第1章6話 面影
翌日、目が覚めると、まだ俺の隣で眠る彼女を見て、ほっとした。
全裸の彼女は俺で暖を取っているのか腕が絡まっている。
彼女が自らの意志でそばにいることはわかっていても、出会ってから間もない異性に心を許しすぎているように感じたが、俺はその違和感を無視した。
日の位置を確認すると、もう昼過ぎだろう。眠りについたのが明け方だから仕方ない。
彼女を起こさないようにベッドから出ると、布団の中では昨夜の姿のままの彼女の姿をしっかりと見てしまった。寒そうにしている彼女に気付き、すぐに布団をかけ直してやった。この穏やかな光景を眺めながら、心に温かな感情が広がった。昼過ぎであることを考えれば今日はもう依頼に出かけるには遅すぎる。
毎日欠かさず行っている鍛錬だけすればいいか。服を着て顔を洗う。簡単な準備だけして小屋を後にした。
俺は小屋を出てからは鍛錬のために作った広場へと向かい、準備運動と基礎トレーニングから始めた。身体の動きに集中しながら、心の中ではルーナとの出会いや、今日までの出来事を振り返っていた。本当は彼女が独り立ちできるようになったらパーティを解散するつもりだったが、理由はわからないがかなり依存されているような気がする。ソロ活動には限界もあったことだし、彼女も俺と一緒にいたいのなら、その意思を尊重しよう。
しばらく鍛錬していると、小屋の方が騒がしかった。ルーナが何か叫んでいるように聞こえる。
異変を感じた俺は、すぐ小屋に戻ることにした。そして小屋の扉の前まで行くと、扉が勢いよく開き、中から裸のルーナが飛び出してきた。
「アクイラさん!! 良かった!! いなくなってなかった!!!」
小屋から飛び出してきた彼女が泣いていることが一目でわかった。ルーナは何かあったのか泣きながら俺に抱き着く。俺は慌ててしまったが、裸の女の子を外に出しておくわけにもいかず、彼女をすぐに小屋に連れ戻す。幸い、俺が歩けば彼女は素直についてくるので誘導は楽だった。
「落ち着けルーナ、何があった?」
「良かった! いなくなったのか思いました! 良かった!」
ルーナが目覚めた時に隣に俺がいなかっただけにしては不安になりすぎではないだろうか。もしかしたらこれは、彼女のトラウマか何かが影響しているのかもしれない。思えば最初にルーナに会った日、彼女は何か不安そうだった。しばらくするうちに感じなくなって初対面の俺と打ち解けただけだろうと思ったが、今の彼女を見て俺は、彼女の内には何か心の傷が根深く残っているように感じられた。
「大丈夫だ、俺はどこにもいかない。だから落ち着け」
俺はルーナの背中を優しくとんとんと叩いてやる。するとルーナは少し落ち着いたようで、ゆっくりと顔を上げた。彼女の目には、不安や恐怖がまだ残っているように見えた。しかし、俺の存在が彼女に安心感を与えているのも感じられた。
「あの……私……」
彼女は何かを言いたそうにしていたが、言葉が続かないようで黙り込んでしまう。俺はそんな彼女をそっと抱きしめてやることにした。すると彼女もそれに応えるかのように強く抱きしめ返してきた。その温もりを感じながら、俺はしばらくの間そうしていることにした。
ルーナが落ち着くのを待ってから話を聞くことにする。まだ裸だったので服を着てもらい、椅子に座らせると俺は向かい側に座って話を聞く体勢になった。そして彼女が語り始めたのであった。
「私…………
「私の家族は…………穏やかな父に身体の弱い母、そして私の三人家族です。私が物心ついたころには森の中で生活していて、森と両親だけが私の世界でした。たまに訪れる母の知り合いがいて…………その人とは会話もしなかったです。森で三人で暮らすのが当たり前。外のことなんて何も知らない。そういう生活をしていました。父はアクイラさんと同じ
俺は黙って彼女の言葉に耳を傾ける。
「母は地霊術士で、身体が弱いながらも、健康にいいのよと言い、よく一緒に森の中を連れまわしてくれました。でも私が15歳の頃……突然現れた黒い鎧の大男に襲われて……その晩までは父も母も生きていたんです! でも! 次の日の朝には…………二人はいなくて…………布団の中には!! ふ、二人が来ていた服と灰のような何かだけがありました」
そこまで言うと彼女は再び泣き出してしまったので落ち着くように背中をさする。ルーナは少しだけ落ち着きを取り戻し続きを話す出す。
「私はその日から目を覚ますたびに、誰もいない部屋で目覚めています。目を覚ますたびに不安になって、全部夢で起きたら二人がいて…………でもそんなことはなくて、悪夢のような現実を毎晩見続けてきました! 私には!! 今が悪夢で! 夢で!! 現実じゃないんだ!!! って…………そんなわけないこと、もうわかってるのに…………」
俺は何も言わずに聞き役に徹することにした。ここで下手に口を挟むよりはその方がいいだろうと思ったのだ。
「朝起きたら隣にアクイラさんがいなくて…………アクイラさんの存在が夢なのか現実なのかわからなくて! 怖くて!!」
俺はルーナを抱きしめて背中を優しくさすってやることにする、すると次第に落ち着いてきたのか少しずつではあるが落ち着きを取り戻していくように見えた。そしてしばらく経ってから落ち着いたようでゆっくりと体を離したのだ。
それからまた続きを話してくれる気になったようなので俺は静かに待つことにしたのである。
「黒い鎧の男か…………人間を灰にする力。それも時間差で…………」
時間差でご両親が亡くなったことも気になるが、今はルーナだ。最初にあった彼女が不安そうにしていたのは、おそらく一人になることが怖かったのと…………森で偶然遭遇した知らない男にトラウマがあったからだろう。
彼女が心を開いてくれたのは俺が危険じゃないとわかったことと、優しかった父親と…………同じ魔法を得意としていたからだ。もっとも、俺はこの魔法しか使えないだけなのだが。彼女の事情はわかった。
彼女が傭兵になる決意もきっと父親と同じ魔法を使う男の傍にいることで安心感があったんだ…………それだけなのに……ただ傍にいて欲しかっただけなのに…………俺はトラウマで執着してしまったルーナの心の傷を利用して抱いてしまったんだ。
明日生きているかわからない傭兵にとって欲望に忠実であること、女性を抱くことが気軽なことだなんて。男女二人のパーティならほぼ当たり前で街中ではそういう風にみられるものだった。ルーナはギルドでそれを知り、俺と一緒にいるために身体を許したんだ。それが当たり前なのだと思って。身体を許さなければ…………一緒にいれないと思い込んでしまったのではないだろうか。
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