第1章5話 アクイラとルーナの不安

 俺とルーナは顔を見合わせる。暗い洞窟の中で、かすかな光が地面を照らし、その光が俺たちの表情を浮かび上がらせる。壊滅状態のパーティを背負い、不安と緊張が顔を覆っていた。


しかし、この暗い洞窟の奥深くで、何が起こっているのかを知る者はいない。ただ、魔獣たちの異変が明らかであり、それが何を意味するのか、俺たちは分からなかった。上級傭兵ランクルビー二名と中級傭兵ランクエメラルド一名、そして初級傭兵ランクサファイアの彼女の四人パーティが壊滅。この先はそれほどレベルが高いと判断すべきだろうか。


 このあたりでそういった報告は聞かない。魔獣たちの様子がおかしいからと言って、そういうことはあり得るのだろうか。


「一度、三人でこの洞窟を出よう」


 俺の声が洞窟に響く。ルーナとベアは少しでも早くこの暗い迷宮から脱出したいという思いが顔に浮かんでいた。それでも、必死に耐えている。


 俺の提案を聞いたルーナとベアはこくりと頷いた。ルーナとベアを連れて、俺たちは洞窟の出口を目指す。暗闇の中を進むと、時折、魔獣たちとの戦いが待ち構えていた。しかし、これまでの戦いほど苦戦することなく、俺たちは洞窟からの脱出を果たした。


「これからどうされるのですか?」


 そう聞いてくる彼女に俺は答えた。


「とりあえずギルドへ報告だ。この森で何か異変が起きているのは間違いない」


 俺の答えにベラは首を横に振る。


「申し訳ございません、私の任務は極秘事項であり、協会側からの密命になります。お二人は本来の依頼報告だけ済ませてください。私は協会本部に戻りますので」

「協会本部だと俺たちのギルドのあるルナリスよりずっと遠いだろう? そこまで下着にマントで行くつもりか? せめてルナリスに立ち寄って服くらいは調達しろよ」

「…………そうですね、ではお言葉に甘えさせていただきます」


 ベラは少し考えてから俺の意見に同意する。

 俺はルーナとベラを連れてルナリスの街へ向かった。道中、特に変わったこともなく無事に着くことができた。街に入れば当たり前だが、マントしか羽織っていなくて生足を露出させているベラに、通行人たちの視線が集まっていた。俺たちの周りでは、好奇の視線や驚きの声が漏れ聞こえてくる。上手に隠しているおかげで下着は見えないがそれでも足は丸出しだし、手は出さない。周囲からは裸の女とみられてもおかしくはない。街に入る前にベラが話しかける。


「それでは私は服を買いそろえますね…………皆さん、さようなら」


 ベラの言葉に、俺たちは彼女を見送りながらも、不穏な空気に包まれた街の中を歩く。俺は少し考え事をしていた。洞窟での出来事と、ベラの言葉が俺の心を不安にさせていた。今回の洞窟の件については協会からの密命ということでギルドには話せない。俺たちは通常通りゴブリンの素材を提出し、ゴブリン退治を証明して依頼報酬を貰うだけだ。魔獣の活性化の件についても口止めされている。

 だが、いくら俺たちが口外しなくても異変に気付く人間はいるだろう。実際、俺やルーナもその兆候にはとっくに気づいていたくらいだ。どちらにせよ彼女の密命に当たる部分は口外できない。だから俺たちが感じた範囲のことをギルドに報告することくらいは問題ないだろう。


 街の中で俺たちは、傭兵仲間にばったり出会う。突然の再会に、俺は驚きを隠せない。


「よう兄弟!」


 突然俺に声をかけてきた男三人組。彼らは三人組パーティ鋼腕のイグニス、火炎剣士ヴァルカン、風刃の騎士ゼファーといい、全員が中級傭兵ランクエメラルドで構成されたパーティだ。彼らの姿が、街の喧騒の中で浮かび上がっていた。


「イグニスか? 久しぶりだな。こないだまで確かテミスの街に行ってなかったか?」

「ああ、そこでいろいろ依頼を受けてたんだがどうもこうもねー簡単な魔獣退治ばかりさ。それより、お前また女と組んでるんだな?」

「ああ、こいつはルーナ。パーティを組んだのは成り行きだ」


 俺の返答に、イグニスたちも頷きながら、彼女たちを見る。その視線に、ルーナは少し照れくさそうに目をそらした。ルーナはペコリと頭を下げた。ヴァルカンも頭を下げてから会話を続ける。


「へぇ~可愛い子じゃねえか! それでもう抱いたのか? こんな可愛い子だからすぐに手が出ただろ?」


 ヴァルカンの言葉に、ルーナは戸惑いながらも微笑む。その微笑みに、周囲の傭兵たちも笑みを浮かべていた。

 ヴァルカンはストレートに言うが、傭兵間では何もおかしい話ではない。傭兵の男どもは大体パーティメンバーの女とヤっている。特に男女二人のパーティはパーティ間で取り合いにならずにそうなることが多いのだ。俺たちは明日生きている保証がないから、食欲だろうが性欲だろうが満たしたい時に行動するのは当たり前だ。だが、傭兵になりたてのルーナにとってはその常識はまだない。


「ルーナは昨日から傭兵になったばかりで傭兵の常識は通じないぞ? あと、俺が手を出してないからと言ってお前が手を出すのもダメだ」


 そういって俺はルーナの腰に手を回し抱き寄せた。ルーナは恥ずかしそうにしているが、拒否はしない。その様子を見てヴァルカンはニヤつくように笑う。そしてゼファーも俺に声をかけてきた。


「お前がパーティを組むのはあの女以来だな、最近は見かけないがどこに行ったか知ってるか?」

「…………さあな山ごもりじゃねーか?」


 俺は以前にルーナとは別の女と二人で三か月ほどパーティを組んでいた。彼女がランクサファイアになったあたりでもっと強くなるといってどこかに消えてしまって以来、俺も知らない。

 イグニスたち三人と他愛のない話が続きそうになったので、俺は適当なところで切り上げる。三人と別れた後でルーナが俺の服を引っ張るのだった。


「女の子と二人でパーティを組んでいたのですか?」

「ああ、それがどうした?」


 俺がそう言うと彼女は少し悲しそうな顔をした。そして俺の腕に抱き着いてくるのでそのまま歩くことにした。ギルドに到着すると受付で依頼報告をする。ゴブリン討伐は完了だ。報酬を貰ってから俺たちはルセウスの街を出て、森へと向かうことにした。


 森への帰り道、途中までは一緒だったのだが、今日は分かれ道になっても中々離してくれなかった。


「どうしたルーナ」

「あの……今夜はアクイラさんと一緒にいたいです」


 ルーナの言葉に、俺は驚きを隠せなかった。しかし、それでも彼女の希望に従うことに決めた。


「…………意味わかって言ってるんだよな? 俺は別にいいが、いいのか?」


 俺の問いかけに、ルーナは少し照れくさそうに頷いた。そのまま、俺の家へと向かうことにした。俺の家に着いてからも彼女は一言も発することなくついてきた。居間に通してテーブルの前の椅子に座らせる。少し落ち着かない様子だったルーナはやがて落ち着きを取り戻していた。


「あの……私…………優しくしてください」


 恥ずかしそうに言う彼女に俺はドキッとした。そして彼女の隣に座り肩を抱き寄せるとキスをするのだった。


 夜が更け、朝を迎える頃には、ルーナは静かに眠りについていた。その姿を見ながら、俺も彼女の隣で眠りにつくのであった。

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