい趣味をしているな」

「アクイラさん! そんな汚いもの見てないでください! こっちも戦いますよ!!」


 カイラさんの下着を汚いとはちょっと失礼じゃないか? まあいいか。


「炎の守護、我が身を囲みて鎧となれ。炎焔の鎧エンフレクス・アルマ!!」


 俺の手足は赤く燃え盛る。焔を纏った拳で勢いよくウルシウスの腹部に突き刺し、内部からウルシウスを焼き始めた。


「流れの力よ、我が杖に宿れ。水の刃を鋭くし、槍としての姿を与えん。水刃槍化スプリカーグスペアフォルマ


 ルーナはロッドの先に水の刃を作り、ウルシウスの顔に突き刺した。そのままねじりながら回転させ傷口を広げていく。

ウルシウスは咆哮をあげて暴れ出すが、その動きは次第に鈍くなっていく。


「そうだ! できるじゃないか!」


 俺はルーナの成長に感動していた。彼女は成長している。魔法に対する恐怖心が薄れ、攻撃に意識を集中するようになってきたのだ。これならいけるかもしれない。


「アクイラさん! そんなところで見てないでくださいよ!!」


 ルーナは頬を膨らましながら文句を言ってくる。俺ははいはいと返事をしてウルシウスに向かう。カイラさんも後からついて来るようだし大丈夫だろう。

 俺の拳は簡単にウルシウスの分厚い皮を貫き内臓を破壊したのだろう。血反吐を吐きながら絶命したようだった。


「ほう、強くなったなアクイラ」


 カイラさんは感心したように俺を見ている。思えば格闘技のすべてを叩き込んでくれた人だ。俺が何もできないへなちょこの頃から知っているんだよな。


「ありがとうございます。まだまだ精進が足りないと思っています」


 俺は謙遜しながら答えるが、カイラさんは首を横に振るだけだった。

 その後ウルシウスは五頭とも討伐した。魔熊ウルシウスは素材として高値で取引されるが、肉も高級品らしい。今日はこの森で一泊し明日の朝に街に帰る予定になっている。

 夜になると俺たちは焚き火を囲みながら食事をとっていた。ルーナは料理が得意ではないらしく、俺が作ることになったのだ。

 今日のメニューはシチューとパンだ。カイラさんは果物をたくさん採ってきてくれた。


 食事を始めたタイミングでカイラさんは口を開いた。


「最初の変異体ウルシウスだが……あれはこのあたりでは普通なのか?」


 カイラさんは鋭い眼光でこちらを見つめる。俺はその目を見て彼女は何らかの情報を掴んでいるのだと悟った。彼女がくれた果物を一つ摘まみ口に運ぶ。この森に出るような魔物ではないということだろうか?


「いえ、普通は生息していない種類のはずです」


 俺がそう言うと、カイラさんは食事の手を止めた。真剣な表情になり、こちらを見てくる。俺はただ黙って彼女の言葉を待つことにしたのだ。数秒間の沈黙の後カイラさんは静かに話し出すのだった。


「そうか……私は三度目。それもすべてこの近辺だ」


 カイラさんはそれだけ言うと再び食事を始めた。俺は黙って続きを待つことにする。三度目という言葉から推測するに、何度かあの変異体ウルシウスと戦ったことがあるということだろうか? 彼女は何を知っていて何を考えているんだろう。それがわからない以上何も言えなかったのだ。食事を終えた後、俺たちはテントで寝ることにする。食事の後からかルーナはすっかりカイラさんにもなつき始めていた。


 一つだけ問題があるとすればテントに三人で眠ることだった。

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